2015年10月5日
米国科学誌「Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン」に村上誠参事研究員、山本圭研究員らの研究成果が発表されました。
公財)東京都医学総合研究所の村上誠参事研究員、山本圭研究員らは、脂質を分解する酵素の研究から、皮膚の健康と病気を調節する新しい脂質メカニズムを発見しました。表皮角化細胞(ケラチノサイト)の酵素が新しい活性を持つ脂質を作り出し、皮膚の分化と肥厚を進めることを初めて見つけました。この成果は、乾癬や皮膚癌などの病気の新しい診断法や治療薬の開発につながると考えています。
この研究は、京都大学の椛島健治教授、千葉大学の神戸直智准教授、米国ワシントン大学のMichael Gelb教授、仏国CNRS研究所のGérard Lambeau教授らとの共同研究により、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)(平成27年4月1日より、本研究課題は日本医療研究開発機構(AMED)に承継され、引き続き研究開発の支援が実施されています)および日本学術振興会科研費(新学術領域研究、基盤研究)の一環として行われました。この研究は、2015年10月5日(米国東部時間)に米国科学誌『Journal of Experimental Medicine(ジャーナル・オブ・エクスペリメンタル・メディシン)』にオンライン掲載されました。
脂質は皮膚にとって非常に大切な生体成分です。外界に接する皮膚表面の表皮角化細胞(ケラチノサイト)は脂質(特にセラミド)の層を作り、体内からの水分の蒸散または病原体などの侵入から体を守っています。日常、表皮角化細胞は分化と増殖を行っていますが、このサイクルが壊れると皮膚のバリアが乱れ、治療の難しい乾癬※1やかぶれ(接触性皮膚炎)※2などのアレルギーにつながります。しかし、セラミド以外の脂質が皮膚でどのような役割をしているかについては十分理解されていませんでした。村上研究員らは、リン脂質を分解する酵素(ホスホリパーゼA2※3)に関する研究を進める中で、表皮に存在する酵素によってできるユニークな脂質(リゾ型リン脂質※4)が健康や病気の調節に重要な役割を果たしていることを発見しました。
村上研究員らは、皮膚異常を発症するモデルマウスの皮膚の遺伝子をマイクロアレイ法(発現遺伝子解析)により比較しました。その結果、これまで機能が不明だった細胞外に分泌されるリン脂質分解酵素(PLA2G2F:分泌性ホスホリパーゼA2のひとつ)が表皮にのみ強く発現していることを見いだしました。同じことはヒトの皮膚でも起こり、乾癬患者の肥厚した表皮で発現が増加していました。そこで、この酵素の皮膚における役割をさらに解明するために、遺伝子操作したモデルマウスを作りました。
PLA2G2Fを過剰に発現させたマウスは強い皮膚異常を示し、乾癬の指標となる遺伝子の発現量が増加していました。一方、PLA2G2Fを欠損させたマウスの皮膚は一見正常に見えましたが、電子顕微鏡下で観察すると、腹部皮膚の角質が剥がれており、皮膚から体外への水分の漏出量が増加し、皮膚のバリア機能が損なわれていました。表皮角化細胞をPLA2G2F欠損マウスから取り出して試験管内で培養すると、分化の目印となる遺伝子の発現も損なわれていました。このPLA2G2F欠損マウスに実験的に乾癬やかぶれを引き起こすと、表皮の肥厚と活性化が抑えられ、病態が改善しました(図A)。さらに、実験的に皮膚癌を引き起こすと、腫瘍の増殖は劇的に抑えられました。これらの結果から、PLA2G2Fは表皮の肥厚をさらに悪化させていることが分かりました。
PLA2G2Fの作用には、この酵素が産生する脂質代謝物が関わっているはずです。そこで私たちはこの脂質を同定するために、遺伝子操作マウスの皮膚を用いて脂質の全解析を行いました。その結果、PLA2G2Fの発現量と同じ変動パターンを示す唯一の脂質代謝経路を同定しました。つまり、PLA2G2Fは表皮のリン脂質に作用し、ドコサヘキサエン酸(DHA)を持つエーテル型リン脂質※5(プラズマロージェン型ホスファチジルエタノールアミン)を、リゾ型(ドコサヘキエン酸を失ったリン脂質)に変換していることが判明しました(図B)。このリゾ型リン脂質(P-LPE)を欠損マウスに与えると、抑えられていた乾癬の症状が野生型マウスのレベルまで悪化しました。また、欠損マウスから取り出した表皮角化細胞にも同様の効果が認められました。したがって、このリゾ型リン脂質は、乾癬やかぶれの新規バイオマーカーであると同時に、新しい生理活性脂質※6であることが明らかとなりました。
これまでに私たちは、分泌性ホスホリパーゼA2分子群の生体内における役割を解明してきました(Cell Metab 2014, Nat Immunol 2013, J Exp Med 2013, J Clin Invest 2010など)。この研究は、皮膚に発現しているPLA2G2Fの機能を解明し、この酵素により作り出されたリゾ型リン脂質が生命応答の調節に関わることを示した初めての研究成果です(図C)。また、治りにくい表皮肥厚性の病気に新しい診断法・治療法を提唱するものです。
A.PLA2G2Fの欠損マウス(-/-)では野生型マウス(+/+)と比べて乾癬による表皮の肥厚が起こりにくい(右端の両端矢印は表皮の厚みを示す)。
B.皮膚において、PLA2G2Fは特殊なエーテル型リン脂質(プラズマロージェン; P-PE)をリゾ型(P-LPE)に変換する。
C.表皮が肥厚する疾患(乾癬)におけるPLA2G2Fの作用機序。乾癬で増加するTh17サイトカイン(IL-22)により発現が誘導されたPLA2G2Fは、表皮角化細胞から分泌されたプラズマロージェン(P-PE)をリゾ型(P-LPE)に変換する。P-LPEは表皮角化細胞に作用して乾癬の病状(表皮の肥厚と炎症)を悪化させる。
皮膚のPLA2G2Fやその代謝物であるリゾ型リン脂質の量は、乾癬や皮膚癌などの治りにくい皮膚疾患の診断のための新規バイオマーカーとなる可能性があります。また、この酵素が皮膚にのみ発現していることを考えると、この酵素やリゾ型リン脂質を標的とした創薬は、こうした皮膚疾患に対して新規の予防・治療法の開発につながることが期待できます。
本研究と並んで、米国アイオワ大学のStanley Perlman教授との共同研究により行われた分泌性ホスホリパーゼA2に関する以下の共著論文も2015年9月21日に『Journal of Experimental Medicine』に発表されました。