2026年8月26日
心不全プロジェクトの中山幸輝プロジェクトリーダーは東京科学大学などとの共同研究により、「心不全を悪化させる骨髄の異変を発見-免疫を制御する“守り手”細胞の喪失が炎症を引き起こし、心不全を進行させる仕組みを解明」についてNature Communicationsに発表しました。

心不全は心臓の機能が低下する病気ですが、その悪化を左右する要因として、血液をつくる「骨髄」の脂肪化が関わることが明らかになりました。
当研究所 心不全プロジェクトの中山幸輝プロジェクトリーダーは、東京科学大学総合研究院 難治疾患研究所 統合生理学分野の藤生克仁教授、千葉大学 大学院医学研究院 疾患システム医学の眞鍋一郎教授、東京大学 医学部附属病院 循環器内科の後藤耕策特任臨床医(研究当時)、大阪大学、国際医療福祉大学との共同研究により、骨髄内に存在する一部の間葉系ストローマ細胞(MSC)(用語1)が、血液のもととなる造血幹細胞(用語2)から「心臓を傷つける炎症性免疫細胞」が過剰に産生されるのを抑える“守り手”として働くことを発見しました。この“守り手”細胞は、細胞増殖因子である HBEGF(ヘパリン結合性 EGF 様増殖因子)(用語3)を産生する MSC の一群です。
さらに、心不全ではこの“守り手”細胞が脂肪細胞へと変化して減少し、その結果、造血幹細胞が炎症性マクロファージ(用語4)を産生しやすくなる仕組みを明らかにしました。
研究グループはこれまでに、心臓マクロファージが心臓を保護すること[1]や、心不全によるストレスが、心臓マクロファージの起源である骨髄の造血幹細胞に“記憶”として刻まれ、心不全の再発や多臓器障害(多病)を引き起こすこと[2]を報告してきました。本研究は、その“記憶”の形成を防ぐ細胞と、その細胞が失われる仕組みを初めて明らかにしたものです。
また、この“記憶”の痕跡をヒトでは CT 検査によって評価できることを示し、年齢・性別を一致させた比較において、心不全患者の骨髄脂肪量が健常者の約 10 倍に増加していることを明らかにしました。
本研究成果は、8月26日付(現地時間)の国際学術誌「Nature Communications」に掲載されました。
心不全は高齢化に伴って世界的に増加しており、有効な予防法・治療法の開発が急務となっています。近年、骨髄で血液をつくるもとの細胞である造血幹細胞に炎症の“記憶”(中枢性免疫記憶)(用語5)が刻まれ、それが心臓をはじめとする全身の炎症や臓器障害に関与することが明らかになってきました。
研究グループは 2024 年に、心不全によるストレスがこの“記憶”を骨髄に残し、心不全の再発しやすさや多病(multimorbidity)の原因となることを報告しました。しかし、この記憶がどのような仕組みで形成されるのか、また通常は何がその形成を防いでいるのかは分かっていませんでした。
造血幹細胞は骨髄ニッチ細胞を構成する細胞と密接に相互作用しています。なかでも間葉系ストローマ細胞(MSC)は造血幹細胞との関わりが特に強いことから、研究グル ープは MSC に着目して研究を進めました。
心不全モデルマウスを用いた解析により、骨髄の間葉系ストローマ細胞(MSC)の中に、造血幹細胞が炎症性免疫細胞へ偏るのを抑える特定の“守り手”細胞(HBEGF を産生する MSC の一群)が存在することを見いだしました(図1)。さらに、心不全では、この“守り手”細胞そのものが脂肪細胞へと変化して減少することを発見しました。
そこで、心不全マウス由来の“守り手”細胞と、健康なマウス由来の造血幹細胞を別の健康なマウスへ移植する実験を行いました。その結果、心不全を経験した“守り手”細胞は、健康な造血幹細胞に中枢性免疫記憶を書き込み、その造血幹細胞から生じて心臓へ移動したマクロファージは炎症性の性質を示しました。これにより、心臓機能の低下が認められました
さらに、MSC において HBEGF の働きを抑制すると、心不全モデルマウスの心機能低下がより顕著になることが分かりました。また、一細胞レベルの遺伝子発現解析により、心不全では“守り手”細胞から造血幹細胞へ伝達される EGF シグナル(細胞の成長 を促すシグナル)が低下することが示されました(図2)。
加えて、“守り手”細胞が脂肪細胞へと変化して減少する原因が、細胞同士の接触を介して細胞運命を制御するノッチシグナルの低下にあることを明らかにしました。
さらに、ヒトの骨髄にも同様の“守り手”細胞(HBEGF 産生 MSC)が存在することを確認しました。CT 画像を用いた解析では、心不全患者の背骨(椎体)の骨髄脂肪量が、健常者と比べて約 10 倍に増加していることが明らかになりました(年齢・性別を一致させた比較。骨髄脂肪面積:平均 1.3% vs 0.13%、P=0.005)。
本研究は、これまで主に「心臓の病気」として捉えられてきた心不全が、血液をつくる骨髄の環境にまで影響を及ぼし、その変化が再び心臓の病態を悪化させることを明らかにした点に新規性があります。
また、“守り手”細胞の脂肪化を防いで HBEGF の働きを維持することは、心臓そのものではなく骨髄を標的とする、これまでにない新しい心不全治療法につながる可能性があります。さらに、骨髄脂肪は CT 画像で評価できることから、心不全の重症度や再発リスクを反映する新たな指標(バイオマーカー)として活用できる可能性があります。 加えて、本研究成果は、“守り手”細胞の減少や骨髄脂肪の増加といった骨髄の変化を手がかりとして、心不全や関連疾患を発症前の超早期段階で予測・予防する技術の開発につながる可能性があります。これは、JST ムーンショット型研究開発事業(目標 2)が掲げる「2050 年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」に貢献することが期待されます。
本研究により、“守り手”細胞が脂肪細胞へと変化して減少する原因として、「ノッチシグナル」の低下が関与することが明らかになりました。ノッチシグナルの低下を防ぐことで、“守り手”細胞の喪失を抑え、心不全に対する新たな治療法の開発につながる可能性があります。
今後は、ノッチシグナルや HBEGF の働きを維持・補完する方法の探索を進めるとともに、骨髄ニッチを標的とした心不全の診断法や治療法の開発を目指します。
本研究は、AMED ソロタイプ(PRIME)「性差・個人差の機構解明と予測技術の創出」、JST ムーンショット型研究開発事業(目標 2「2050 年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現」、グラント番号 JPMJMS2023)、 AMED ステップタイプ(FORCE)「自然免疫記憶による心不全発症メカニズムの解明と治療標的の探索」、文部科学省 科学研究費助成事業 基盤研究(A)「心臓内免疫細胞の機能異常と老化による心不全発症機序の解明」などの支援を受けて行われました。