HOME広報活動刊行物 > October 2013 No.011

研究紹介

神経変性疾患の患者脳に蓄積する異常なタンパク質凝集物が細胞内で伝播・増殖することを発見

米国科学雑誌「Cell Reports(セルリポート)」に認知症プロジェクトの長谷川成人参事研究員、野中隆副参事研究員らの研究成果が発表されました。

認知症プロジェクト 副参事研究員野中 隆

アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)に代表される神経変性疾患では、患者脳内にタンパク質からなる異常な凝集物(固まり)が形成され、これが神経細胞死を引き起こし、最終的に発症すると考えられています。 しかしながら、これらの凝集物がどのようなメカニズムで形成され、どのような性質を有するのかについては分かっていません。 今回、私たちは、ALS患者脳より異常な凝集物を取り出し、その極めて安定な性質を見いだすと共に、それらを神経由来の培養細胞に導入することによって、患者脳で起きている神経細胞の異常を、極めて忠実に再現するモデルを構築することに世界で初めて成功しました。

患者脳よりTDP-43凝集物を調製し培養細胞に導入すると、外から加えられた凝集物を鋳型として、細胞内に存在する正常なTDP-43が異常蓄積し始めることを見いだしました。 このような凝集物ができた細胞はしばらくして死滅することも分かりました。 またこの凝集物は、細胞から細胞へと伝播しやすい性質があることも分かりました。 次に、患者脳由来のTDP-43凝集物の性質を検討したところ、これらを100℃で加熱したりタンパク質分解酵素で処理しても、鋳型としての機能が保たれるという非常に安定な性質が見いだされました。 以上より、生体内で異常凝集したTDP-43は、その安定な性質のため生体による分解・排除機構を免れ、細胞から細胞へと伝達され、自身を鋳型として本来なら凝集しないはずの正常TDP-43を次々と凝集させ、最終的に神経細胞を死に至らしめることが考えられます(図)。

図 異常なTDP-43凝集物による神経細胞死のメカニズム

図 異常なTDP-43凝集物による神経細胞死のメカニズム

神経細胞内で異常凝集したTDP-43(赤い糸くず状のもの)は、その安定な性質のため生体による分解・排除機構を免れ、神経細胞から神経細胞へと伝達され、自身を鋳型として本来なら凝集しないはずの正常TDP-43を次々と凝集させ、最終的に神経細胞死が誘導される(左のグレーの細胞)と考えられる。

この成果はALSの発症機序の解明だけでなく治療薬開発にも応用できることが期待できます。これまではTDP-43の最初の異常蓄積を抑制する化合物の探索などに重点が置かれてきましたが、それだけではなく、異常凝集物の細胞から細胞への伝播を抑制する化合物なども治療薬として開発できる可能性があります。

Nonaka T, Masuda-Suzukake M, Arai T, Hasegawa Y, Akatsu H, Obi T, Yoshida M, Murayama S, Mann DM, Akiyama H, Hasegawa M (2013) Prion-like Properties of Pathological TDP-43 Aggregates from Diseased Brains. Cell Rep., 4:124-134

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