2023年3月7日
脳機能再建プロジェクトの尾原圭、西村幸男プロジェクトリーダーらは「コンピューターによる皮質脊髄路インターフェイスで脊髄損傷をバイパスすることで脊髄損傷により麻痺した手の力の調整能力を再獲得した」についてFrontiers in Neuroscience に発表しました。
脳機能再建プロジェクトの尾原圭(新潟大学大学院医歯学総合研究科 博士課程4年)と西村幸男プロジェクトリーダー(同研究科客員教授)らの研究グループは、大脳皮質-脊髄間を繋ぐ神経経路である皮質脊髄路の役割を持つ皮質脊髄路インターフェイスを開発し、それを用いることで脊髄損傷モデルサルの麻痺した手の力の調整能力を再獲得させることに成功しました。
本研究結果は、脊髄損傷により脳と脊髄との間の神経連絡がなくなり四肢の運動麻痺を呈する方々が、開発した皮質脊髄路インターフェイスを用いることで、再び自分の意志で麻痺した身体を動かし、力の微調節を必要とする作業を行うための能力を取り戻すことが可能であることを示しています。
この研究成果は、2023年3月7日(火曜日) 8時(中央ヨーロッパ時間)に国際学術誌『Frontiers in Neuroscience』に掲載されました。
私たちは日常生活の中で、重い物体を持ったり、柔らかい物体を持ったりする際には、その物体の重さや柔らかさに見合った力の調節を行っています。この力の大きさは皮質脊髄路という大脳皮質と脊髄を繋ぐ神経経路の活動の量によって調節されています。脊髄損傷等によってこの皮質脊髄路が切断されると、この大脳皮質からの信号が脊髄・筋に伝わらないため、力の生成と調節を行う能力を失ってしまいます。
しかし、脊髄にある損傷部の上位にある大脳皮質と下位にある脊髄と筋は、損傷しておらずその機能を失っていません。よって、損傷を免れた大脳皮質と脊髄を再結合させることができれば失われた運動機能を回復できる可能性があります。
先行研究から、あらかじめ決められた刺激の強度と周波数で脊髄を電気刺激することで、筋を支配している脊髄内の神経細胞を活性化させることができ、筋活動が誘発できることが報告されています。しかしながら、このようなあらかじめ決められた刺激の強度と周波数での電気刺激法では力を出すタイミングや大きさを自分の意志で調節できません。よって、脊髄損傷等で運動麻痺を呈する方々の力の調節能力を回復させるためには電気刺激のタイミングや強さを自分の意志で調節するための仕組みが必要です。
本研究では、力の調節能力を担っている皮質脊髄路の機能を持ったコンピューターによる皮質脊髄路インターフェイスを開発しました。この皮質脊髄路インターフェイスは、大脳皮質の神経細胞の活動の程度(発火率)を脊髄への電気刺激の刺激強度と刺激周波数にリアルタイムに変換することを実現します。この皮質脊髄路インターフェイスの麻痺した手の力の調節能力に対する有効性を脊髄損傷モデルサルで検証しました。
大脳皮質の一次運動野には、脊髄へ神経結合がある皮質脊髄路ニューロンという神経細胞があり、その皮質脊髄路は力の調節を担っています。本研究では、この皮質脊髄路ニューロンの機能を持ったコンピューターによる皮質脊髄路インターフェイスを開発しました。この皮質脊髄路インターフェイスは、大脳皮質の神経細胞の活動の程度(発火率)を脊髄への電気刺激の刺激強度と刺激周波数にリアルタイムに変換することができます。
2頭のサルに対し、第4-5頚髄の右側索と後索を損傷させることで片麻痺を呈する脊髄損傷モデルサルを作製しました。脊髄損傷により、損傷した側の指、手首は全く動きませんでした。麻痺している右上肢を支配している神経細胞の活動を記録するために左大脳皮質一次運動野の上肢の運動を支配する領域に電極を埋め込みました。麻痺している右上肢の筋活動を生成するために、脊髄損傷の下位にある頚髄膨大部の背部に電気刺激用の電極を埋め込みました。
始めに、脊髄への電気刺激による手の力の調節能力を調査しました。その結果、損傷の尾側にある脊髄膨大部への電気刺激により麻痺した前腕の複数筋の活動が誘発され、麻痺側の手首の力が屈曲から尺屈の方向に誘発されました。また、脊髄への電気刺激の強度と誘発された力との間には正の関係がありました。このように、脊髄損傷後で手が麻痺した状態であっても、脊髄損傷の下位にある脊髄部位を電気刺激することで複数の手の運動にかかわる筋の活動を誘発することが可能で、刺激強度を変化させることで誘発された力の大きさを調節が可能でした。
皮質脊髄路インターフェイスの有無で、脊髄損傷モデルサルが自分の意志で力の調節能力の違いを比較することで、皮質脊髄路インターフェイスの有効性を検討しました。皮質脊髄路インターフェイスを適用していない際には、脊髄への電気刺激がないために手の筋活動が生成されず、脊髄損傷モデルサルの手は麻痺したままでした。皮質脊髄路インターフェイスを適用すると、要求される力の大きさに合わせて、皮質脊髄路インターフェイスの入力信号として使われている運動野の神経細胞に、その活動の変調が観られるようになりました。その神経細胞活動の変調により、脊髄刺激の強度と周波数が調節され、要求された力の大きさに依存して麻痺していた手首関節の力の大きさの制御ができました。力の大きさに関連した活動を示す神経細胞の数は皮質脊髄路インターフェイスを適用する前に比べて2.6倍に増加しました。また、要求された力の大きい場合にその数がより増大しました。このように、皮質脊髄路インターフェイスを適用することで一次運動野の神経活動の変調が観られ、それにより制御された脊髄への電気刺激により、脊髄損傷モデルサルは自分の意志で麻痺した手の力の程度の調節能力を取り戻せることが示されました。
今回開発した皮質脊髄路インターフェイスを用いることで、脊髄損傷による運動麻痺を持つ患者が、再び自分の身体を使って、物体の重さや柔らかさに合わせた力の調節能力を取り戻せるようになることが期待されます。
本研究は、ムーンショット型研究開発事業 MILLENNIA Program (JPMJMS2012)、文部科学省研究費補助金 JSPS KAKENHI(18H04038, 18H05287, 20H05714)、新潟大学医学研究助成金の支援を受けて行われました。