2026年6月19日
社会健康医学研究センターの山﨑修道 副参事研究員らの研究グループは、「妊産婦の「ゆとり」を高める伴走型支援「アーリーパートナーシップ」の開発と効果検証」についてBMJ Mental Health に発表しました。
人類の歴史を振り返ると、子育ては親だけでなく、祖父母や親族、近隣住民などが関わる「共同養育」によって支えられてきました。しかし、現代の都市では子育てを支えるつながりが弱まり、妊娠・出産・子育ての負担が母親に集中しています。その結果、孤立、産後うつ、児童虐待リスクなどへの対応が重要な課題となっています。
こうした状況を踏まえ、東京都と東京都医学総合研究所は、妊産婦の「ゆとり感1)」を高める伴走型支援「アーリーパートナーシップ2) 」を開発し、その効果を科学的に検証しました。その際、若年で妊娠・出産を経験した女性たちが、既存の支援で相談しにくかった経験や、必要な支援につながれなかった経験を踏まえて、新たなプログラムを開発しました。
本支援では、妊産婦を「リスク」の観点でスクリーニング評価するのではなく、一人ひとりの状況や希望を丁寧に受け止め、必要な支援につなげることを重視しました。その実現に向けて、支援者の人材育成研修や、母子保健・児童福祉が連携して関わる体制を整えました。また、本支援では、時間・お金・心身の健康・生活全体に関する「ゆとり感」に着目し、家計やキャッシュフローの見通しを含めた、生活に即したサポートを行いました。
自治体現場の協力の下に進めた検証の結果、アーリーパートナーシップは妊産婦の「ゆとり感」を高め、産後うつ症状3)を軽減することが明らかになりました。本成果は国際学術誌 BMJ Mental Healthに発表されました。

人類600万年の進化の歴史の大部分では、子育ては家族だけが担うものではなく、共同体全体で支える営みでした。しかし、現代の都市部では、核家族化や地域のつながりの希薄化により、子育ての負担が家族、とりわけ母親に集中し、保護者の孤立や負担の増大が課題となっています。
特に、若年で初めて妊娠・出産を経験する女性は、経済的な不安、社会的孤立、周囲からの偏見、支援へのアクセスの難しさなど、複数の課題を抱えやすいことが知られています。また、進学や就労、人間関係の形成など、人生の基盤を築く時期に親となるため、子育てに関する支援だけでなく、生活や将来の見通しを含めた幅広い支援が必要です。
一方で、従来の母子保健サービスでは、支援が必要な家庭を早期に把握するため、リスク評価やスクリーニングが重視されてきました。リスクの把握は重要ですが、それが前面に出すぎると、妊産婦本人が「一方的に問題視されている」「責められている」と感じ、支援から離れてしまう可能性があります。必要な支援を継続的に届けるためには、妊産婦本人が安心して困りごとを話せる信頼関係を築くことが重要です。
こうした状況を踏まえ、東京都と東京都医学総合研究所は、2021年度から2024年度にかけて、若年で妊娠・出産を経験した女性たちの声をもとに、妊産婦の「ゆとり」を高める伴走型支援「アーリーパートナーシップ」を開発し、その効果を科学的に検証する事業(予防的支援推進とうきょうモデル事業)を連携して実施しました。
本研究は、都内4自治体で実施されました。対象は、16〜25歳で初めて出産する女性309名です。このうち、アーリーパートナーシップを受けた151名と、従来型の母子保健サービスを受けた158名を比較しました。
開発にあたり、若年で妊娠・出産を経験した女性たちに、既存の行政サービスで感じていた困りごとや、本当に必要としていた支援について聞き取りました。その結果、「妊娠届出時のリスク評価で本当に困っていることを相談しにくかった」「経済的な困りごとを相談しても、自分のニーズに合った支援につながらなかった」といった声が寄せられました。
こうした声を踏まえ、アーリーパートナーシップでは、妊産婦を「リスク」で一方的に評価するのではなく、一人ひとりの「ニーズ」を把握し、それに応じた支援を届けることを重視しました。そのために、具体的なニーズに応える人材育成プログラムを開発し、母子保健部門と児童福祉部門が1つのチームとして支援する体制を整えました。さらに、相手を辱めず、安心して困りごとを話せる面接法を習得する研修の仕組みを構築しました。
本支援では、妊娠期から産後12か月まで、参加者一人ひとりに担当のファミリーサポートワーカー4)を配置し、継続的に支援しました。1人あたり平均約54回、家庭訪問・面談・電話・オンライン相談などを組み合わせた支援が行われました。支援は、保健師、ソーシャルワーカー、心理職、子育て支援専門職などによる多職種チームで実施しました。
支援の中心に置いたのが、生活上の「ゆとり感」です。「ゆとり感」とは、時間、お金、身体の健康、こころの健康、生活全体について、本人がどの程度満たされていると感じているかを示す指標です。例えば、経済的なゆとりが不足している場合には、担当支援者が妊産婦と一緒に家計やキャッシュフローを整理し、利用可能な制度や支援策を検討し、実現に直結する具体的なサポートを行いました。
本研究では、従来の母子保健サービスにこの伴走型支援を加えることで、母親の生活上の「ゆとり感」や産後うつ症状にどのような変化があるのかを、実際の自治体現場で得られたデータを用いて厳密に検証しました。
生活上の「ゆとり感」は、アーリーパートナーシップを受けた母親で大きく改善していました。本研究では、「時間」「お金」「身体の健康」「こころの健康」「生活全体」に関するニーズがどの程度満たされているかを、50点満点の指標で評価しました。その結果、アーリーパートナーシップを受けた母親は、従来型の母子保健サービスを受けた母親と比べて、産後6か月時点で平均4.16点、産後12か月時点で平均3.93点高い値を示しました(図1)。
また、産後うつ症状も有意に低いことが確認されました。産後うつ症状の程度を測る30点満点の指標(エジンバラ産後うつ病質問票)では、アーリーパートナーシップを受けた母親の得点は、従来型サービスのみの母親よりも、産後6か月時点で平均1.54点、産後12か月時点で平均1.55点低くなっていました(図2)。
本研究では、実際の現場データを用いながら、無作為割付試験にできるだけ近い形で効果を比較する「ターゲットトライアル・エミュレーション5)」という研究手法を用いました。これにより、両群の背景の違いを考慮しながら、アーリーパートナーシップの効果をより厳密に評価しました。
本研究は、若年で初めて出産した母親への支援において、単に課題やリスクを把握するだけでなく、妊娠期から信頼関係を築き、生活や将来を見据えた支援を継続的に届けることの重要性を示しました。
若年の母親は、支援を必要としていても、自ら助けを求めることが難しい場合があります。また、公的支援に対して身構えてしまうこともあります。本研究は、そうした母親を一方的に「支援が必要な対象」として捉えるのではなく、本人の困りごとや希望を出発点とする伴走型支援が、生活上の「ゆとり」を高め、産後うつ症状の軽減につながることを示したものです。
本研究の特徴は、若年で妊娠・出産を経験した女性たちの声を取り入れながら、アーリーパートナーシップを開発(共同創造6))した点にあります。若い母親を、支援されるだけの存在ではなく、自らの生活や将来を考え、選択する主体として位置付けたことは、今後の母子保健や子育て支援のあり方を考える上で重要です。
今回の成果を踏まえ、東京都では、すでに都内全区市町村を対象とした事業「こども家庭センター体制強化事業」を開始しています。今後、エビデンスに基づく伴走型支援のモデルとして、アーリーパートナーシップが母子保健・子育て支援の現場で活用されることが期待されます。
本研究は、東京都の予防的支援推進とうきょうモデル事業及びこども家庭センター体制強化事業に加え、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(JP18K10375、JP20H01777、JP20H03951、JP21H05171、JP21H05173、JP21H05174、JP21K10487、JP22K17509、JP23H03174、JP23H05472、JP24H00917、JP24K16821、JP25K20564、JP24K14025、JP25K00889)、厚生労働科学研究費補助金(JPMH26FB1004)、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業(JPMJMI21J3)、JST社会技術研究開発センター(RISTEX)(JPMJRS24K1)、およびWellcome Trust(309118/Z/24/Z)の支援を受けて実施されました。