HOME広報活動刊行物 > January 2015 No.016

研究紹介

ドーパミンが無くても歩けることを発見

米国科学誌「Neuropsychopharmacology」に依存性薬物プロジェクトの池田和隆参事研究員、パーキンソン病プロジェクトの橋本款副参事研究員らの研究成果が発表されました。

依存性薬物プロジェクリーダー池田 和隆

ドーパミンは神経伝達物質の一つで、人格、運動、動機など、極めて重要な脳機能を担っています。パーキンソン病ではドーパミン神経細胞が脱落して運動失調を示し、ドーパミン前駆体のL-ドーパを摂取して脳内のドーパミンを補充することで治療されています。一方、統合失調症では多くの場合ドーパミン量が上昇することで幻覚や妄想が現れ、ドーパミン神経伝達を抑制するハロペリドールなどの抗精神病薬によって症状が消失します。つまり、ドーパミン量が少なければ活動量が少なくパーキンソン病となり、ドーパミン量が多過ぎると過活動となり統合失調症の症状が現れると考えられてきました(図)。ところが、普段ほとんど動くことができないパーキンソン病患者が火事など特殊な状況下では動けるという奇異性歩行(kinesia paradoxia)や、ハロペリドールなどの抗精神病薬では治らないけれどクロザピンという抗精神病薬では治る統合失調症症状があることも、一方で知られていて、そのメカニズムはわかっていませんでした。

依存性薬物プロジェクトおよびパーキンソン病プロジェクトでは、福島県立医大の小林和人教授、東京大学の柳原大准教授、ノースウェスタン大学のメルツアー教授らとともに、ドーパミン欠乏マウスの解析を行い、ドーパミンが無くても歩けることを発見しました。ドーパミン欠乏マウスは最初はあまり動きませんが、徐々に動くようになり、数時間後には普通のマウスよりもよく動くことがわかりました。この時の歩行を詳しく分析したところ、パーキンソン病の症状に似た歩行パターンが若干現れていましたが、ほぼ正常な歩行でした。

ドーパミン欠乏マウスが示す多動に対して、ハロペリドールとクロザピンという抗精神病薬を投与したところ、ハロペリドールは全く効果が無く、クロザピンは多動を抑えました。ハロペリドールはドーパミン受容体を阻害する作用が主ですが、クロザピンには他にも様々な分子標的があることが知られています。そこで、選択的な薬剤を用いることでクロザピンがもつ複数の作用を1つ1つ個別に調べたところ、クロザピンが持つムスカリニックアセチルコリン受容体を作動させる作用が、ドーパミン欠乏マウスの多動を抑えることがわかりました。

ドーパミン欠乏マウスにおけるアセチルコリンシステムについて調べたところ、細胞外アセチルコリン量が低下していることとアセチルコリンの合成酵素の量が減少していることを見出しました。ドーパミンが欠乏するとアセチルコリンの量が低下して、異常な多動が現れた可能性が考えられます。

従来、細胞外ドーパミン量と活動量は相関すると考えられていましたが、今回の結果から、細胞外ドーパミン量が極端に減少すると、むしろ活動量が上昇するという常識を覆す結果が得られました。さらに、この異常な多動は、クロザピンによって抑制できることが明らかとなりました(図)。

細胞外ドーパミン量と活動量の関係に関する新旧モデル

細胞外ドーパミン量と活動量の関係に関する新旧モデル

(旧)従来のモデル。細胞外ドーパミン量が増えると活動量が上がり、上がり過ぎると精神病症状が現れ、抗精神病薬によって細胞外ドーパミン量を下げれば症状が抑えられ、逆に、細胞外ドーパミン量が減ると活動量が下がり、下がり過ぎるとパーキンソン病となり、ドーパミン前駆体のL-ドーパを投与すると細胞外ドーパミン量が増えて症状が抑えられると考えられていました。(新)今回の研究結果から、細胞外ドーパミン量が極端に減少するとむしろ活動量が上昇し、この異常行動は抗精神病薬の一つであるクロザピンによって抑制されることが明らかになりました。

パーキンソン病患者では、ドーパミン神経伝達を亢進させる治療が行われていますが、今回、ドーパミンが無くてもほぼ正常に歩くことができることが明らかになったので、ドーパミン神経伝達を逆に抑えることで治療効果が出る可能性も考えられます。

統合失調症は罹患率が1%程度と高く、社会的損失が大きく社会的関心も高い疾患ですが、その病態メカニズムは十分にはわかっていません。統合失調症患者の中には、通常の抗精神病薬では効果が限定的でクロザピンによって劇的に症状が改善する例が知られています。また、ムスカリニックアセチルコリン神経伝達が統合失調症の症状と関連する可能性も近年指摘されてきています。今回、クロザピンおよびムスカリニックアセチルコリン作動薬で抑制されるドーパミン欠乏マウスの行動異常は、このような未解明の統合失調症の病態メカニズムの解明に繋がる可能性が期待できます。

本成果は2014年11月6日の日経産業新聞の記事で紹介されました。


参考文献

Hagino Y, Kasai S, Fujita M, Setogawa S, Yamaura H, Yanagihara D, Hashimoto M, Kobayashi K, Meltzer HY, Ikeda K.
Involvement of cholinergic system in hyperactivity in dopamine-deficient mice.
Neuropsychopharmacology 2014 Nov 4. doi: 10.1038/npp.2014.295.

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