東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2019年

TOPICS 2019

2019年11月6日

細胞膜研究室の平林哲也主席研究員は、名古屋大学大学院医学系研究科の秋山真志教授らの研究グループ、Vanderbilt大学のAlan R. Brash教授らの研究グループとの共同研究で 「皮膚バリア形成に必須な結合型セラミドを作るメカニズム」について、米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」に発表しました。

皮膚バリア形成に必須な結合型セラミドを作るメカニズム

当研究所細胞膜研究室の平林哲也主席研究員は、名古屋大学大学院医学系研究科* の武市拓也講師および秋山真志教授らの研究グループ、Vanderbilt大学のAlan R. Brash教授らの研究グループとの共同研究で、先天性魚鱗癬という重篤な皮膚疾患の原因分子として見つかったSDR9C7という酵素が、皮膚バリアの形成に必須な結合型セラミドを作る上で重要な役割を担っていることを解明しました。研究成果は2019年11月1日に米国科学誌『The Journal of Clinical Investigation』のオンライン速報版に掲載されました。

平林研究員はSdr9c7遺伝子を人為的に破壊したマウスの皮膚組織について、脂質組成分析と遺伝子発現解析を担当しました。本研究成果により、皮膚バリア形成の詳細なメカニズムが明らかになるとともに、難病である先天性魚鱗癬のみならず、皮膚バリア障害に起因するアトピー性皮膚炎や他のアレルギー疾患の病態解明と新規治療法の開発が期待されます。

本研究は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業「画期的医薬品等の創出をめざす脂質の生理活性と機能の解明」の支援によって行われたものです。

<論文名>
”SDR9C7 catalyzes critical dehydrogenation of acylceramides for skin barrier formation”
<発表雑誌>
米国科学誌「The Journal of Clinical Investigation」
DOI : 10.1172/JCI130675
URL:https://www.jci.org/articles/view/130675-y

研究の背景

皮膚の最外層である角層は皮膚のバリア機能や水分保持機能に重要な役割を持つことが知られています。その角層は、角質細胞とその細胞間を埋める角層細胞間脂質層で形成されていますが、角層細胞の辺縁にある周辺帯タンパク質と角層細胞間脂質層は、それぞれ、タンパク質と脂質という異質な成分であり、それらがバラバラに存在していてはバリアとして機能できません。そこで、脂質の中でも特異な構造を持つセラミドが、周辺帯タンパク質と角層細胞間脂質層を架橋して、皮膚のバリアを完成させているのです。この架橋するセラミドの層は角質細胞脂質エンベロープ(corneocyte lipid envelope:CLE)と呼ばれますが、皮膚のバリアにとって最も重要な構造の一つです。ところが、これまで、セラミドがCLEを形成する際に周辺帯タンパク質と結合するメカニズムは、明らかになっていませんでした。

一方、皮膚のバリア機能は、病原体やアレルゲンなどの侵入を阻止する生体の防護壁のような役割と、体内の水分が体外に出ていくのを防ぐ保湿機能としての役割を担っています。そのため、皮膚バリア機能の異常はアトピー性皮膚炎や先天性魚鱗癬(注)などの皮膚疾患を引き起こします。先天性魚鱗癬とは、生まれた時から皮膚の表面がめくれて赤くなったり、厚く、硬くなったりする病気です。患者さんによって程度の違いはありますが皮膚の症状は多くの患者さんでは生涯続きます。2016年に先天性魚鱗癬の新しい原因遺伝子としてSDR9C7遺伝子が報告されましたが、SDR9C7遺伝子の変異が先天性魚鱗癬を引き起こす機序は明らかになっていませんでした。

今回の研究では、セラミドがCLEを形成する際に周辺帯タンパク質と結合するメカニズムとSDR9C7遺伝子の変異が先天性魚鱗癬を引き起こす機序を明らかにするために、SDR9C7遺伝子変異を持つ先天性魚鱗癬患者さんと、Sdr9c7遺伝子を人為的に破壊したマウス(Sdr9c7欠損マウス)について、遺伝子発現差解析、形態学的分析、脂質成分分析などの方法を用いて詳細に病態を解析しました。さらに、野生型のSDR9C7タンパク質と先天性魚鱗癬患者さんに見られる変異型SDR9C7タンパク質について、それらの酵素活性を測定して両者を比較しました 。

本研究の成果

まず、既知の原因遺伝子に変異を認めない先天性魚鱗癬患者さんのDNAを用いて全エクソームシークエンス解析を行い、未報告のSDR9C7遺伝子変異を同定しました。また、この患者さんの皮膚組織では、健常人に比較してSDR9C7タンパク質の発現が減弱していました。患者さんから採取した皮膚の角層についての脂質成分分析では、対照健常人の角層に比較して、主にCLEを担っている結合型セラミド含有量の低下が認められました

次に、Sdr9c7遺伝子を人為的に破壊したマウス(Sdr9c7欠損マウス)を樹立しました。そしてSdr9c7欠損マウスと野生型マウスの間で脂質成分分析を行いました。その結果、Sdr9c7欠損マウスの皮膚組織では、野生型マウスと比較して結合型セラミド含有量の低下が見られました。またSdr9c7欠損マウスでは、ケトン体の脂肪酸を持つアシルセラミドのほぼ完全な損失と、野生型マウスではほとんど見られない、トリオールの脂肪酸を持つアシルセラミドの蓄積が認められました。

さらに、SDR9C7が直接関与する脂質代謝経路を同定するために、野生型のSDR9C7タンパク質と先天性魚鱗癬患者さんに見られる変異型SDR9C7タンパク質を作成し、酵素活性を測定しました。その結果、SDR9C7は、アシルセラミドの持つ脂肪酸のアルコール基をケトン基へ変換する、脱水素反応を触媒する酵素であることを突き止めました。また変異型SDR9C7タンパク質は、この経路の酵素活性の著しい低下が見られました。

これらの結果より、角層の周辺帯タンパク質とCLEの結合に、SDR9C7が重要な働きをしていることが明らかになりました。SDR9C7によって産生される、ケトン体の脂肪酸を持つアシルセラミドは、特定の酵素反応を必要とせず、マイケル付加、あるいは、シッフ塩基の形成を介したピロール環形成により周辺帯タンパク質と結合すると考えられます。患者さんの皮膚でSDR9C7タンパク質の機能低下が起こると、角層で周辺帯タンパク質へのCLEの結合がうまくできなくなり、皮膚バリア障害が生じ、先天性魚鱗癬を発症します。

皮膚バリア形成に必須な結合型セラミドを作るメカニズム

今後の展望

今回の研究成果から、SDR9C7タンパク質が皮膚バリア形成過程において非常に重要な働きをしていることが明らかになりました。本研究の成果により、皮膚バリア形成の詳細なメカニズムが明らかになるとともに、難病である先天性魚鱗癬のみならず、皮膚バリア障害に起因するアトピー性皮膚炎や他のアレルギー疾患の病態の解明と、SDR9C7を標的とした新規治療法の開発が期待されます。

用語解説

先天性魚鱗癬:
生まれつき皮膚の表面が厚く、硬くなる、稀な遺伝性の皮膚疾患で、厚生労働省の指定難病に指定されている疾患の一つ。近年の分子生物学技術の進歩により、先天性魚鱗癬の病因遺伝子の解明が次々になされています。しかし、未だに原因遺伝子の異常が先天性魚鱗癬の臨床像を来すそのメカニズムについては不明な点が多く残されています。先天性魚鱗癬の多くの患者さんは、生涯に渡って、皮疹、掻痒や亀裂による疼痛に悩まされますが、未だに有効な治療法は確立されていません。

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