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特集

2022年 年頭所感

所長正井 久雄

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あけましておめでとうございます。

2019年の暮れに突然勃発したCOVID-19パンデミックは、二年間に2億6000万人が感染、520万人の命を奪い、今なお感染は収束していません。この一年、日本もこのウイルス(SARS-CoV-2)に翻弄され続けました。この原稿の執筆時点(2021年12月)では、日本での感染は急速に抑制されつつありますが、オミクロン株の出現もあり、先行きは不透明です。実際、これまで猛威を振るっていたデルタ株がオミクロン株により急速に置き換えられている国もあり、世界中で大きな脅威となっています。しかし、その性質はまだ完全に解析されておらず、ウイルス側が変化して、人類との共存を図るような変異を蓄積している可能性も考えられます。そうであることを祈るばかりです。他方、新型コロナウイルスの出現以降、驚くべき速さで開発されたワクチン接種が功を奏して多くの人々の命が救われ、人類の叡智と努力の偉大さに改めて感銘を受けた一年でもありました。同時に、国内外でのCOVID-19の動向は、現時点では十分な説明がつかず、まだ、私たちは完全にこのウイルスを理解していません。ウイルスについてのさらなる基礎研究が必要です。

さて、新研究所に統合した最初の10年が終了し、次の10年間の新しいゴールを設定するため、研究所の中でも議論を進めておりますが、「共有」「シナジー」「国際化」は、引き続き、キーワードになります。1970年代の初頭から半ばにかけて、当時の時代の要請に応えて、神経、精神、臨床の3つの研究所が発足し、それぞれ独自の医学分野の研究を推進しました。現在、医学・生命科学研究で、新しい発見をするためには、分野の垣根を超えて、最先端の多様な実験技法、ツールを用いて、実験を遂行する必要性が益々増加しています。3研の統合は、その意味で極めてタイムリーであり、私たちは、研究所にいながら最先端の融合研究を行うことができる環境にあります。次の10年も、この環境を最大限に生かして、医学研究のフロンティアを切り拓く研究にチャレンジすることが重要です。

研究所のこの一年

第4期プロジェクトの2年目となり、今年度は二つの新たなプロジェクトが発足しました。一つは吉種光プロジェクトリーダー率いる体内時計プロジェクト、もう一つは丹野秀崇プロジェクトリーダー率いるがん免疫プロジェクトです。それぞれ、概日時計と寿命・老化タイマーの解明とがん免疫の網羅的解析およびその遺伝子治療への応用を目指して研究を開始しました。ゲノム医学研究センターと社会健康医学研究センターも発足から1年が経過し、都民の健康を守るための基礎から実学医学研究をする体制が整いました。第4期の研究陣容が固まり、コロナ禍にも関わらず、昨年も大きな成果が多く生まれました。中でも特筆すべき成果は、長谷川成人リーダー率いる認知症プロジェクトによる、認知症や神経疾患の原因となるタンパク質の構造と疾患の特徴病理の関連の解明です。NCNP(国立精神・神経医療研究センター)を含めた日本ブレインバンクネット、海外のバンク、英国MRC分子生物学研究所との共同研究により、様々な認知症疾患の原因となるタウ線維、αシヌクレインやTDP-43の構造を解明しました。これらの発見は、2020年から昨年にかけて、昨年12月にNatureに掲載となった報告も含めて4報のNature論文として発表されました。そのほかにも多くの新しい研究成果が報告されていますが、詳細はホームページのTopics欄をご覧ください。

コロナ禍にも関わらず、昨年は、8回の都民講座をon lineで開催し、延べ人数、815名の方が参加されました。サイエンスカフェも3回開催し、多くの方に参加していただきました。今年も、色々な話題について、都民の皆様に楽しんでいただけるような、都民講座、サイエンスカフェを開催する予定です。また、研究所の活動をより多くの方に知っていただくために、動画を作り、すでに一部公開しました。引き続き、研究所の日々の活動、研究内容について、一般の方々への普及広報活動を、鋭意進めていくようにいたします。また昨年の3月、初めて英文のAnnual Reportsを作成し、外国人研究者にも送付しました。2021年版も現在作成中です。研究を効率よく進めるためには、内外の効果的な共同研究は重要な役割を果たします。昨年、相互人材育成・教育や研究交流、施設・設備の相互利用などを目的として、お茶の水女子大学およびNCNPとの連携・協力に関する協定を締結しました。また、国際化の一助として、2020年から予算措置されていた外国人研究者招聘事業を、今年こそは、実施できる状況になり、外国の研究者との有効な共同研究がさらに多く進むことを期待したいと思います。

研究所の新型コロナウイルス感染症への対応

コロナ禍は、さらに長引く可能性もあり、ワクチンが長期にわたり抗体を維持できないために、現在3回目のワクチン接種が進められています。研究所では、小原道法特別客員研究員、安井文彦感染制御プロジェクトリーダーを中心として、ワクシニアウイルスベクターを用いた新型コロナウイルス感染症ワクチンの開発を引き続き進めています。国産のワクチン開発が望まれる中、この独自性の高いワクチンは、その安全性、安定性、長期持続免疫など、効果や実用性の上で優れています。すでに動物実験での効果は確認され、現在臨床試験への移行を目指しています。また、西田淳志社会健康医学研究センター長らは、東京iCDC専門家ボードの疫学・公衆衛生チームに参画し、毎週人流データの分析結果を知事・副知事に報告するとともに、厚労省専門家会議・内閣官房分科会等へ資料提供を行っています。その他、新型コロナウイルス感染症に関する、研究所独自の複数の研究が進行しています。将来、新たな新興ウイルスなど都民の健康を脅かす事象が発生することが予想されます。そのような時にも、都民の命を守るために、先頭に立って迅速に対応することが、都医学研の重要なミッションとなります。

生命の基本原理を明らかにする基礎研究の成果がもたらす画期的な技術

2021年度の文化勲章受章者の一人は岡崎恒子先生でした。岡崎先生は、夫君の令治先生と共に『反平行の二本鎖DNAがいかにして、一方向にしか移動しないDNAポリメラーゼにより合成されるか』という問題に取り組み不連続複製モデルを提唱しました。このメカニズムは全ての生物に保存されるDNA複製の基本原理として確立し、新生DNA鎖は岡崎フラグメントと名付けられました。広島で被爆されていた令治先生は、残念ながら、1975年に44歳の若さで白血病で亡くなりました。後に残された恒子先生は、研究を続けるかどうかの岐路に立たされましたが、当時小学生だった息子さんと、恩師であるArthur Kornberg 博士(DNAポリメラーゼの発見者)からの励ましを受けて、研究を継続することを決心されました。女性研究者の環境が今にも増して厳しかった40年以上前のことですので、大変な苦労をされたと推察しますが、岡崎先生は、そのような苦労を感じさせることはなく、「諦めちゃダメ」と言って若い研究者を励ましてくださいます。

Primer RNAによる岡崎フラグメントの合成開始のメカニズムは、その後PCR法開発の基盤ともなりました。不連続複製(2つの鎖の複製メカニズムが異なる)は、変異形成や進化、非対称分裂にも関連する可能性も指摘されており、未知の生物学的意義の発見を目指して、今も大変ホットな研究対象となっています。岡崎先生の研究は、DNA複製という最も基礎的な研究が、有用な技術を産み、さらに他の重要な生物現象にも波及していく例の一つです。都医学研における研究活動の基盤も、個々の研究者の創意に基づき、生命の基本原理を明らかにする最先端研究を遂行し、その成果を、都民のみならず、人類の健康と幸福に貢献する真に役立つ技術へと発展させることにあると考えます。

2022年を迎えて

2022年は十干が「壬(みずのえ)」、十二支が「寅」の年にあたるので、干支は「 壬寅(みずのえとら)」です。「壬」は「妊に通じ、陽気を下に姙(はら)む」、「寅」は「螾(ミミズ)に通じ、春の草木が生ずる」という意味があります。そのため「壬寅」は厳しい冬を越えて、生命力に溢れた春が芽吹き、華々しく生まれる年になるというイメージがあるとのことです。研究所にとってそのような一年になることを祈ります。

来年の年頭所感には新型コロナウイルスについて書かなくても良い状況になっていますように、そして、本年が皆さんにとって実り多い幸せな一年となりますように祈念して、私の年頭所感とさせていただきます。

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