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Jul. 2015 No.018
米国病理学会会誌「American Journal of Pathology(AJP)」他に、視覚病態プロジェクトの木村敦子主任研究員・原田高幸参事研究員らの研究成果が発表されました。
視覚病態プロジェクト 主任研究員木村 敦子
緑内障は、網膜と視神経に障害が起きて視野が欠ける目の病気で、我が国で最大の失明原因です。根本的な治療法は確立されておらず、神経保護薬の開発などが期待されています。しかし、新薬の開発には多大な時間と費用が必要です。そこで、最近注目されているのが既存薬の再活用(Drug repositioning又はDrug repurposing)です。
これは、病気の治療薬として確立されている薬を他の病気の治療に役立てることによって、新薬開発における時間とコストを削減する方法です。1970年代から世界中で広く使用されている抗てんかん薬として、バルプロ酸が知られています。バルプロ酸は副作用が少ないだけでなく、さまざまな刺激からおこる細胞死を防ぐことが最近わかってきました。そこで私たちは、緑内障の際に起こる目の神経細胞死をバルプロ酸で防げるかを調べました。
神経毒性を引き起こす薬剤(高濃度のグルタミン酸)をマウスの眼球に投与すると、網膜神経節細胞死が起こります。この時に、マウスにバルプロ酸を同時に投与すると、網膜変性が抑制されることがわかりました。このことは、光干渉断層計 (OCT)* による生きた動物の網膜の可視化によっても確認されました(図1)。
OCTによる網膜の生体イメージング。同一網膜の生体イメージングをグルタミン酸の過剰量投与後の7日目(上段)と14日目(下段)に行った。バルプロ酸を投与したマウスでは、いずれの時点においても網膜内層の厚みが保たれていることがわかる。矢印は網膜神経節細胞を含む、Ganglion Cell Complex GCC)と呼ばれる網膜内層部分を示す。
詳しく調べると、バルプロ酸投与は神経栄養因子(BDNF)の発現量を上昇させることがわかりました。BDNFには、神経細胞を保護する役割があることがわかっています。
そこで私たちは、網膜神経節細胞に発現するBDNFの受容体であるTrkBを特別に欠損させたマウスを使い、同様の実験を行ないました。その結果、バルプロ酸の神経保護効果が大きく減少したことから、バルプロ酸の神経保護作用にはこのBDNF-TrkB経路が大きく関わっていることが明らかになりました(図2)。
網膜神経節細胞からTrkBが欠損したマウスでは、バルプロ酸による網膜保護効果が大きく低下することが確認された。矢印は網膜神経節細胞層。下段は網膜神経節細胞層の拡大図。
また、私たちは以前から正常眼圧緑内障の疾患モデルマウスに関する研究を続けています。正常眼圧緑内障は、日本人では最も多い緑内障のタイプです。正常眼圧緑内障モデル動物に対してバルプロ酸を毎日投与すると、治療開始から2週間後には緑内障特有の網膜神経節細胞死が抑えられました。また、網膜電位の計測により、視機能障害も改善できることがわかりました(図3)。
多局所網膜電位による視機能解析。バルプロ酸を投与した正常眼圧緑内障モデル(GLAST欠損マウス)では、網膜機能が保たれていることがわかる。
本研究で私たちは、既存薬であるバルプロ酸が緑内障の治療薬となる可能性を動物実験で明らかにしました。本研究の成果は、緑内障の新たな治療研究に貢献するものと考えられます。