東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2023年8月16日
西田淳志・社会健康医学研究センター長、東北大学大学院医学系研究科の精神看護学分野の中西三春准教授らの研究グループは、「女性の更年期と自殺念慮との関係」についてJournal of Affective Disorders に発表しました。

女性の更年期と自殺念慮との関係
思春期コホートの母親に関するデータ解析から

<論文名>
“Association between menopause and suicidal ideation in mothers of adolescents: A longitudinal study using data from a population-based cohort”
<著者>
中西三春*、遠藤香織、山崎修道、Daniel Stanyon、Sarah Sullivan、山口智史、安藤俊太郎、長谷川眞理子、笠井清登、西田淳志、宮下光弘
<発表雑誌>
Journal of Affective Disorders
DOI:10.1016/j.jad.2023.08.055

発表のポイント

  • 更年期注1 には自殺念慮注2 が生じるリスクがあるとの報告がありますが、それは更年期開始前からあったのか、開始後に発生したのかは不明でした。
  • 東京の思春期コホートに参加する子どもの母親を対象とした調査データの解析により、更年期前の自殺したい気持ちの状態を考慮しても、「更年期が始まると自殺したい気持ちが生じやすい」ことを明らかにしました。
  • 社会から多くの支援を受けていると自殺したい気持ちが抑えられることがわかりました。
  • 更年期が始まった女性に対しては、自殺したい気持ちの出現に気を配り、これまで以上に社会として支援する必要性があることを示唆しています。

概要

近年、世界的に中高年期の女性の自殺が増えていますが、この女性特有の増加の理由はよくわかっていません。東北大学大学院医学系研究科精神看護学分野の中西三春准教授、ブリストル大学のサラ・サリバン主席研究フェロー、東京都医学総合研究所の西田淳志・社会健康医学研究センター長らのグループは、「更年期が自殺したい気持ちを生じさせる」という仮説を検証するために、思春期の子どもと養育者を追跡して調査している「東京ティーンコホート注3」のデータを解析しました。養育者のうち子どもの母親である 2944 人を対象に、①第2期調査(2014年7月~2017年1月)と②第4期調査(2019年2月~2021年9月)の情報を用い、第2期調査時の自殺したい気持ちの有無を調整したうえで、第4期調査時の自殺したい気持ちの有無と更年期が関連するかどうか検証しました。

解析の結果、第2期調査の後に更年期が始まった人は、まだ更年期が始まっていない人と比べて、自殺したい気持ちを生じるリスクが統計的に有意に高くなりました。さらに、社会から多くの支援を受けていると自殺したい気持ちが抑えられることもわかりました。以上から、更年期が始まった女性に対しては、自殺したい気持ちの出現に気を配り、これまで以上に社会として支援する必要性があることを示唆しています。

本研究成果は、Journal of Affective Disorders誌にて8月16日にオンライン公開されました。

研究の背景

英国など欧米諸国で近年、中高年期の女性の自殺死亡率が上昇傾向にあります。また日本でも新型コロナウイルス感染症のパンデミック以後、女性の自殺が増加していることが指摘されてきました。しかし、この女性特有の増加の理由は必ずしも明らかではありません。

女性は中高年期に更年期を経験します。更年期のホルモンバランスの変化とそれによる身体的不調などが引き金となり、うつ状態や自殺念慮ひいては自殺のリスクが高まると考えられてきました。自殺念慮とは自殺したい気持ちを指し、自殺関連行動にしばしば先行して現れる、自殺の危険因子のひとつです。自殺念慮がある人を早期に把握して支援につなげることは、自殺の予防において重要とされています。

これまでの研究で、更年期が始まった女性は一定の割合で自殺念慮をもっていることが明らかにされています。例えば英国では、更年期にある女性の 10人に1人が自殺念慮を経験したと報告されています(https://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/perimenopause-suicidal-thoughts-menopause-mental-health-b1933346.html)。しかし先行研究では更年期が始まる前の女性の状態を把握できないため、現在の自殺念慮が更年期によって発生したのか、それとも更年期の前からあったのかを区別できない限界がありました。

今回の取り組み

今回、東北大学大学院医学系研究科の精神看護学分野の中西三春准教授、ブリストル大学のサラ・サリバン主席研究フェロー、東京都医学総合研究所の西田淳志・社会健康医学研究センター長らのグループは、更年期と自殺念慮の関係を明らかにする目的で、東京の思春期の子どもと主たる養育者を追跡して調査している「東京ティーンコホート」のデータを解析しました。東京ティーンコホートに参加している養育者のうち、子どもの母親である 2944 人(平均年齢 44.0 歳)を対象に、①子どもが 12 歳時の第2期調査(2014 年 7 月~2017年 1 月)と②子どもが 16 歳時の第4期調査(2019 年 2月~2021 年 9月)の情報を解析に用いました。第2期調査時に把握した自殺念慮の有無を調整したうえで、第4期調査時の自殺念慮の有無と更年期が関連するかどうかを検証しました。その結果、第2期調査の後に更年期が始まった人は、まだ更年期が始まっていない人と比べて、第4期調査時に自殺念慮を生じるリスクが統計的に有意に高くなりました。さらに、社会から多くの支援を受けていると自殺したい気持ちが抑えられることもわかりました。

今後の展開

本研究の成果は、女性において更年期の始まりを経験することが、自殺リスクの上昇と関連すること、および社会から多くの支援を受けていると自殺リスクが抑制されることを明らかにしたものです。以上から、更年期が始まった女性に対しては、自殺したい気持ちの出現に気を配り、これまで以上に社会として支援する必要性があります。なお本研究は思春期コホートに参加する養育者を対象としたため、①子どものいない女性は含まれていない、②更年期に関する先行研究と比べると年齢が若い(まだ更年期が始まっていない人が多い)点に限界があります。今後は、出産・育児経験の有無やより幅広い年齢層で、同様の関連が見られるか検証することが望まれます。

図1. 東京ティーンコホートの調査時期と更年期の分類方法
図1 東京ティーンコホートの調査時期と更年期の分類方法
東京ティーンコホートの第4期調査の質問紙で、参加者(子どもの母親)に、更年期を経験したか尋ねた。まだ経験していないと回答した人は①に分類した。更年期が始まって現在も続いていると回答した人には、始まった時期(年齢)をさらに尋ねて、開始が第2期調査の②後か③前かで分類した。更年期が終わったと回答した人には、終わった時期をさらに尋ねて、終わりが第2期調査の④後か⑤前かで分類した。
図2. 更年期による自殺念慮のオッズ比と95%信頼区間
図2 更年期による自殺念慮のオッズ比と95%信頼区間
第4期調査時に自殺念慮があるリスクの相対的な大きさを、更年期の分類① (更年期がまだ始まっていない)に対する他の分類のオッズ比を算出して比較した。1を超えるオッズ比はリスクがより高いことを、1を下回るものはリスクがより低いことを意味する。分類②~⑤の黒い点がそれぞれのオッズ比(分類①は1に固定)を、ひげ付きの線がオッズ比の 95%信頼区間を表す。95%信頼区間はオッズ比が 95%の確率で存在する範囲をさす。95%信頼区間が1をまたぐ場合、その分類における自殺念慮の起こりやすさは分類①と比べて統計的に有意差があるとはいえない。
自殺念慮の有無は GHQ-28 の下位尺度4項目を用いて判定した。4項目のうちどれか1つ以上、該当すると回答した人を自殺念慮ありとした。
第2期調査時の自殺念慮の有無、うつ病の既往の有無、および以下の共変量を調整した多変量ロジスティック回帰モデルにより算出した。
母親についての共変量:年齢、BMI(body mass index: 体重 kg÷身長 m2)、喫煙の有無、習慣的な飲酒の有無、運動習慣の有無、学歴、世帯年収、ソーシャルサポート、配偶者の有無、労働の有無。
子どもについての共変量:年齢、性別、きょうだいの人数、発達上の困難・うつ症状、自殺念慮の有無。

謝辞

本研究は、文部科学省科学研究費補助金学術変革領域研究(A)『「当事者化」人間科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解』の支援を受けて行われました。

【用語説明】

注1. 更年期:
一般的に、閉経(月経が永久に停止する)前の5年間と閉経後の5年間とを合わせた10年間をさします。更年期は女性ホルモン(エストロゲン)が大きくゆらぎながら低下していくため、さまざまな身体症状や精神症状が現れます。身体症状には顔のほてり、のぼせ、発汗、めまい、精神症状にはうつ、不眠などがあげられます。
注2. 自殺念慮(自殺したい気持ち):
自殺を想像する、自殺について真剣に考える、または自殺を計画すること。希死念慮が自分自身の死を強くイメ ージすることや死を願望することをさすのに対し、自殺念慮は自殺という能動的な行為についての考えをさします。
注3. 東京ティーンコホート(Tokyo Teen Cohort):
2002-04 年に出生した3,171 名の子どもとその養育者(主に母親)を定期的に調査する住民コホ ート。2012-14年の10歳児調査を第1期として、2年おきに調査を実施しています。第4期調査は途中で新型コロナウイルス感染症の流行が発生したため、期間を延長して 2021 年まで実施されました。

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