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2026年9月11日
脳機能再建プロジェクトの菅原 翔 主席研究員・西村 幸男プロジェクトリーダーらの研究グループは、「ご褒美と損失が行動を引き起こす脳の仕組み」についてThe Journal of Neuroscienceに発表しました。

ご褒美と損失が行動を引き起こす脳の仕組み

当研究所 脳機能再建プロジェクトの菅原 翔 主席研究員・西村 幸男 プロジェクトリーダーは、自然科学研究機構生理学研究所 定藤 規弘 特任教授・福永 雅喜 特任教授、日本大学生産工学部 中山 義久 専任講師らと共同で、「ご褒美を得るため」の場合と「損を避けるため」の場合に、脳がどのように行動を生み出すのかを明らかにしました。

例えば、子どもに宿題をしてもらう時、「宿題をやればお小遣いをあげる」と伝える場合と、「宿題をやらなかったらお小遣いを減らす」と伝える場合があります。どちらも「宿題をする」という同じ行動を促しますが、その動機は「ご褒美を得たい」と「損をしたくない」という異なるものです。

今回の研究から、こうした異なる動機は、脳の前頭前野では異なる活動として表現される一方、脳深部にある腹側中脳では「どのくらい強く行動を起こすか」に関わる共通信号として表現されることが示唆されました。さらに、この腹側中脳の活動は、その後に発揮される実際の力の強さと関連していました。

この成果は、異なる動機がどのように実際の行動へと変換されるのかを理解する手掛かりとなり、スポーツ場面などでのパフォーマンス向上や、気分障害・パーキンソン病にみられる意欲低下に伴う運動障害の理解につながることが期待されます。

この研究成果は、2026年7月30日(木)に、米国科学雑誌「The Journal of Neuroscience」のオンライン版に掲載されました。

論文情報

<論文タイトル>
“Common and distinct neural substrates for approach- and avoidance-motivated actions”
(接近/回避動機に基づく行為の神経基盤における共通性と独自性)
<発表雑誌>
The Journal of Neuroscience
DOI: https://doi.org/10.1523/JNEUROSCI.0238-26.2026
URL: https://www.jneurosci.org/content/46/34/e0238262026

<研究の背景>

「ご褒美」と「損失」は、どのように行動を引き起こすのか?

私たちは日常生活の中で、さまざまな動機で行動しています。例えば、「宿題をやったらお小遣いをあげる」と言われれば、「ご褒美を得るために」宿題をしようとするかもしれません。一方、「宿題をやらないとお小遣いを減らす」と言われれば、「損をしないように」宿題をしようとするかもしれません。どちらも最終的には「宿題をする」という同じ行動を導きます。しかし、「得たい」から行動する場合と、「失いたくない」から行動する場合で、脳が行動を生み出す仕組みは同じなのでしょうか︖これは、私たちが「なぜ行動するのか」を理解する上で、重要な問題です。

神経科学では、ご褒美のような望ましい結果に近づこうとする動機を「接近動機」、損失のような望ましくない結果を避けようとする動機を「回避動機」と呼びます。方向は正反対ですが、どちらも行動を強く引き起こす力を持っています。私たちのこれまでの研究から、ご褒美を得ようとする時には、ドーパミン細胞が多く存在する腹側中脳の活動が高まり、運動指令を送り出す一次運動野の活動を促すことで、発揮する力が強まることが示されていました(図 1 上段)。しかし、損失を避けようとする場合も同じ仕組みが使われるのか、それとも全く別の仕組みによって行動が引き起こされるのかは、十分に分かっていませんでした(図1 下段)。

図1
図1.ご褒美を得るために動く場合と、損を避けようと動く場合で、行動を引き起こす脳の仕組みは同じなのか︖

<研究の説明と成果>

賞金が「増える」場合も「減らされる」場合も、行動は強くなる

今回の研究では、「ご褒美を得る」と「損失を避ける」という 2 つの状況を実験室で作り出し、健康な成人30 名(男性19 名・女性11 名・平均年齢22.13 歳)に参加してもらいました。参加者には、「よーい」の合図とともに、素早く反応すると賞金が増える条件(+500 円と+50 円)、反応が遅いと賞金が減る条件(-500 円と-50 円)、反応によって賞金が変化しない条件(±0 円)のいずれであるかを知らせました。その直後に、「ドン」の合図に合わせて、できるだけ素早く握力計を握ってもらいました(図2A)。その結果、興味深いことに、賞金が増える場合でも減る場合でも、金額が大きくなるほど反応が速くなり、握る力も強くなりました(図2B)。つまり、「500 円もらえるかもしれない」という状況だけでなく、「500 円失うかもしれない」という状況でも、行動はより素早く、より力強くなったのです。ご褒美を得たいという動機と損を避けたいという動機は、方向として正反対ですが、どちらも実際の行動を強くすることが分かりました。

図2
図2.「もらえる」場合も「減らされる」場合も、金額が大きいほど素早く、強く反応する

「ご褒美」と「損失」は、脳の中では最初は別々に表現される

ご褒美を得たいという動機と損を避けたいという動機を、脳はどのように処理しているのでしょうか︖機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、参加者が「よーい」の合図を受けてから、実際に行動するまでの脳活動を調べました。その結果、「賞金が増える可能性」と「賞金が減る可能性」は、内側前頭前野の異なる領域の活動と関連していました。賞金が増える可能性がある場合は腹内側前頭前野がより強く活動し(図3A)、賞金が減る可能性がある場合は背内側前頭前野がより強く活動しました(図 3B)。つまり、脳はまず、「これはご褒美を得られる状況なのか」あるいは「損失を避けなければならない状況なのか」という、動機の方向を区別していると考えられます。

腹側中脳では、「どれだけ行動を強くするか」という共通信号になる

一方、腹側中脳の背外側部では異なる結果が得られました。この領域では、賞金が増える場合だけでなく、賞金が減る場合でも、金額が大きくなるほど活動が強くなりました(図3C)。つまり、腹側中脳では、「500 円もらえる」と「500 円失う」という正反対の状況が、「プラス」と「マイナス」として表現されているわけではありません。むしろ、「どのくらい強く行動する必要があるか」という、動機の強さに関わる共通の信号へと変換されている可能性があります。

腹側中脳の活動は、その後に発揮する「力の強さ」と関連する

さらに、「よーい」の時の脳活動が、その後の「ドン」での行動をどの程度説明できるのかを調べました。その結果、一次運動野の準備活動は、その後の反応の速さと発揮する力の両方と関連していました。これに対して、腹側中脳の活動は、その後に発揮される力の強さと選択的に関連していました(図 3D)。しかも、力と関連する腹側中脳の領域は、「ご褒美」と「損失」のどちらの場合にも金額が大きいほど強く活動していた腹側中脳の背外側部と重なっていました。

図3
図3.脳は「ご褒美」と「損失」を区別しながら、それらを行動の強さに関わる共通信号へと変換する

これらの結果を合わせると、「ご褒美を得たい」と「損を避けたい」は前頭前野では異なる動機として表現される一方で、腹側中脳では行動を強く駆動するための共通信号として表現され、それが運動系へ伝えられるという仕組みが考えられます(図4)。

図4
図4.脳は「ご褒美」と「損失」を区別しながら、それらを行動の強さに関わる共通信号へと変換する

<研究で明らかになったこと>

「宿題をやったらお小遣いをあげる」と言われて行動する場合と、「宿題をやらなかったらお小遣いを減らす」と言われて行動する場合、その動機は正反対です。今回の研究は、このような「得たい」と「失いたくない」という異なる動機が、脳内では最初から最後まで別々に処理されるわけではないことを示しました。前頭前野では、「ご褒美」と「損失」が異なる活動として表現されます。しかし、腹側中脳では、両者が行動を強く引き起こすための共通信号として表現されることが示唆されました。さらに、その腹側中脳の活動は一次運動野を介して行動へつながると考えられます。

<この研究成果が社会に与える影響>

私たちの行動は、「ご褒美を得たいという気持ち」だけでなく、「失敗したくない・損をしたくないという気持ち」によっても強く駆動されます。今回の研究は、こうした異なる動機が、どのように脳内で処理され、実際の行動の強さへと変換されるのかを理解する手掛かりとなります。例えばスポーツでは、「勝ちたい」という気持ちと「負けたくない」という気持ちは異なりますが、どちらも選手のパフォーマンスを高める方向に働きます。本研究で明らかになった神経メカニズムは、こうした心理状態と運動パフォーマンスの関係を理解し、効果的なメンタルトレーニングを考える基礎となる可能性があります。また、活動したいという意欲が低下するうつ病などの気分障害や、意欲低下と運動障害を併発するパーキンソン病において、「行動したい」という動機がどの段階で実際の行動につながらなくなっているのかを理解する基礎的知見になることも期待できます。

<本研究の主な助成事業>

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JSPS KAKENHI)、ムーンショット型研究開発事業、東京都特別研究、AMED 脳神経科学統合プログラム、文部科学省 共同利用・共同研究システム形成事業「Spin-L」、生理学研究所共同利用研究費の支援を受けて行われました。

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