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特集

所長就任挨拶

所長正井 久雄

正井 久雄

2018年4月1日から東京都医学総合研究所の所長を拝命いたしました。

当研究所は、それぞれ40年近くの歴史を持っていた、東京都の3つの研究所(精神研、神経研、臨床研)が2011年に合併し、誕生しました。それから8年目を迎えた今日、3つの異なるカルチャーが融合し、新しい研究が芽吹き始め、世界的に見ても大変ユニークな研究所へと進化しつつあります。

これは、ひとえに、統合してから7年間にわたる田中啓二先生の強力なリーダーシップと、研究所の一体化に向けて、先生が多大なご努力を注がれた結果と思います。そして、研究員の皆さんが、大いなる努力をされ、数多くの素晴らしい成果を上げてこられたことが、今日の都医学研を作り上げました。また、事務の方々の献身的、協力的なサポートがなくては、私たち研究者は、決して今のように研究を成し遂げることはできなかったでしょう。

この度、田中先生の所長ご退任に伴い、その後任を拝命したわけですが、先生がレールを引いてくださっているとは言え、客員研究員も含めて500人を超すこの研究所の舵取りを担うのは、極めて責任が重く、この職責を果たせるのかという不安を拭い去ることはできません。しかし、お引き受けした以上、覚悟を決めて全力を尽くす所存です。

私が大学院生だった頃は、塩基配列決定技術が定着し始め、職人的な超技術をもつ人なら一ヶ月に10kbくらい決めることができるという時代でした。しかし、これは例外的な技術で、ヒト遺伝子のゲノムDNAを単離して配列を決定したら学位が十分とれました。30余年たった今、研究のスピードは加速度的に増し、新しい発見をするためには、分子生物学、細胞生物学、遺伝学のみならず、情報学、構造生物学、化学、物理学、工学、数理科学、さらに人工知能などの技術を駆使することさえ必要になっています。同時に、高齢化社会を迎えるにあたり、どのようにしたら、人々が健康な人生を送り、長寿を全うできるか、あるいは病気になる前にいかに早く病気を予測し、予防できるかが、今後の医療の大きな課題になります。これらの課題の解決は、大都市のストレス社会に伴う精神疾患の社会的背景を解明すること、あるいは認知症や難病患者を介護するシステム、介護者の負担を軽減し、患者の生活を向上させるシステムの開発などと連動し、今後社会的要請が大いに高まるものと思われます。

当所では、このような医学研究に対する社会の多様なニーズに対応するため、他の研究所に前例を見ない、新しい独自の融合的な医学研究を推進しています。しかし、その基盤は、最新の設備と環境に裏打ちされた確固たる基礎研究であることは言うまでもありません(図参照)。私は所長を務めるにあたり、研究所の目指す目標として、次の3つを掲げたいと思います。

  1. 基礎医学・臨床医学・社会医学の強力な連携により、都民の健康と福祉に貢献する新しい総合的な医学研究所。
  2. 国際的に高く認知される研究所。
  3. 東京の文化の一つとして、都民が誇りに思うような研究所。

これらを実現させるために、これまでの田中先生の運営方針を継続するとともに、次のとおり、新しいチャレンジも行いたいと考えています。

第一に、当所でも多くのゲノム研究がされていますが、新たにゲノム医学研究センター(仮称)を創設し、未知の疾患の原因遺伝子の解明などの研究を進めるとともに、将来的には研究所におけるゲノム・エピゲノム解析の支援をできるような環境を整えたいと考えています。また、当所では優れた社会医学研究が進行し、精神疾患に影響を与える社会的な環境因子の解析や、看護システムや、患者のサポートに関する研究も進んでいます。こうした研究をさらに発展させるとともに、臨床医学、基礎医学と連携して、新たな研究領域の開拓を目指したいと思います。

第二に、病院との連携研究の強化です。昨年度から、病院等連携研究センターが中心となって、病院と新たな共同研究を推進するための方策が提案されております。新たに開設する予定のセンターとも連動し、病院におけるユニークな症例を基盤に、新たな疾患原理の解明、そして治療法の開発につながる画期的な成果をもたらす研究を推進します。そして、それを産学連携研究につなげ、研究成果の実用化・社会への還元を目指します。

第三に、研究所の国際化です。すでに毎年開催される国際シンポジウムや、海外からセミナーのために訪問する研究者も多く、多くの国際的な共同研究が進行していますが、実際に当所で研究する外国人研究者の数を増やしたいと考えています。当所での研究を希望する外国の大学院生や博士取得者は多いと思いますが、fellowshipなどの問題で断念せざるを得ない場合も多いと思います。こうした課題に対して、何らかの方策は見いだせないか、模索していきたいと考えています。

第四に、都民に向けたアウトリーチ活動の充実です。当所の研究活動を公開し、多くの方々にその内容を知っていただくことは、重要な任務の一つであります。すでに都民講座、サイエンスカフェなどを通じて研究成果の公開、あるいはサイエンスに親しんでいただく場の提供を行っていますが、昨年度から、さらに効果的かつ魅力的なものにするための討議を進めております。都医学研が発足して7年が経過しましたが、近隣の方々には、どのような研究所なのかがまだよく理解されていないかもしれません。今後、研究所公開などの活動を通じて、よりよく知っていただき、近隣の方々、ひいては東京都民にとって誇りに思っていただけるような研究所を目指したいと思います。

第五に、研究所は、職員の皆さんが毎日長い時間を過ごす場所ですので、できるだけ過ごしやすい場所にしたいという想いがあります。ランチタイムを楽しめる環境、会議のペーパーレス化、都立病院との打ち合わせを円滑に行うための方策など、研究や事務処理の効率化につながる改革を進めたいと考えています。

人によって、研究を色々なものに例えると思いますが、私は音楽に例えたいと思います。すばらしい音楽は、万人に感動を与えますが、美しい研究もまた同様です。バッハのフーガ、モーツァルト、ベートーベン、ブラームスなどのコンチェルトや交響曲、ビートルズやカーペンターズの楽曲など、人に感動を与える美しい音楽は時代を越えて引き継がれます。これらの楽曲は、ときにジャズにアレンジされたり、あるいは、色々な人がカバーして歌います。

生命科学の研究では、「美しいオリジナルの音楽」は、生命のメカニズムについての発見、すなわち基礎研究です。そして、色々な楽曲にアレンジされたり、カバーされた楽曲が応用研究に相当するのではないでしょうか。美しい音楽が最初にあって初めて、色々な形に変化し、歌い継がれます。研究も同様で、まず美しい音楽(生命の原理を明らかにする発見)を奏で、それを元に真に有用な応用研究が生まれるのではないかと思います。

引き続きこの研究所から、人に感動を与える美しい音楽をたくさん作ってほしい。そして、それを基盤にして、画期的な応用・実用化研究を推進していただきたいと願っております。時には原曲を超える楽曲が生まれることもあります。

素晴らしい環境と人材に恵まれた都医学研が、今後も百花繚乱の研究成果が継続的に生まれる国際的な研究所へと発展するよう、精一杯努力する所存です。

大都市東京の都民を取り巻く健康問題と都医学研の取り組み

図 大都市東京の都民を取り巻く健康問題と都医学研の取り組み

含む種々の感染症、ストレス社会に付随する様々な心の病、原因不明の難病などに有効に対応するため、まず、基礎研究に立脚したメカニズム解明に取り組みます。そして、頑強な基礎研究を基盤として、臨床医学及び社会医学と強力に連携することにより、種々の疾患の予防、診断、治療、創薬の新戦略を開発し、健康寿命の増進と患者のQOLの向上を目指します。

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