Jul. 2022 No.046
視覚病態プロジェクト 主任研究員郭 暁麗
多発性硬化症は中枢神経組織に炎症性脱髄病変が生じる難病で、視力低下や運動障害などが主な症状です。視覚病態プロジェクトではストレス応答性分子であるASK1 が欠損したマウスを用いて多発性硬化症のモデル動物(EAE;実験的自己免疫性脳脊髄炎)を作製すると、視神経炎や脊髄炎が軽症化することを見出しました(EMBO Mol Med,2010)。しかしASK1がいつ、どのようなタイミングで働くのか、詳しいことは不明のままでした。
本研究では新規に5種類の細胞種特異的なASK1欠損マウスを作製しました(図1)。各々のEAEマウスを作製して脊髄炎の重症度を解析した結果、ミクログリアおよびアストロサイトに発現するASK1が脊髄炎を重症化させる一方、T細胞や樹状細胞のASK1による影響は少ないことがわかりました(図2)。特にミクログリアからASK1が欠損したマウスでは初期からEAE の軽症化が観察され、ミクログリアに加えてアストロサイトの活性化も抑制されていました。一方、アストロサイトからASK1が欠損したマウスではEAE が後半になってから軽症化しました。またアストロサイトではミクログリアとは逆に、EAEの初期よりも後期において、炎症性サイトカインの産生量が増えることがわかりました。以上からASK1は病期によってミクログリア-アストロサイト間の相互作用を変化させつつ(初期はミクログリア→アストロサイト、後期はアストロサイト→ミクログリアの順に活性化)、神経炎症の悪化や維持に関わることが示されました(図3)。
多発性硬化症やそれに伴う視神経炎には完全な治療法がなく、その再発も問題になっています。今回の結果はグリア細胞に発現するASK1の活性化を抑制することにより、神経炎症を軽症化できる可能性を示しています。したがって今後はASK1が、多発性硬化症や視神経炎などの新たな治療標的となることが期待されます。