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特発性過眠症の発症に関与する遺伝子を発見
-オレキシン前駆体遺伝子上の変異が関わることを世界で初めて証明-

睡眠プロジェクト 副参事研究員宮川 卓

特発性過眠症は睡眠時間が病的に延長し、覚醒しても日中に強い眠気が持続する病気です。特発性過眠症は家族内発症が多く、遺伝要因があると考えられてきましたが、これまで発症と関連する遺伝子は明らかにされていませんでした。私たちは特発性過眠症の発症リスク遺伝子の同定を目指し、稀な変異を対象とした研究を実施しました。

440名の特発性過眠症患者群と8,380名の対照群について解析を行った結果、オレキシン前駆体遺伝子上のアミノ酸置換を伴う変異(68番目のリシン(K)がアルギニン(R)に置換)の頻度が、患者群で有意に高いことを明らかにしました。この結果が偶然ではないことを証明するために、新たに158名の特発性過眠症患者群と1,446名の対照群について2回目の解析を行いました。そして、この変異の頻度が患者群で有意に高いことが再現されました。二つの解析を統合した結果、患者群におけるこの変異アリルの頻度は1.67%であるのに対し、対照群での変異アリルの頻度は0.32%でした(表)。さらに、この変異の有無で特発性過眠症の患者さんの睡眠検査や臨床情報のデータを比較したところ、変異を有する患者さんは重症化傾向を示すこともわかりました。

オレキシン前駆体は切断されることで、オレキシンAとオレキシンBが生成され、これらが睡眠と覚醒を調整することがわかっています。同定した変異は、オレキシン前駆体が切断される部位に位置していました。そこで、変異体と野生型(変異無)のオレキシン前駆体ペプチド断片で、切断酵素による切断の程度に違いが見られるか検討しました。その結果、野生型に比べて、変異体のオレキシン前駆体ペプチド断片は、切断される割合が低いことがわかりました(図)。

次に、切断されなくてもオレキシン前駆体ペプチドが、オレキシンの受容体に対して、薬理活性を持つ可能性もあります。そこで、オレキシン前駆体ペプチドの薬理活性について検討したところ、オレキシン前駆体ペプチドは薬理活性が低いことを確認しました。統合すると、特発性過眠症と関連するこの変異によって、オレキシンシグナリング に異常が生じることが示唆されます(図)。

本研究によって特発性過眠症の発症リスク遺伝子を世界で初めて発見することに成功しました。オレキシン系の異常はナルコレプシーに特異的なものと考えられていましたが、特発性過眠症の一部の群にも変異を介してオレキシン系の異常が関与することを明らかにしました。現在複数の製薬会社がナルコレプシー治療薬としてオレキシン作動薬を開発中です。今回同定した変異を有する特発性過眠症患者にも、このオレキシン作動薬が有効である可能性があり、将来的な個別化医療に貢献する研究成果となります。

表 最終的な結果
図 同定した変異の機能的影響に関する概要図
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