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TOPICS 2017

リン脂質による破骨細胞融合機構 入江敦

2017年4月24日

英国科学誌 「Scientific Reports」 on-line版に入江敦主任研究員が 「脂質が担う骨の新陳代謝の新しい仕組み:リン脂質による破骨細胞融合機構の発見」 について発表しました。

脂質が担う骨の新陳代謝の新しい仕組み : リン脂質による破骨細胞融合機構の発見

(公財)東京都医学総合研究所・脂質代謝プロジェクトの入江敦主任研究員(現分子医療プロジェクト)、村上誠参事研究員(現東京大学大学院医学系研究科・疾患生命工学センター・健康環境医工学部門 教授)らは、骨の新陳代謝に関わる細胞である破骨細胞が出来上がる過程で、細胞膜の主要構成成分であるリン脂質が量的・質的に大きく変化することにより、破骨細胞融合を制御していることを初めて明らかにしました。本研究成果は、破骨細胞が関与する骨粗鬆症や関節リウマチなどの骨疾患の診断や治療に役立つことが期待されます。

本研究は、日本学術振興会科研費(新学術領域研究、基盤研究、挑戦的萌芽研究)ならびに国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の革新的先端研究開発支援事業(AMED-CREST) 「疾患における代謝産物の解析および代謝制御に基づく革新的医療基盤技術の創出」 における研究開発課題 「PLA2メタボロームによる疾患脂質代謝マップの創成とその医療展開に向けての基盤構築」 (研究開発代表者:村上誠)の一環として行われました。本研究成果は、2017年4月24日午前10時(英国時間)に英国科学誌 「Scientific Reports」 にオンライン掲載されました。

<発表雑誌>
英国科学誌 「Scientific Reports」
<論文タイトル>
“Phosphatidylethanolamine dynamics are required for osteoclast fusion”
(ホスファチジルエタノールアミンの動態は破骨細胞の融合に必要である)

1.研究の背景

体の中で古くなったり傷ついたりした骨は、溶かされることにより分解され、さらにその部分に新しい骨が作られることにより絶えず新陳代謝されています。また、骨はカルシウムの大事な貯蔵庫で、体内でカルシウムが不足すると骨の一部分が溶かされて、カルシウムが供給されます。これらの骨を溶かす働きを持つのが破骨細胞です。破骨細胞は人間の健康維持に不可欠な細胞ですが、一方で、体内で破骨細胞の働きが強くなり過ぎると、骨の量が減って骨粗鬆症になってしまいます。また、関節リウマチにおいても、破骨細胞が活性化されて骨が壊されることが知られています。

破骨細胞は、骨の血管に存在する骨髄細胞という種類の細胞が、未成熟な前駆細胞を経て、成熟した破骨細胞に姿を変えることにより生まれます(骨髄細胞から破骨細胞に変化する現象を、破骨細胞の分化と称します)。この破骨細胞分化の最終段階で、2つの前駆破骨細胞の細胞膜*1 同士が融合し、2つの細胞が合体した1つの新しい細胞になります。そして、融合した前駆細胞は、さらに別の前駆細胞と細胞融合を繰り返して巨大な成熟破骨細胞となり、効率よく骨を溶かすことができるようになります。このように、成熟破骨細胞が出来上がるために細胞融合はとても重要な過程であるにもかかわらず、破骨細胞融合の仕組みはほとんどわかっていませんでした。入江研究員らは、破骨細胞が融合する仕組みに関する研究を進め、細胞膜を構成するリン脂質*2 が、破骨細胞分化融合時に量的・質的に大きく変化することにより、破骨細胞融合を制御していることを明らかにしました。

2.研究の概要

細胞融合は、2つの細胞の細胞膜が大きく形を変え、1つの細胞膜になる現象であることから、入江研究員らは細胞膜脂質が量的・質的に大きく変化することが細胞融合の鍵となっているのではないかと予想し、細胞膜の主要な成分であるリン脂質に焦点を当てて研究を進めました。

研究の結果、破骨細胞が分化融合する際に、リン脂質の一種であるホスファチジルエタノールアミン(PE)の合成が特に増えていることがわかりました。細胞膜は外層と内層からなる脂質二重層で構成されており、PEは主に内層に遍在することが知られています。破骨細胞分化過程の初めの段階では、細胞膜の外層にほとんど存在していなかったPEが、分化するにつれて外層に露出するようになり、特に細胞同士が接触する部分の細胞膜外層に多く存在していました。さらにPEに特異的に結合する試薬を用いて細胞膜外層上でPEが機能できないようにすると、細胞融合が阻害されたことから、細胞膜外層に露出したPEは破骨細胞融合に重要であることがわかりました。次に、破骨細胞融合過程においてPEの合成や局在変化を引き起こす分子を探しました。すると、PEの生合成酵素の一種であるLPEAT2、ならびにリン脂質を細胞膜内層から外層へ輸送する分子であるABCB4とABCG1が関わっており、これらの3つの分子の発現を人為的に低下させると、破骨細胞の融合が妨げられることがわかりました。

本研究から、破骨細胞分化過程において、リン脂質の生合成や局在が変化して破骨細胞の融合が促進されることが明らかになりました。この研究は長年解明されていなかった破骨細胞の分化融合のメカニズムに、脂質分子が関与していることを世界で初めて示した研究成果であり、骨の研究分野に新しい学術的理解をもたらすとともに、将来的に骨粗鬆症といった骨関連疾患の治療法の開発に新しい可能性を拓くものです。

リン脂質 破骨細胞の分化融合のメカニズム

3.今後の展望

今後この研究成果を足がかりとして、破骨細胞分化融合の仕組みに関する研究がさらに発展することが期待できます。また、将来的にLPEAT2、ABCB4やABCG1の機能を制御する薬物を開発できれば、骨粗鬆症や関節リウマチの新しい予防・治療法につながる可能性があります。

用語解説

*1 細胞膜:
ほ乳類の細胞は細胞膜と呼ばれる膜に覆われている。細胞膜は、多くの脂質分子が集まってシート状に広がったものが二層に重なった「脂質二重層」という構造をとっており、細胞の外側に面した層を外層、細胞内に面した層を内層と称している。細胞融合は、隣り合う2つの細胞の細胞膜の脂質二重層構造が変化し、2つの細胞膜同士が融合して1つの脂質二重層となり、最終的に1つの細胞へと合体する現象である。
*2 リン脂質:
リン脂質は脂質分子の一種であり、コリンやリン酸といった親水性の頭部と、2本の脂肪酸がエステル結合した疎水性の尾部から構成されている。リン脂質の頭部は、その分子構造からホスファチジルコリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトール、スフィンゴミエリンに分類される。一般的な細胞膜において、リン脂質は頭部の分子構造によって、ホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンが脂質二重層外層に、ホスファチジルエタノールアミンとホスファチジルセリン、ホスファチジルイノシトールが脂質二重層内層に多く存在する。また、尾部に結合する脂肪酸はリン脂質分解酵素によりリン脂質から切り出され、さらに生理的に活性のある分子に変換されることがある。脂肪酸の分子構造は多種多様で、例えば、植物油に多く含まれるリノール酸、発熱・疼痛因子であるプロスタグランジンの前駆体であるアラキドン酸、青魚に多く含まれるドコサヘキサエン酸などがある。

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