HOME広報活動刊行物 > October 2013 No.011

研究紹介

体に蓄えられた魚の油を切り出して免疫応答にブレーキをかける酵素の発見

米国科学雑誌「Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン)」に脂質代謝プロジェクトの村上誠参事研究員、山本圭研究員、三木寿美研究員らの研究成果が発表されました。

脂質代謝プロジェクト 研究員三木 寿美

魚の油に豊富に含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)は健康によいとされており、日本が誇る長寿の要因のひとつは魚食文化が根づいているためだと考えられています。 最近の研究から、DHAの健康促進作用のひとつとして「抗炎症性脂質メディエーター」と呼ばれる生理活性脂質がDHAから作られることがわかってきました。 この脂質の一群は、一度起こった炎症反応にブレーキをかけて正常な状態に戻す作用があります。 私たちの体の中で、DHAは主に細胞膜のリン脂質に取り込まれた形で蓄えられています。 DHAが「抗炎症性脂質メディエーター」に変換されるためには、酵素の働きによってDHAがリン脂質から離れる必要があります。 しかし、この反応で働く酵素の実体はこれまでわかっていませんでした。

ホスホリパーゼA2(PLA2)という脂質代謝酵素は、リン脂質から脂肪酸を切り離す働きがあります。 今回、PLA2のひとつであるPLA2G2Dの遺伝子を破壊したマウスに接触性皮膚炎(遅延型アレルギー)をおこすと、炎症の回復が遅れて浮腫が持続することを発見しました。 PLA2G2Dは獲得免疫応答が活発に起こるリンパ器官(リンパ節や脾臓)に多く発現しており、中でも樹状細胞と呼ばれる細胞でよく働いていました。 樹状細胞は異物(抗原)を取り込み、これをリンパ球に提示して、抗原特異的な免疫応答を調節する役割があります。 通常、樹状細胞は抗原の刺激を受けて活性化しますが、PLA2G2Dのないマウスの樹状細胞は刺激がない状態でも活性化しており、そのため炎症のバランスが促進の方向にシフトしていることがわかりました。 リピドミクスと呼ばれる脂質の網羅的分析技術によりリンパ節の脂質を分析すると、PLA2G2Dがないマウスではリン脂質から切り離されるDHAが非常に少なくなっており、DHAから作られる抗炎症性脂質メディエーターのひとつ「リゾルビンD1」が減少することで免疫反応が過剰に起こることがわかりました。 つまり、PLA2G2Dはリン脂質からDHAを作り出して免疫反応にブレーキをかける酵素であることが世界で初めてわかったのです。

DHAの抗炎症作用は、動脈硬化、肥満、がんなどの病気で見られるので、PLA2G2Dの炎症に対するブレーキ機能はアレルギー以外にも様々な病気で起こっていると予想されます。 今回の発見は、将来的にPLA2G2Dを標的とした新しい医薬品の開発へとつながることが期待されます。

Miki Y, Yamamoto K, Taketomi Y, Sato H, Shimo K, Kobayashi T, Ishikawa Y, Ishii T, Nakanishi H, Ikeda K, Taguchi R, Kabashima K, Arita M, Arai H, Lambeau G, Bollinger JM, Hara S, Gelb MH, Murakami M. Lymphoid tissue phospholipase A2 group IID resolves contact hypersensitivity by driving antiinflammatory lipid mediators. J Exp Med. 210, 1217-1234 (2013). doi: 10.1084/jem.20121887

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