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2023年6月24日
糸川昌成副所長と東海大学の水谷隆太教授らのグループは「加齢で神経細胞の形が変化し、それが統合失調症では逆方向であることを発見」についてPLOS ONE に発表しました。

加齢で神経細胞の形が変化し、それが統合失調症では逆方向であることを発見
~脳の老化と、統合失調症との関係~

当研究所の糸川昌成副所長と東海大学の水谷隆太教授らのグループは、神経細胞の形が年齢と相関し、統合失調症ではその相関から逸脱することを見出したと発表しました。本研究は、名古屋大学・高輝度光科学研究センターSPring-8・高エネルギー加速器研究機構・米国アルゴンヌ国立研究所との共同研究で、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業の研究助成により実施しました。

この研究成果は、2023年6月24日(土曜日)3時(日本時間)に英文誌『PLOS ONE』にオンライン掲載されました。


<論文名>
“Structural aging of human neurons is opposite of the changes in schizophrenia”
(ヒト神経細胞の構造的加齢は、統合失調症での変化とは逆である)
<発表雑誌>
PLOS ONE
DOI:10.1371/journal.pone.0287646
URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0287646

発表のポイント

  • ヒト脳の神経細胞の3D構造を、日米の放射光*1施設でナノCT法*2により解析した。
  • 神経突起の曲がり方(曲率)が、健康な場合は加齢により変化していた。一方で統合失調症では、そこから大きく逸脱し、加齢とは逆方向の変化を示した。
  • 神経突起の曲率は統合失調症で60%高く、幻聴スコアと強い相関を示した。神経突起を太くまっすぐにすることで、精神症状を改善できる可能性がある。

研究概要

当研究所の糸川昌成副所長と東海大学の水谷隆太教授らの研究グループは、名古屋大学・高輝度光科学研究センターSPring-8*3・高エネルギー加速器研究機構・米国アルゴンヌ国立研究所との共同研究で、ヒト脳の神経細胞の3D構造をナノCT*2法により解析し、神経突起の曲がり方(曲率)が加齢に比例して変化することを見出しました。統合失調症では、この比例関係から逸脱し、幻聴スコアが神経突起の曲率と強く相関することがわかりました。このような神経細胞の変化をターゲットとした薬を開発できれば、統合失調症の新たな治療法につながると期待されます。

発表内容

ヒトのこころは、年齢によって成長し、成人した後も成熟を重ねます。これは、生活習慣や環境が脳に影響した結果と考えられますが、どのようなメカニズムによるのかは明らかにされていません。一方で統合失調症は、思春期から成人早期で発症することが多く、脳の発達との関係が疑われてきました。しかし、統合失調症での神経細胞の変化は、わかっていません。今回の研究では、放射光*1ナノトモグラフィ(ナノCT)法*2と呼ばれる方法をヒト脳組織に応用し、神経細胞の構造をナノメータースケールで解析しました。この測定法は、CTスキャンの原理により微細な3D構造を観察する技術で、「はやぶさ2」の帰還試料の解析にも応用されています。糸川副所長らの研究グループは、脳の前帯状回と呼ばれる部位(BA24)を対象に、日米の放射光施設(SPring-8*3とAdvanced Photon Source)で実験を行い、神経細胞の構造を解析しました(図1)。

図1
図1. 放射光*1ナノCT*2法による脳組織の3D解析。A:前帯状回BA24の脳組織の内錐体細胞層(L5)をナノCT法で可視化した。写真は米国アルゴンヌ国立研究所Advanced Photon Sourceでの測定の様子。B:統合失調症例の神経細胞。このようなX線像を16症例で総計約65万枚測定した。C:X線像をCTスキャンと同じ原理で処理し、断層像に変換した。D:断層像を積み重ねて3D像とした。E:神経細胞の3D像をトレースして、構造パラメータを求めた。スケールバー10 μm。

以上の解析により、神経突起の曲率などの構造パラメータを計算して、加齢による変化を調べました。すると、健康な方では、曲率の標準偏差(ばらつき)が年齢に比例することが分かりました(図2の△印と点線)。このような神経細胞の変化は、今回の研究で初めて明らかになったものであり、ヒト脳の加齢に関する重要な知見です。また、統合失調症の方は、この比例関係から逸脱していました(図2の〇印)。これは、統合失調症では、脳の加齢が通常とは異なることを示しています。

図2
図2. 神経突起の曲率の標準偏差(縦軸)と、年齢(横軸)の関係。健常な対照例(△)では、年齢と強い相関(点線;Pearson's r = -0.80, p = 0.018)を示した。統合失調症例(〇)は、この相関から大きく逸脱している。

そこで神経突起の曲率の頻度分布を調べたところ、健常な対照例と統合失調症例で明確に異なることがわかりました(図3 AB)。このようなグラフの違いは、神経突起の太さや曲がり方の違い(図3 CD)に由来します。従来の定説では、統合失調症は脳組織からは明確に区別できないとされてきましたが、それを覆す知見です。

図3
図3. 神経突起の曲率の頻度分布(AB)と神経突起の構造(CD)。統合失調症例の頻度分布(A)は、右に長いテールを示すのに対し、健常な対照例(B)ではテールはなく、これら頻度分布から統合失調症かどうか判別できる。このようなグラフの違いは、統合失調症では神経突起が蛇行して細い(C)のに対し、対照例ではまっすぐで太い(D)ことに起因する。

さらに、この構造変化と臨床情報との関係を調べたところ、神経突起の曲率が統合失調症では平均値で60%高く、幻聴スコアと強い相関を示しました(図4;Pearson's r = 0.80, p = 1.8 × 10-4)。一方で、投薬量や罹病期間などとの相関は見られませんでした。このことは、神経突起を太くまっすぐにすることができれば、統合失調症の精神症状を改善できる可能性を示しています。これは、従来にない発想であり、新たな統合失調症の治療法につながると考えています。

図4
図4. 神経突起の曲率(縦軸)と幻聴スコア(横軸)が、強い相関を示した(点線)。△:対照例、○:統合失調症。

最近、イギリスの研究者が、統合失調症で網膜の神経細胞層が薄くなること(菲薄化)を報告し、注目を集めています。網膜の菲薄化は加齢と関係し、統合失調症が早期老化ではないかとする仮説が提唱されています。統合失調症で年齢相関から逸脱するという現象は、あるいは統合失調症での加齢の仕方の違いを示しているのかもしれません。

This research used resources of the Advanced Photon Source, a U.S. Department of Energy (DOE) Office of Science User Facility operated for the DOE Office of Science by Argonne National Laboratory under Contract No. DE-AC02-06CH11357.

<用語解説>

*1 放射光:
シンクロトロン放射とも呼ばれる。電子などの荷電粒子を光速近くまで加速し、磁場により軌道を曲げることで生じる電磁波の一種。指向性が高く、スペクトルが広いことから、その性質を活用した実験が盛んに行われている。世界各国に数十、国内でも12の利用施設がある。X線や真空紫外の光源として用いられることが多い。
*2 ナノCT法:
CTスキャンの原理を応用して、ナノメータースケールで3D構造を可視化する技術。X線を用いるため、不透明なものでも非破壊で観察可能。CTスキャンと同様にあらゆる方向から撮像して断層像を再構成することで、均一な3D像が得られる。このため、一方向から見る光学顕微鏡・電子顕微鏡などとは異なり、見る方向による恣意性がなく、また、奥行き方向の画像ボケもない。
*3 大型放射光施設SPring-8:
放射光(上記 *1)を用いた実験を行うための共同利用研究施設で、兵庫県佐用町にある。第三世代の放射光施設の一つで、世界最高の性能を誇る。高い輝度のX線による実験が可能なことから、今回のような医学・生物学分野だけでなく、宇宙科学や考古学に至るまで、様々な分野の研究で国際的に利用されている。

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