東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014

2023年3月11日
統合失調症プロジェクトの富田康文 連携大学院生、新井誠 プロジェクトリーダーらのグループは「尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する」についてSchizophrenia に発表しました。

English page

尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する

統合失調症プロジェクトの富田康文 連携大学院生、鈴木一浩 協力研究員、新井誠 プロジェクトリーダー、及び、社会健康医学研究センターの宮下光弘 副参事研究員、山﨑修道 副参事研究員、西田淳志 センター長、ゲノム医学研究センター 川路英哉 副センター長らのグループは、思春期児童を対象にした出生コホート研究で、尿中エキソソーム含有miRNAが精神病様体験の持続を予測することを明らかにしました。この研究成果は、2023年3月11日に「Schizophrenia」にオンライン掲載されました。

<論文名>
“Urinary exosomal microRNAs as predictive biomarkers for persistent psychotic-like experiences.”
(尿中エキソソーム含有miRNAは精神病様体験の持続を予測する)
<発表雑誌>
Schizophrenia
DOI: 10.1038/s41537-023-00340-5

発表のポイント

  • 思春期児童345名を対象にした出生コホート研究1) において、精神病様体験(Psychotic-like experiences; PLEs)2) が持続した児童15名と持続しなかった児童15名の尿中エキソソーム含有miRNA3) の発現量を比較し、発現量が有意に異なる6種類のmiRNAを明らかにした。
  • 6種類のmiRNA発現量を用いることで、PLEsの持続を高い精度で予測できた。
  • 尿中エキソソームは、精神病発症予防のための新たな支援ツールとして役立つ可能性がある。

研究の背景

思春期の6人に1人がPLEsを経験しますが、ほとんどは成長とともに無くなることが報告されています[1]。一方で、思春期後半になってもPLEsが持続する場合にはその後に精神疾患を発症する可能性が高いことが知られています[2]。したがって、思春期においてPLEsが、一過性で無くなるのか、その後も持続するのかをより早い段階で予測することが重要であると考えられます。しかしながら、そのようなバイオマーカー4) を探索する研究がこれまで十分になされていませんでした。

研究内容

本研究は、東京ティーンコホート(http://ttcp.umin.jp/)と連携し、345名の思春期児童を対象に行いました。研究開始時(13歳時)とその1年後(14歳時)の2時点で、アンケートによる調査と精神科医による面接を行い、PLEsの有無や程度を評価しました。研究開始時には尿検体も提供していただきました。345名の児童のうち、2時点ともPLEsの評価ができた児童は282名でした。そのうち、PLEsが研究開始時にはあったが1年後には無くなった児童(PLEs消退群)は62名、研究開始時から1年後まで持続した児童(PLEs持続群)は15名でした。

次に、PLEs持続群15名と年齢・性別を合わせたPLEs消退群15名において、研究開始時の尿中エキソソーム含有miRNAの発現量を比較しました。その結果、PLEs持続群では6種類(hsa-miR-486-5p, hsa-miR-199a-3p, hsa-miR-144-5p, hsa-miR-451a, hsa-miR-143-3p, hsa-miR-142-3p)のmiRNA発現量が有意に低いことが分かりました(図1)。さらに、その6種類のmiRNA発現量を用いて1年後もPLEsが持続するかどうかについて検討したところ、PLEs持続群を高い精度で予測できました。以上のことから、尿中エキソソームが精神病の発症リスクの高さを予測できる可能性が示されました。

図1.PLEs持続群で発現量が変化したmiRNA.
図1. PLEs持続群で発現量が変化したmiRNA.
年齢を調整した尤度比検定5) によって算出された持続群で発現量が変化したmiRNA を示した図。縦軸は検定結果の信頼度(p値)、横軸はどれだけ発現量が変化していたか(Fold change)を示す。PLEs消退群と比較すると、PLEs持続群では研究開始時において6種類のmiRNAの発現量が有意に低かった。
図2.miRNAによるPLEsの持続の予測結果.
図2. miRNAによるPLEsの持続の予測結果.
ロジスティック回帰モデル6) によるPLEsの持続の予測がどれだけ正答していたかを示す図。縦軸はPLEs持続群であるケースをどれだけ正確に検出できたか(感度)、横軸はPLEs持続群ではないケースをどれだけ正確に検出できたか(特異度)を示す。線が左上方に寄っているほど高い予測性能を持つとされるが、この図から、6種類のmiRNAの発現量を使ったモデルが最も高い予測性能を持つことがわかる。AUC:Area Under the Curvesの略。モデルの予測精度を示す値で、1に近いほど高い精度を示す。

今後の展開

思春期にPLEsが持続する場合には、早い段階からの適切な支援が大切ですが、これまでそのような状態を予測することは容易ではありませんでした。今回の研究で用いた尿検体は、痛みを伴わずに採取できるため、被験者にとって受け入れやすい検査だと考えられます。また、尿中エキソソームを用いることにより、精神病を発症するリスクの高さを早期に発見できる可能性が分かりました。将来、6種類のmiRNAの機能を詳細に検討することによって精神病の発症メカニズムの一端が明らかとなり、より適切な支援や予防に役立つ情報を得ることができるかもしれません。

<用語>

1) 出生コホート研究:
ある特定期間に出生した集団を一定期間追跡し、ある結果に影響を与えるさまざまな要因やサンプルを調査する研究手法のこと。
2) 精神病様体験
主に、現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを勘ぐってしまうこと(妄想)を指し、思春期では6人に1人が経験している。
3) エキソソーム含有miRNA:
血や尿といった体液中には、細胞から放出された小さな小胞(エキソソーム)が存在する。エキソソームの中には体内の細胞の内容物が少しだけ含まれており、その中にはmiRNAと呼ばれる遺伝子の発現を制御する分子も含まれている。miRNAは様々な疾患に関係しており、がんの分野で盛んに研究されている。
4) バイオマーカー:
ある疾患の有無や病状の程度の指標となる生体内の物質のこと。今回の研究では、miRNAをバイオマーカーとしてPLEsの持続群と消退群を判別できるかどうかを検証した。
5) 尤度比検定:
2つの群で、どのmiRNAの発現が変化しているかを解析する方法。群の影響を考慮したモデルと考慮しないモデルを比較することで、群によって変化している要素を見つけることができる。
6) ロジスティック回帰モデル:
さまざまな要因から、ある事象が発生する確率を予測するための統計モデルのこと。今回は解析結果をモデルに学習させることで、6種のmiRNAの値からPLEsが持続する確率を予測した。

<引用文献>

  • [1] Linscott RJ, van Os J. An updated and conservative systematic review and meta-analysis of epidemiological evidence on psychotic experiences in children and adults: on the pathway from proneness to persistence to dimensional expression across mental disorders. Psychol Med. 2013 Jun;43(6):1133-49. doi: 10.1017/S0033291712001626.
  • [2] Dominguez MD, Wichers M, Lieb R, Wittchen HU, van Os J. Evidence that onset of clinical psychosis is an outcome of progressively more persistent subclinical psychotic experiences: an 8-year cohort study. Schizophr Bull. 2011 Jan;37(1):84-93. doi: 10.1093/schbul/sbp022.

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014