Apr. 2020 No.037
依存性物質プロジェクト 主席研究員井手 聡一郎
うつ病、統合失調症、脳の発達障害や神経変性疾患等の精神神経障害は、人のあらゆる病気の中で最大の負担となっています。これは、精神神経障害のための治療法や医薬品が、他の病気に比べて不十分であるためです。また、数多くの巨大製薬企業は、最近立て続いている開発の失敗から、中枢神経系の医薬品の研究や開発から撤退しています。これには、精神神経障害におけるバイオマーカーが不十分で、生物学的な診断ができないという問題が背景にあります。この背景にある問題を解決して危機を克服するために、精神神経薬の研究者は、学界と産業界における関連分野の研究者と臨床医とともに研究を進めています。国際シンポジウムでは、このような危機に打ち勝つため、特に薬物療法を改善することを目的として、精神疾患に関する知見を、最先端の海外研究者に紹介していただきました。 シンポジウムは、国内外の先生に座長をお願いして、三つの大きなテーマで進行しました。まず、ノースウェスタン大学のHerbert Y. Meltzer 先生から、抗精神病薬としては、選択的D2 受容体拮抗薬ではなく、他のドパミンやセロトニン受容体に対して複合した効果を有する非定型抗精神病薬が望ましい旨、ご講演いただきました。第二部では、「抗うつ薬」をテーマに、オックスフォード大学のAndrea Cipriani 先生、キングス・カレッジ・ロンドンのAllan H. Young 先生、ミュンスター大学のBernhard T.Baune 先生とオタワ大学のPierre Blier 先生から、抗うつ薬の有効性に関する大規模メタ解析に始まり、うつ病の認知機能障害や、神経炎症としてのうつ病治療に関してと、幅広くお話しいただきました。昼食を挟み、所内の見学の後、本研究所のプロジェクトリーダー10 名から各プロジェクトの研究内容をご紹介しました。最後に第三部では、ウィーン医科大学のSiegfried Kasper 先生から治療抵抗性うつ病に関して、ソウル国立大学のJun Soo Kwon 先生からは統合失調症の脳画像解析に関して、台北市立病院・精神医学センターのShih-Ku Lin 先生からは精神神経疾患のポリファーマシーに関して、そしてハサヌディン大学のAndi J. Tanra 先生からは統合失調症の治療における遺伝子多型の影響に関して、それぞれご講演いただきました。当日は、折しも台風19 号の被害の爪痕が残る中、演者の先生方には飛行機の予約を変更しつつも集まって頂き、さらに、大学、公的機関、企業の皆様や学生の皆様にご参加頂きました。シンポジウム後は研究所で交流会が開催され、さらに議論を深めることができました。精神疾患に関する最新の知見は、本研究所における今後の研究にも大きな洞察を与えました。さらに、初の試みとなった本研究所の研究内容紹介に関しては、お招きした先生方からも、その研究の多様性と先端性に驚きと賞賛の声が上がり、本研究所の研究レベルの高さを国内外にアピールする良い機会になりました。
最後になりましたが、このような国際シンポジウムにご協力、ご支援を頂きましたすべての方々にあらためて感謝を申し上げます。