HOME広報活動刊行物 > July 2013 No.010

研究紹介

脳の層構造形成に不可欠な遺伝子のスイッチ蛋白質RP58

神経細胞分化プロジェクト 主席研究員丸山 千秋

私たち哺乳類の脳は、大脳新皮質と呼ばれる部位が発達しています。この部位は同じ種類の神経細胞(ニューロン)が層ごとに整然と並んだ6層構造をとっています。神経回路がより複雑化した哺乳類の脳では、より多くのニューロンを効率よく並べることができる、いわば進化の過程で獲得した構造であるとも考えられます。ではこの層構造は胎児の脳発生過程でどのようにできてくるのでしょうか?ニューロンはまず、脳の深いところで前駆細胞から生まれます。その後脳表面に向かって移動し、それぞれのニューロンが働く層に到着すると突起を伸ばして成熟して神経回路が形成されます。しかしながらこの移動制御の分子メカニズムについては不明な点が多いままでした。

今回私たちはRP58と呼ばれる転写抑制因子がこの新生ニューロンの移動過程を制御する新たな因子であることを発見しました。脳の層形成に障害があると、滑脳症と呼ばれる脳に皺ができない病気や、自閉症、統合失調症等の精神疾患を発症する例が報告されています。従ってRP58もこのような病気への関与が強く示唆され、それらの疾患の原因解明につながることが期待できます。

RP58は転写抑制因子、いわば相手の遺伝子をオフにするスイッチ蛋白質です。この遺伝子を欠損したノックアウト(KO)マウスは脳の形成に重篤な障害が見られ、出生直後に死んでしまいます。よく調べてみるとKOマウスの大脳新皮質は非常に薄く、層構造も乱れていました。KOマウスのニューロンは、神経突起の形態に異常がみられました。そこでニューロンの移動について調べたところ、KOマウスでは生まれたニューロンが脳の表層まで移動できません。そこに外から子宮内エレクトロポレーションという方法を用いてRP58遺伝子を導入すると、ニューロンは表層まで移動できました。細胞の形も突起の形態に異常がみられました。詳しく解析した結果、RP58はNgn2という遺伝子の発現を、普段はタイミングよく抑制しているということがわかりました。Ngn2も転写因子で、ニューロンが生まれるときに様々な遺伝子のスイッチをオンにします。RP58もその1つです。つまりRP58は発現誘導されると、次に自分をオンにした相手、Ngn2をオフにするというフィードバック制御が働いていました。

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発生過程ではたくさんの遺伝子が、まるでオーケストラの演奏のようにオンになったりオフになったりしながら1つの秩序だった組織が出来上がります。RP58は脳ができる際、音を抑える方の指揮者の役割をしている蛋白質と言えるでしょう。このような微妙なタイミングの制御が正確に起こることで、脳の整然とした層構造ができあがることが改めて示された研究となりました。

本研究成果は米国科学雑誌Cell Reportsの2013年2月号で発表されました。

この研究成果は、学習記憶プロジェクトの齊藤実参事研究員及び上野耕平主席研究員との共同研究として、米国科学雑誌「The Journal of Cell Biology」に掲載されました。

Ohtaka-Maruyama C, Hirai S, Miwa A, Heng J l, Shitara H, Ishii R, Taya C, Kawano H Kasai M, Nakajima K, Okado H., RP58 Regulates the Multipolar-Bipolar Transition of Newborn Neurons in the Developing Cerebral Cortex. Cell Reports 3, 458-471(2013)

(*現所属: 神経回路形成プロジェクト)

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