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研究紹介

加齢による記憶力低下はグリア細胞の機能不全によることを発見

米国科学雑誌「Neuron(ニューロン)」に学習記憶プロジェクトの齊藤実 参事研究員、堀内純二郎 主席研究員らの研究成果が発表されました。

学習記憶プロジェクトリーダー齋藤 実
主席研究員堀内 純二郎

歳を取ると起こる記憶力の低下(加齢性記憶障害)は、ヒトだけでなく寿命が1~2ヶ月と短いショウジョウバエにも現れます。ショウジョウバエでは色々な遺伝子の変異体を使って調べることも容易です。こうした理由から我々はショウジョウバエを使い、加齢性記憶障害がどのような遺伝子の働きにより起こるのか?について調べ、記憶形成に重要なPKA(プロテインキナーゼA)の活性が、歳を取ると逆に記憶力を低下させる(PKAの活性が低下している変異体では加齢性記憶障害が抑制される)ことなどを明らかにしてきました(参考文献1, 2)。

しかし、PKAの活性は歳をとっても変わらず、何故PKAの活性を下げることで加齢性記憶障害が抑制されるのか不明でした。今回我々は加齢に伴うタンパクの発現に着目した解析を行い、加齢により発現が増加するピルビン酸カルボキシラーゼ(PC)がPKAの下流で働く原因因子であることを突き止めました。

PKAの変異体は加齢性記憶障害が抑制されていますが、寿命は野生型と変わりません。従って、加齢性記憶障害が起こる野生型とPKA変異体との間で加齢によるタンパク発現の変化を比べれば、加齢性記憶障害に関係するタンパクの発現変化を見つけることが出来ます。加齢に伴い発現量が増加し、加齢体での発現量がPKAの変異体では野生型と比べ顕著に低いタンパクの一つとして、ショウジョウバエのPCホモローグ(dPC)を同定し、dPCのヘテロ変異体dPC/+ではPKAの変異体同様加齢性記憶障害が抑制されていることをみつけました。

PCは哺乳類脳ではグリア細胞に主として発現していますが、ショウジョウバエでもdPCはグリア細胞で顕著に局在し、dPC/+のグリア細胞選択的にdPC遺伝子を発現させたところ、dPC/+で抑制されていた加齢性記憶障害が起こりました。一方、神経細胞選択的に発現させても加齢性記憶障害はdPC/+で依然として抑制されていました。こうした結果から、加齢によりdPC発現量がグリア細胞で増えると記憶障害を引き起こすことが分かりました。

PKAの変異体は加齢性記憶障害が抑制されていますが、寿命は野生型と変わりません。従って、加齢性記憶障害が起こる野生型とPKA変異体との間で加齢によるタンパク発現の変化を比べれば、加齢性記憶障害に関係するタンパクの発現変化を見つけることが出来ます。加齢に伴い発現量が増加し、加齢体での発現量がPKAの変異体では野生型と比べ顕著に低いタンパクの一つとして、ショウジョウバエのPCホモローグ(dPC)を同定し、dPCのヘテロ変異体dPC/+ではPKAの変異体同様加齢性記憶障害が抑制されていることをみつけました。

PCは哺乳類脳ではグリア細胞に主として発現していますが、ショウジョウバエでもdPCはグリア細胞で顕著に局在し、dPC/+のグリア細胞選択的にdPC遺伝子を発現させたところ、dPC/+で抑制されていた加齢性記憶障害が起こりました。一方、神経細胞選択的に発現させても加齢性記憶障害はdPC/+で依然として抑制されていました。こうした結果から、加齢によりdPC発現量がグリア細胞で増えると記憶障害を引き起こすことが分かりました。

dPC/+は老化が抑制されたため一緒に加齢性記憶障害も抑制されたのでしょうか?しかし寿命を調べたところ正常でした。また、老化の主たる要因と考えられている酸化ストレスを上昇させてもdPCの発現量は変化せず、記憶も正常でした。逆にdPCを過剰発現して記憶障害を誘導しても酸化ストレスは蓄積しませんでした。これらの結果はdPCの発現上昇は個体老化とは関係ないことを示唆しています。

では、dPCの活性が上昇すると何故記憶障害が起こるのでしょうか?dPCにより合成されるオキサロ酢酸と、オキサロ酢酸から合成されるアスパラギン酸は、NMDA受容体の共役リガンドD-セリン※1の合成酵素(セリンラセマーゼ)の内因性阻害剤として働きます。加齢性記憶障害を示す加齢体ではD-セリンの脳内含有量が顕著に減少していました。逆に加齢性記憶障害が抑制されているdPC/+では、老齢体となっても高いD-セリンレベルが維持され、D-セリンを摂取させると加齢性記憶障害が改善されました。以上の結果から、加齢によりdPCレベルが増加することでD-セリンの合成が阻害されること、その結果NMDA受容体シグナリングの低下を招くことで記憶力が低下することが示唆されました(図)。

PCによる加齢性記憶障害の発現

PCによる加齢性記憶障害の発現

若いハエではD-セリンの合成を抑制しないようにPCレベルが抑えられている。このため記憶保持に必要なD-セリンが供給され、条件付けによる匂い記憶が保持されハエは危険な匂いを避ける。加齢体では未同定の老化シグナルによりPCレベルが上昇する。結果としてD-セリン合成が低下し、神経細胞に充分なD-セリンが供給されないため、記憶障害が起こる。

本研究から、加齢による記憶力低下は神経細胞の機能低下だけでなく、グリア細胞での代謝障害と、それに伴う(D-セリンなどを介した)神経-グリア相互作用の機能不全にも一因があることが示唆されました。dPCレベルの上昇が老化に伴う酸化ストレスの上昇に依存しないのであれば、どのような老化シグナルがdPCレベルを上昇させるのか?このような老化シグナルの同定が次の重要なステップといえます。


本文献情報

Yamazaki D, Horiuchi J, Ueno K, Ueno T, Saeki S, Matsuno M, Naganos S, Miyashita T, Hirano Y, Nishikawa H, Taoka M, Yamauchi, Y, Isobe T, Honda Y, Kodama T, Masuda T, Saitoe M*.
Glial dysfunction causes age-related memory impairment in Drosophila.
Neuron 2014 ,84, 753-763. doi: http:10.1016/j.neuron.2014.09.039


参考文献情報

  1. Yamazaki D, Horiuchi J, Miyashita T, Saitoe M.
    Acute inhibition of PKA activity at old ages ameliorates age-related memory impairment in Drosophila.
    J Neurosci 2010,30, 15573-15577. doi: 10.1523/JNEUROSCI.3229-10.2010.
  2. Yamazaki D, Horiuchi J, Nakagami Y, Nagano S, Tamura T,Saitoe M.
    The Drosophila DCO mutation suppresses age-related memory impairment without affecting lifespan.
    Nat Neurosci .2007,10,478-484. doi:10.1038/nn1863

※1 D-セリン:
グリア細胞から放出されるアミノ酸。学習記憶に必要な、神経細胞にあるNMDA受容体の機能を亢進させる。
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