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特集

年頭所感

東京都医学総合研究所 所長田中啓二

田中 啓二

「光陰矢の如し」という諺がありますが、月日の経つのは早いものでまた新しい年を迎えました。時の推移に関しては、中国の儒者の詩として有名な「少年老い易く、学成り難し・・・」というフレーズがありますが、流石に意味深長な表現でつい相槌を打ちたくなります。それはさておき正月に心ときめくこともなく無聊を託つ今日この頃ですが、わが都医学研は新生の産声を上げてから僅か3度目の元旦を迎えたところであり(少年ではありませんが)大志を抱いて今後の飛躍的な発展を目指しています。実際、東京都福祉保健局所管の旧3医学系研究所が統合・再編されてからこの間、最先端の医科学研究所の創成に邁進する日々を送って参りました。

現在、漸く研究所の基盤的な枠組みが固まり、なお新たな改革への持続的な取り組みが不可欠であることを強く意識しつつも、すでに新研究所は真価を発揮し大きく躍進する時代に突入していると考えています。新研究所の発足に併せて研究の中心となる6つの医科学研究分野を構築すると共に基盤技術研究センターと知的財産活用センターを拡充して研究活動の支援や研究成果の社会還元が効率的に実施できるように組織体制の整備を図って参りました(HP参照)。その結果、質の高い学術論文を精力的に発表する他、都立病院をはじめ多くの大学・研究機関等との連携や地域社会との交流など様々な幅広い活動を通して、この世田谷区上北沢の地に「都医学研あり」と高らかに宣言できるようになってきたと思っています。さらに本年には、基礎研究の成果を実践的な医学研究と提携して迅速に活用することを企図した病院等連携研究センターが新しく発足する運びとなっています。このように都医学研は、学術的発展のみならず社会的貢献の両面において高い評価を受けかつ栄誉ある地位を築いてゆけるように、構成員各々が全エネルギーを集中して幅広く研究に邁進しているところであります。

この状況を裏付けるように、本稿を執筆中に嬉しいニュースが飛び込んできました。平成25年度(文科省)科学研究費・新規採択に関して「研究者が所属する研究機関別採択率の上位30機関(応募件数が50件以上の研究機関が対象)」が公表され、都医学研が全国2位にランク付けされていることが判明したのであります。採択率の向上を目指す手っ取り早い手段は、採択の可能性が低い応募を抑制することでありますが、都医学研では「応募なくして採択なし」との前向きの姿勢で幅広い応募を研究職員に求めてきた中で、約50%の採択率を確保できたことは、研究員各位の努力の賜物とはいえ新研究所の総合力が顕在化してきた兆候と歓んでいます。

今後も飛躍的な発展を目標に全構成員が一丸となって医科学研究をさらに進めてゆく所存ですので、各界・各位からのご支援を賜われますように宜しくお願い申し上げます。

昨今「役に立つ研究」と「すぐには役に立たない研究」との相克が喧しくなってきています。巷間、人気を博したTVドラマの主人公の名台詞『倍返し』(昨年度の流行語大賞に選別)が、評判になっています。その余波として研究者にも配分された科学研究費を倍返しで国民に還元できるような成果を挙げることが厳しく求められており、具体的には経済成長や健康増進に結びつくような「役に立つ研究」の推進が強く期待されています。本当に「役に立つ研究」を目標に掲げて行った研究が実際に「役に立つ成果」に結実することは、まれにあるにせよ、必ずしも確率的に高い訳ではありません。寧ろ「すぐには役に立たない研究」と思って進めてきた成果が、創薬等「役に立つ研究」に結びつくことは、屡々みられることであります。例えば、私自身、あえて所長という立場を度外視して忌憚のない感想を述べますと、私自身これまで「役に立つ研究」を標榜して研究を推進してきたとは言い難く、知的好奇心の赴くままに未知の領域(生命の謎)に迫ることに向けて研究を推進してきました。

しかし、驚いたことに私がライフワーク研究として進めてきたプロテアソーム(巨大で複雑なタンパク質分解装置)の阻害剤として開発されたベルケイドが、現在、出色の抗ガン剤として世界約100 国で臨床応用され多数の患者さんの命を救うと共に、この薬の年間売上額は2000億円を遙に突破して経済的発展にも寄与しています。私の研究がなければ、この薬が開発されなかったとは申しませんが、この酵素の基盤的な概念を確立しその生物学的重要性を(論文等を通してですが)国内外に周知させてきた点については、些か自負を持っています。これは「役に立つ研究」を明確に意識しなかった基礎研究であっても、真に重要な発見は、結果的に「役に立つ研究」に昇華してゆく一例であると思っています。

一方、「役に立つ研究」に邁進して本当に人類に大きく貢献する研究も数多くあります。代表的な例は感染症研究です。実際、日本近代医学の父と讃えられる北里柴三郎は多くの病原体を発見し、その奔放で面目躍如の働きの結果としての珠玉の研究は、感染病で死の淵にあった多数の生命を救いました。まさに「役に立つ研究」を目指し、実際に多くの疾病の克服に大きく貢献したのです。上記の例に示しますように、「役に立つ研究」は意識しますが、あえて「すぐには役に立たない研究」は意識しないとしましても、両者とも実生活に貢献できるチャンスは、大きな有意差はないとするのが私の見解です。より重要なことは、一見「すぐには役に立たない研究」と思われる研究も、知的好奇心を根本的に解明しようとする研究は、技術革新導出の基軸になりますし、また未来を支える子供たちを科学の世界に誘うことに連なり次世代の人材育成に最も深く貢献するものであると思っています。私は「科学は文化の象徴」であり、成熟した国家や都市の品格とは、まさに科学技術のレベルにあると思っています。したがって、経済効果を睨んだ国家施策をいくら力説しても、基盤的な科学力・技術力が相応に成熟していなければ、成長戦略に貢献することは甚だ困難と思われます。その意味では、わが国から基礎研究領域でノーベル賞級の成果と人材を輩出することが、日本の科学の正当性(成熟度)を証明するものであり、それらの結果は必ず社会還元に結びつく波及効果があるとの信念を持っています。

文科省の研究費も「ボトムアップ型 Curiosity-driven Fund」と「トップダウン型 Mission-operated Fund」に類別していますが、これは極めて妥当な方策と思われます。この二つの基金は互いに補完し合う意味で重要であり、わが都医学研も「生命の仕組みの解明に挑む基礎研究」と「疾病に直結した実践的な医学研究」が二者択一でなく相互連携した戦略を研究所のミッションの基盤としています。生命科学が未曾有に発展してきた現在を俯瞰しても、依然として未来に希望を閉ざされた疾病に苦しまれている多くの患者さんたちを眼前にしますと、現在の生命科学は(着実に進展しているとはいえ)不十分・無力であり、それらの克服を目指した研究を重点化する戦略的な革新が必要であることは論を待ちません。

さて私事の話で恐縮ですが、昨年はかつて経験したことがない程に多忙を極めました。勿論、最も重要な研究所の運営や個人的な研究活動(主には総説執筆や研究員に論文執筆を催促・・・)を疎かにすることなく最大の責務として全力を投入してきましたが、それ以外に国策などに絡む多くの学術活動にも可成りの時間を割いてきました。例えば、JST戦略的創造研究推進事業 CREST「構造生命科学」の総括、文科省ライフサイエンス課が主導する創薬等支援技術基盤プラットフォーム事業の推進委員会委員長、東京バイオマーカー・イノベーション技術研究組合理事長等の他、「日本学術会議」に設置された学術の大型研究計画検討分科会委員、厚生労働省健康局が主催する日本人の長寿を支える「健康な食事」のあり方に関する検討会委員、また学術会議会員を筆頭に各種学会・大学・公益科学財団の理事・評議員・委員・アドバイザー等、現在、約35件の役職を拝命しています。これら以外にも約25回の講演・講義などもこなしてきましたので、秘書さんの日程調整は並大抵ではなかったかと思われます。

しかし、これらの様々な活動に参画することは、相応に有益な知識の獲得や情報の収集に遭遇できる機会も多く余得も多々あります。例えば、学術の大型研究計画検討分科会では、学術会議の第一部(人文・社会科学)・第二部(生命科学)・第三部(理学・工学)から選出された十数名の委員が一堂に会しての会議ですので、専門の生命科学領域以外に哲学・考古学から宇宙・深海学まで文字通り全ての学術の専門家の活動実態を直に垣間みることができました。現在、マスタープランを作成中で年間25回以上の会議が開催されており、全ての議事録が公開されていますので、ご興味のある方はご参照下さい。このマスタープランに記載された重点研究計画は、文科省が近未来に企画する大型予算プロジェクトの策定にあたって参照する方向性を示したことから、多数の学会を騒然とさせ本分科会は俄に注目されています。ただ、過日開催された3日間に及ぶ「重点研究計画」選考ヒアリング会に臨んで、予期しなかった興味深い経験がありました。事前に準備された専門的観点からの評価資料を参照にしていたのですが、当初は専門外である第一部と第三部の評価をすることに大きな戸惑いを感じました。しかしながら、結果的に私の採点がその筋の専門家の判断とあまり変わっていないことがわかり、即ち学術的な感性は分野が異なっても十分通用するものであることを知り、幾分安堵しました。そして領域が異なってもやはり企画力・構想力に加えてプレゼン能力が決定的に重要であることを実感致しました。いずれにしましても真に辛い長時間の審査会でしたが、日本の学術の全ての領域の最高峰の話が詳細に拝聴できたことは、非常に有益な経験となりました。

新年早々昨年の感想を云々しましたことは、やや不謹慎の誹りを免れないかもしれませんが、兎も角も関係各位におかれましては日々健やかで充実した時間を満悦されること、そして本年が昨年以上に幸あることを祈念いたしまして門出のご挨拶とさせていただきます。

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