HOME広報活動刊行物 > Jul. 2015 No.018

特集

ALS等神経難病療養者への看護ケアおよび療養支援システムの開発・評価
(難病ケア看護)

難病ケア看護プロジェクトリーダー中山 優季

中山 優季

我が国の難病の歴史は、そう古いものではなく、遡ること約半世紀前、スモン(Subacute Myelo-Optico-Neuropathy, 亜急性脊髄・視神経・末梢神経障害)が発症した頃になります。東京オリンピックを控えた1960年代初め、原因不明の奇病として、ボート会場周辺の地域などで集団発生をしたスモンは、視神経・脊髄・末梢神経が侵され、腹痛・下痢等の腹部症状に引き続いて、足の先から次第に上昇する異常知覚・歩行障害等の神経症状と視力障害などをきたす病気でした。当時は原因がわからず、ウィルス説により、「近づくとうつる」や「スモンの家の子どもとは、遊ばせてはいけない」といった社会的偏見や差別の ため、患者は患者であるということを名乗ることもできなかったそうです。

筆者らの恩師である川村佐和子教授は、当時、集団発生があった地域の近くの中島病院というところで保健師として勤務しており、スモン病を発症した方々の声を耳にするにつけ、なんとかせねば、という一心で、「スモンの広場」という療養手引きの作成に尽力しました。前述のような社会的偏見や差別から、どこに患者がいるのかすらわからない状況の中で、「スモンの広場」に折り込んだ一枚の返信用はがきから患者の所在を把握し、患者が困っていることの情報の収集に努めました。このことが一つのきっかけとなり、1969年の全国スモンの会発足につながっていきました。そして、国が「難病対策」に取り組む契機ともなったのです。

当時の難病対策要綱(1972年策定)の中の難病の定義には、

  1. 原因不明、治療法未確立であり、かつ、後遺症を残す恐れが少なくない疾病
  2. 経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家庭の負担が重 く、また精神的にも負担が大きい疾病

とあり、疾患の定義でありながら、医学的・社会的側面をもつものであったことが特徴でした。さらに、難病対策要綱で定められた項目として、

  1. 調査研究の推進
  2. 医療施設の整備
  3. 医療費の自己負担の解消

の3本柱があげられ、各種政策に反映されることになったのです。のちに、1998年の改訂では、

  1. 地域における保健医療福祉の充実・連携
  2. 生活の質(QOL)の向上を目指した福祉施策

の推進が加えられて5本柱となり、難病療養者は福祉の恩恵も得られるようになりました。

この難病対策への取り組みの歴史から、多くのことを学ぶことができます。第一に、難病は、人の生活そのものにも大きな影響を与えるということ、第二に、難病の苦しみは、人の思い・考え方次第で変わり得るということ、第三に、難病は社会の力で克服することが可能であるということです。病気が生活に影響を与えることは想像に難くありませんが、生活を支える視点は看護ならではのものであるといえます。難病対策では、保健・医療・福祉の連携という生活障害に根ざした視点が盛り込まれており、患者が抱える悩みや困りごと• 要望を支援専門家のデータにより客観的に意味づけることで対策につながるという対応が行われています。また、スモンではウイルス説による社会的偏見や差別があったように、人の捉え方一つで病気だけではない苦しみを与えることになりかねません。
一方、健康をどう意味づけるかによって、健康観も変わってきます。活動性の高い難病療養者の存在は、そのことを身をもって示し ています。そして、医療費助成や福祉施策の推進など、療養生活への支援を施策として行う機運が高まりました。

私達、難病ケア看護プロジェクトは、このような難病対策の創生期に、患者会活動などの社会的な運動が後押しとなり開設された東京都神経科学総合研究所の社会学研究室を起源にしています。開設以来、一人一人への難病看護提供の実践から、疫学的手法を駆使して、難病者の療養環境を向上するための施策提言につながる研究活動を蓄積してきました。

難病対策から約40年が経過し、施策・財政両面を盤石なものとすべく、2015年に「難病の患者に対する医療等に関する法律(難病法)」が施行されました。この同じ年に、医学研の第3期プロジェクトがスタートしましたが、看護系研究部門として初めての「難病ケア看護プロジェクト」として、その一歩を踏み出せたことに運命的なものを感じています。

難病ケア看護プロジェクトは、今を生きる療養者への支援とそれを社会に広く普及していくための発信を目指しています(図1)。そのために、難病の中でも最重度と言われる筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Screlosis,ALS)をモデルに、

  1. 基礎・臨床成果に基づく看護ケア技術開発
  2. 安全な療養環境・支援システムの構築
  3. 「難病ケア看護データベース」による成果の普及・還元システム構築

の3つを柱に展開してまいります。

図1 難病ケア看護プロジェクトグランドデザイン

図1 難病ケア看護プロジェクトグランドデザイン

1つめの看護ケア技術開発では、代表的なものとして、意思伝達維持に向けた集学的な研究があります(図2)。国内随一の神経難病の医療拠点である都立神経病院との共同のもと、看護・臨床神経・病理のチームで推進しています。かつては眼の動きは悪くならないと言われていたALSですが、眼が動かなくなってしまう方もいます。全身不随で、眼の動きすら途絶えてしまう場合には、YesかNoを伝えることまでもできなくなります。これに対し、世界各地で脳波や脳血流など微細な生体信号を用いた意思伝達装置の開発が急ピッチで行われています。これらの最先端技術の開発は夢や希望を与えてくれますが、機械があればいいというものではありません。それを使う人、支援の力があってのことといえます。特に、ALS患者さんは眼が動かなくなる事に先行して、乾燥や眩しさを感じることがあります。そういった症状を捉え、適切なケアをすることによって、良い状態で最先端技術を試用することが可能になるように、ケア技術としてまとめ、支援体制を作り上げていくことを目標にしています。

図2 意思伝達維持に向けた集学的取組み

図2 意思伝達維持に向けた集学的取組み

2つめの安全な療養環境・支援システムの構築では、医療・福祉・介護の複合的なニーズを併せ持つ難病患者の生活の質を向上するために、病期に応じた医療提供体制・看護機能の確立を目指した外来看護機能の充実やテレナーシングシステムの開発、看護と介護といった多職種連携を効果的に進めるための連携指標の開発、そして、難病者を地域全体で支えるために欠かせない難病保健活動の充実に向けた取り組みがあります。個別ケアのマネジメントは、介護保険サービスに基づきケアマネージャーによって行われることが増えてきました。しかし、個別ケアでは解決できない問題を地域全体の課題としてとらえ、地域にある資源を活用して対応を導き出す難病保健活動は、地域包括ケアの時代と言われる現在の保健活動のモデルの一つとなりうるといえます。

3つめの「難病ケア看護データベース」は、1と2の成果を都医学研難病ケア看護ホームページ(http://nambyocare.jp/index.html)で発信することにより、いち早くケア現場に届けることを目指しています(図3)。特に、「在宅医療安全/ヒヤリハット情報収集・情報検索システム」は、在宅人工呼吸療法中に生じたヒヤリハット事象について、事象を蓄積することで、より効果的にリスクマネジメントを可能とすること、さらに類似事象から原因や対策を検討する際の一助とするための双方向の情報ネットワークの構築を目指しています。

図3 難病ケア看護データベースを用いた医療安全への取組み

図3 難病ケア看護データベースを用いた医療安全への取組み

これら3つの柱を循環させることで、研究活動の充実と同時に、今を生きる療養者支援の向上が期待できるといえます。またそれには、難病者自身の期待や要望(ニーズの発掘)と評価(Patient Reported Outcome)といった当事者参加が欠かせないものであるため、この視点を大切に取り組んで参ります。

難病は、誰もが罹患する可能性のある疾病です。都医学研をはじめ、神経変性疾患の発症メカニズムの研究成果が生かされ、原因が究明され治療法につながる未来はきっとやってくると信じています。

それまでの間、難病患者の生活が「難」に至らない社会、すなわち、社会全体で支える仕組み作りに貢献していきたいと思っています。これまでの難病患者、支援関係者の方々をはじめとする都民の皆様の温かいご支援に感謝申し上げるとともに、引き続きご指導・ご鞭撻のほどをお願い申し上げます。


用語説明

テレナーシングシステム
遠隔看護とも言われ、電話や電子メールなどインターネットを含む通信技術を用いて、直接目の前で対面せずに、どこにいても行える看護の提供方法のこと。

法令解説

難病法(難病の患者に対する医療等に関する法律:平成27年1月1日施行)
持続可能な社会保障制度の確立を図るための改革の推進に関する法律に基づく措置として、難病の患者に対する医療費助成に関して、法定化により公平かつ安定的な制度を確立するほか、難病の治療研究を進め、疾患の克服を目指すとともに、基本方針の策定、調査及び研究の推進、療養生活環境整備事業の実施等の措置を講じたもの。
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