HOME広報活動刊行物 > January 2014 No.012

研究紹介

細胞内の2つの生体防御機構が連携するメカニズムを発見

米国科学雑誌「Molecular Cell」に蛋白質リサイクルプロジェクトの小松雅明副参事研究員、一村義信研究員らの研究成果が発表されました。

蛋白質リサイクルプロジェクト一村 義信

我々の体を構成する細胞は、日々様々なストレスと闘いながらその生命活動を維持しています。生体防御機構であるオートファジーとKeap1-Nrf2系は、酸化ストレス、代謝ストレス、あるいは細菌感染などに応答して誘導活性化されることで、その危機的状況を乗り越え、細胞の恒常性を維持しています。

オートファジーは、二重膜構造体のオートファゴソームが細胞質成分を取り囲んだ後、その内容物をリソソームの消化酵素を使って分解する経路です(図)。細胞が栄養飢餓に陥ると、自身のタンパク質などをオートファジーで大量分解することで、新たなタンパク質合成に必要なアミノ酸、脂質、エネルギーを供給しています。また、オートファジーは細胞質に存在する異常構造物を選択的に排除するためにも必要とされます。これまでに、私たちの研究グループでは、選択的オートファジーの破綻が癌や神経変性疾患の発症に関与することを報告してきました。

Keap1-Nrf2系は、転写因子Nrf2を制御するシステムです。すなわち、細胞が通常状態にある時、Nrf2はKeap1と結合して、分解の目印となるユビキチン鎖が付加されます。ユビキチン鎖で修飾されたNrf2は細胞内分解装置のプロテアソームで恒常的に壊されるため、その転写活性は抑えられます。ところが、細胞が酸化ストレスに曝されるとKeap1とNrf2の結合が弱まり、Nrf2は安定して細胞核に移行することができるようになります(図)。結果として、生体防御に関わる遺伝子群の転写が促進され、細胞は保護されます。

今回、私たちは、Nrf2が結合しているKeap1の同じ部位にリン酸化されたp62が結合することを見出しました。さらに、リン酸化p62がNrf2とKeap1との結合を競合的に阻害することで、Nrf2を安定化させ、一連の生体防御遺伝子の発現を上昇させることを確認しました。興味深いことに、タンパク質凝集体や変性ミトコンドリア、侵入細菌といった選択的オートファジーの標的となる構造体へp62が局在化することで、そのリン酸化が引き起こされることがわかりました。以上の結果から、選択的オートファジーの誘導に応答した新規なNrf2活性化機構の存在が明らかにされました。細胞はオートファジーとKeap1-Nrf2系を連動させることでより強固なストレス抵抗システムを構築していると考えられます。

ヒト肝細胞がんや神経膠腫においては、p62タンパク質が過剰に蓄積、凝集する症例が報告されています。実際、私たちが肝がん患者由来のがん細胞を調査したところ、約29%でp62の蓄積、凝集化、そしてリン酸化が確認されました。そこで、私たちは、肝細胞がんにおけるp62リン酸化の病態生理的役割を明らかにするため、リン酸化p62の蓄積、それに伴うNrf2の活性化が起きている肝がん細胞株をヌードマウスへ異種移植してその増殖を調べました。その結果、p62遺伝子を欠損させることで、肝がん細胞の異常増殖は、ほぼ完全に抑制されました。重要なことに、p62欠損肝がん細胞に、p62のリン酸化模倣変異体を発現させるとNrf2の活性化が引き起こされ、異常増殖能も回復しました。以上の結果は、肝がん細胞は自身の増殖を有利にするためにp62のリン酸化を介したNrf2の活性化機構を利用していることを意味しています。今後、p62のリン酸化阻害剤やp62とKeap1の結合阻害剤が、新しいタイプの抗がん剤候補になり得ることが期待されます。

Ichimura Y, Waguri S, Sou YS, Kageyama S, Hasegawa J, Ishimura R, Saito T, Yang Y, Kouno T, Fukutomi T, Hoshii T, Hirao A, Takagi K, Mizushima T, Motohashi H, Lee MS, Yoshimori T, Tanaka K, Yamamoto M, Komatsu M (2013) Phosphorylation of p62 activates the Keap1-Nrf2 pathway during selective authophagy. Moll Cell. 51:618-631.doi:10.1016/j.molcel.2013.08.003.

図 オートファジーとKeap1-Nrf2系とその連動機構

図 オートファジーとKeap1-Nrf2系とその連動機構

オートファジーは、細胞に生じた異常構造体や侵入細菌を選択的に分解することで細胞の恒常性を維持している。Keap1-Nrf2系では、Keap1が酸化ストレスを感知するとNrf2の分解が抑制されるため、生体防御遺伝子が発現され細胞の恒常性を維持する。リン酸化p62はKeap1と相互作用すると同時に、それらを含む複合体をオートファジーによる分解へ導いている。また、それに連動して安定化したNrf2が、生体防御遺伝子の転写を活性化する。

ページの先頭へ