東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2015年

TOPICS 2015

2015年4月14日

国際科学雑誌「Acta Neuropathologica」オンライン版に、長谷川成人参事研究員らの研究成果が発表されました。

トップ図

タウとAPPを発現させた細胞に、線維化タウを添加すると、アルツハイマー病脳の神経細胞にみられるようなリン酸化タウ蓄積が生じた。

1.研究の背景

アルツハイマー病は認知症の中でも最も患者数が多く、症状が徐々に悪化する進行性の神経変性疾患です。脳に老人班と神経原線維変化とよばれる2種類の病変が出現するのが特徴で、老人斑はアミロイドβ (Aβ)、神経原線維変化はタウとよばれるタンパク質が異常となって形成されることがわかっています。Aβはその前駆体タンパク質 (APP)から切り出されて生じますが、遺伝性アルツハイマー病の患者にAPP遺伝子の変異が発見されたことから、Aβがアルツハイマー病の発症原因であるとする、いわゆる「アミロイド仮説」が提唱され、一般に受け入れられてきました。しかしながら、アルツハイマー病のほとんどは遺伝子異常がない弧発性であり、Aβ蓄積よりもタウの病変(異常型タウ)の広がりが臨床症状と強い相関を示すことが分かっています。また近年、培養細胞やマウスの実験モデルで、異常型タウ(線維化タウ)が正常型タウを異常型に変換して増殖し、それが細胞間を伝わって広がることが示され、アルツハイマー病の進行を説明する仮説として注目されています。これまでAβとタウの関係について調べた報告は沢山ありますが、明確な関連は示されていません。そこでAβだけでなく、APPとタウの関係について、神経系培養細胞※ 1を用いて検討しました。

2.研究の概要

培養細胞にタウcDNAをコードしたプラスミドを導入してタウを過剰発現させ、数日間培養しても、異常型タウ(線維化タウ)は形成されません。また、その細胞に異常型タウ (リコンビナントタウ※ 2を線維化したもの)を添加しても、細胞の中へは取り込まれず、細胞内のタウ蓄積は認められませんでした。また、異常型タウと一緒にAβを培地中に添加しても、細胞内のタウが蓄積することはありませんでした。一方、Aβ前駆体タンパク質で膜タンパク質のAPPを細胞に発現させ、線維化したタウを添加すると、添加したタウがAPP発現細胞の表面に結合する像が観察されました。さらにこの細胞を培養し続けると、アルツハイマー病の神経細胞で観察されるような異常リン酸化タウの蓄積が観察されるようになりました(参考図1)。また電子顕微鏡で蓄積したタウを解析すると、細胞内に発現したタウが線維状構造をとって蓄積したことも判明しました(参考図2)。APPの欠損変異体を用いた実験から、線維化タウの細胞内への取り込みには、APPの細胞外ドメインが重要であることも分かりました。以上のことから、細胞外のタウ線維はAPPの細胞外ドメインの量に依存して細胞内へと取り込まれ、細胞内のタウを異常型に変換することによってタウの異常な線維化を誘導すると結論づけられます。模式図を参考図3に示します。

本研究結果は、アルツハイマー患者脳において、細胞内に線維化して蓄積したタウが分泌や細胞の死滅によって細胞外に放出された場合、Aβではなく、その前駆体のAPPがタウ線維のリセプターとして働いて、タウ線維を細胞内に取り込み、タウ病変が広がって症状が進行することに働く可能性を強く示唆します。

参考図1 タウとAPPを発現させ、線維化タウを添加した細胞における、リン酸化タウの細胞内蓄積病変の蛍光顕微鏡写真

図1

タウのみを発現させ、線維化タウを添加した細胞ではリン酸化タウはほとんど見られない(左図)。しかし、タウとAPPの両方を発現させ、線維化タウを添加するとAPP発現細胞においてリン酸化タウ蓄積病変が検出された(右図)。APPの発現により線維化タウが細胞の中に取り込まれ、発現したタウを異常型に変換し蓄積させたと考えられる。

参考図2 タウとAPPを発現させ、線維化タウを添加した細胞から回収したタウの免疫電子顕微鏡写真

図2

黒い点は異常リン酸化タウを認識する抗体(AT8)を示す。タウとAPPを過剰発現させ、線維化したタウを添加した細胞内に蓄積したタウは、線維構造をとり、アルツハイマー病脳の神経細胞内のタウと同じように異常リン酸化を受けていることが分かる。

参考図3 APPによる線維化タウの取り込みの模式図

図2

通常の細胞では、Aβと線維化タウを同時に添加してもタウは細胞内に取り込まれない。また、細胞外ドメイン欠損APPを発現させても、線維化タウは取り込まれない。しかし、APPを発現させるとAPP細胞外ドメインの量に依存して線維化タウが細胞内に取り込まれ、細胞内の正常タウを異常型に変換し、細胞内にタウの線維化、蓄積が起こる。

研究の展望

これまでAPPから産生されるAβの細胞毒性が大きく取り上げられてきましたが、Aβではなく、APPが細胞外に存在するタウの取り込み促進に働き、細胞内でのタウの線維化や病変の広がり(伝播)の促進に働く作用を持つことを世界で初めて示しました。この研究の発展により、APPを標的とした異常型タウの細胞間伝播制御という認知症に対する新しい創薬が期待されます。

用語解説

※ 1 培養細胞:
トやマウスなどの生体から取り出され,生体外で維持され培養されている細胞のことです。生物学の実験において世界中で使用されており,様々な臓器由来の培養細胞が構築されています。
※ 2 リコンビナントタウ:
遺伝子組み換え技術によって人工的に作製されたタンパク質をリコンビナントタンパク質といいます。本研究では、大腸菌の遺伝子を組み換えて大量にタウを発現、精製し、実験に用いました。

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