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開催報告

第11回 都医学研シンポジウム(2021年8月18日 開催)
「病いは物語である」

副所長糸川 昌成

脳と心。このふたつの関係の謎をめぐり、社会科学、人類学、心理学、生物学など、異分野のシンポジスト(東京武蔵野病院 江口重幸先生、十文字学園女子大学 東畑開人先生、龍谷大学 村澤真保呂先生、慶應義塾大学 北中淳子先生、メンタルセンター岡山 野口正行先生)が5時間かけて討論する異色のシンポジウムを開催しました。

2010年頃のことだったと思います。精神病症状を経験された方たちに研究へ協力をお願いするために、いくつもの病院を訪ねていた時のことでした。たまたま、江口先生が勤務されていた病院に伺うことがあって、求められて医局で研究の説明をさせていただきました。脳の研究者の話すことですから、きわめて物理化学的な内容を、どこまでも細部の厳密性に拘って述べた気がします。どうしてかというと、私の話が進むにつれて、皆さんの表情に微妙な困惑が広がったからです。江口先生は御高名な先生でしたから、その場にいらっしゃるのはすぐにわかりましたが、ご挨拶ぐらいで立ち入ったお話しはしなかったと思います。

それから、10年近くたった最近のことです。北中先生が主催された慶應義塾大学での研究会で、江口先生と私は指定討論者として招かれ再会しました。江口先生の病院であれほどモノ(・・)細部(・・)しか述べなかったはずの私が、打って変わってコト(・・)全体(・・)ばかりを発言したからでしょうか。研究会場から駅までの帰り道、たぶん10分程度だったと思われます。江口先生と私は互いに息継ぎを忘れるほど夢中になって、モノとコトについて語り合ったのです。

脳科学は、心が頭蓋骨の内側だけに存在するという前提で発展してきました。ドーパミンやセロトニンが活発に増えたり減ったりして、海馬や側坐核註1)に電気的信号が飛び交う。近代科学の描く心は、まるで機動戦士ガンダムの操縦席に座ったちっちゃなコロボックル註2)のようです。ところが、座禅をしてみると分かります。頭蓋骨の内側にしかなかったはずの自分が、半跏趺坐(はんかふざ)註3)を組んだ踵から法界定印(ほっかいじょういん)註4)を重ねた指先まで自分になってゆくのを。コロボックルは、その指先の先へ、足の外側のさらに外へと、広がり続け蒸発するではありませんか。村澤先生がかつて日本各地で見られた狐憑きが、都市開発によって里山が失われるにつれ減っていったとお話しされました。狐憑きという心のありようが都会の出現と入れ違いに消え去ったのは、頭蓋骨で操縦かんを握るコロボックルが里山までつらなっていたからです。だからこそ、東畑先生と野口先生が示された地域の物語が、大都会のそれとは違っていたというお話が腑に落ちたのだと思いました。

註1)海馬や側坐核:
記憶ややる気と関連する脳の部品名
註2)コロボックル:
アイヌ民話に登場する小人
註3)半跏趺坐:
座禅をする時の特殊なあぐら
註4)法界定印:
座禅の時、ヘソのあたりで両手を重ね親指を合わせて作る円形のこと
糸川副所長

糸川副所長

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