Jul. 2022 No.046
こどもの脳プロジェクト 主席研究員島田 忠之
結節性硬化症は、脳をはじめとする多くの臓器に良性の腫瘍が形成されるほか、難治性てんかん、知的障害、自閉症といった精神・神経学的症状を呈する遺伝性の疾患です。腫瘍や精神症状について様々な治療薬がありますが、知的障害、自閉症に対して有効な治療法はまだ見出されていません。結節性硬化症の原因遺伝子であるTsc1、Tsc2に変異が生じると、Rhebというタンパク質の活性化が促進することが知られていましたので、私たちはRheb の活性化を抑えることで結節性硬化症の症状が回復するのかを解析しました。
Rhebの活性化を直接抑える薬剤は知られていませんが、Rhebは活性化するときにファルネシル化という修飾を受けることが明らかとなっていましたので、この修飾を防ぐ薬剤であるロナファルニブを結節性硬化症モデルマウスに使用しました。モデルマウスでは、神経細胞間の情報伝達を行うシナプスが形成される部位である、樹状突起スパインという構造の形態異常とシナプスの形成率の低下が観察されましたが、ロナファルニブの投与によりこれらの異常が元に戻りました。さらに、モデルマウスで観察される記憶異常もロナファルニブを投与することで回復しました。このとき、ものごとを記憶するときに働く神経細胞の数が、モデルマウスでは通常のマウスと比べて少なくなっていましたが、ロナファルニブを投与したモデルマウスではその数が通常のマウスと同程度にまで回復していました。これらの結果をまとめると、ロナファルニブを投与するとモデルマウスのシナプス形成率が回復することで神経活動が正常化し、記憶異常が治るのではないかと推測できます。
本研究では、ロナファルニブによりRhebの活性化を阻害することで、結節性硬化症モデルマウスにおける神経細胞の形態異常、機能異常が回復するだけでなく、モデルマウスの記憶障害も回復することがわかりました。これらの結果は、活性化型Rhebの増加がモデルマウスに異常を引き起こしていると示唆しています(図)。モデルマウスの記憶障害は知的障害症状のモデルと考えられていますので、ロナファルニブは結節性硬化症における知的障害の新たな治療薬候補と考えられます。