東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014

2023年8月10日
認知症プロジェクトの長谷川成人プロジェクトリーダー、樽谷愛理研究員、亀谷富由樹研究員、田平万莉奈技術員らの研究グループは、「培養細胞内で鋳型依存的に増幅したタウ線維の構造及び翻訳後修飾」について米国科学雑誌 FEBS Open Bioと英国科学雑誌 Brain に発表しました。

English page

培養細胞内で鋳型依存的に増幅したタウ線維の構造及び翻訳後修飾


<論文名>
“Cryo-EM structures of tau filaments from SH-SY5Y cells seeded with brain extracts from cases of Alzheimer's disease and corticobasal degeneration”
“Distinct tau folds initiate templated seeding and alter the post-translational modification profile”
<発表雑誌>
・米国科学雑誌 FEBS Open Bio
 DOI:10.1002/2211-5463.13657target_blank
・英国科学雑誌 Brain
 DOI:10.1093/brain/awad272target_blank

研究の背景

タウオパチーは線維化したタウタンパク質の神経細胞及びグリア細胞内での蓄積を特徴とする神経変性疾患の総称です。アルツハイマー病(AD)では、ヒト成人脳に発現するすべてのタウアイソフォームが神経原線維変化として出現し、リン酸化やユビキチン化等の様々な翻訳後修飾を受けています。一方、ピック病(PiD)や進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)では、微小管結合領域の繰り返し配列が3つもしくは4つのタウアイソフォームが、疾患を特徴づける病理構造物を形成します。近年、これらのタウオパチー病理を構成するタウ線維が疾患ごとに異なる高次構造を呈することが原子レベルで証明され、疾患や病態ステージに特異的な翻訳後修飾も示されています。我々は以前、タウオパチー患者脳由来タウ線維を鋳型としてタウ凝集を引き起こす培養細胞モデルを報告しました。このモデルでは、疾患特徴的なタウアイソフォームの蓄積及びタウ線維形成が再現されます。しかしながら、細胞内で増幅したタウ線維の構造が、鋳型の構造を引き継いだものであるのか?、またタウの翻訳後修飾が鋳型依存的凝集においてどのような役割をもつのか?については明らかではありませんでした。

研究の概要

近年の研究からタウ線維の鋳型依存的増幅はタウオパチー病態進行の根底にあるメカニズムであることが示唆されています。そこで本研究では、培養細胞内で増幅したタウ線維が、鋳型と同じ構造的、生化学的性質を示すかを検討しました。

まず我々は、AD及びCBD患者脳から抽出したタウ線維を、HAタグ付きタウを発現するヒト神経芽腫SH-SY5Y細胞に導入しました。導入から3日後、線維導入細胞から界面活性剤不溶性画分が抽出され、この画分に含まれるタウ線維の構造がクライオ電子顕微鏡を用いた単粒子解析により決定されました。AD及びCBDタウ線維導入細胞に蓄積したタウ線維は、それぞれ鋳型である患者脳由来タウ線維に類似した線維コア構造を示しました(図1)。一方、培養細胞由来CBDタウ線維コアは、患者脳由来CBDタウ線維と同様の非タンパク質性分子を含まず、これはN末端及びC末端における構造の違いをもたらしました。また、培養細胞由来AD及びCBDタウ線維は、全てプロトフィラメントとして同定されました。これらの結果は、鋳型の導入により培養細胞内で単にタウ線維形成が誘導されたのではなく、それが鋳型依存的であることを示します。また、何らかの細胞環境因子や非タンパク質性分子が疾患特徴的なタウ線維形成に関与することが示唆されました。本研究は、MRC分子生物学研究所のSjors H. W. ScheresグループリーダーとMichel Goedertグループリーダーらとの共同研究により行われました。

さらに、我々は培養細胞に蓄積したタウ線維の翻訳後修飾を質量分析により解析し、患者脳由来タウ線維の翻訳後修飾と比較しました。その結果、患者脳由来タウ線維において検出されるリン酸化、脱アミド化、酸化の多くは培養細胞由来タウ線維においても再現されることが示されました。また、翻訳後修飾は、鋳型依存的なタウ凝集において、Fuzzy coatと呼ばれる線維コアを構成しないタウ領域から線維コア領域に向けて増加すること、疾患特徴的なユビキチン化やアセチル化はより成熟化したタウ線維において顕著になることが示唆されました。これらの結果は、タウ線維の鋳型依存的な増幅は、鋳型タウにより開始され、その進行に伴い翻訳後修飾の特性が変化することを示します。

両研究により培養細胞内で観察された疾患特徴的なタウ凝集が鋳型の構造的情報を基にして起こること、凝集に伴いタウ翻訳後修飾の特性が変化することが実証されました。この鋳型依存的なタウ凝集はタウオパチーにおける多様な病理形成をもたらすメカニズムであると考えられます。また本研究で用いた培養細胞モデルは孤発性タウオパチー病態を再現するモデルとして、タウオパチー研究並びに新規治療薬開発に有用であることが示されました。

本研究の主な助成事業

本研究は、科学技術振興機構(JST)、日本医療研究開発機構(AMED)、日本学術振興会(JSJP) 科学研究費助成事業、UKRI MRC、Alzheimer's Research UK等からの資金提供を受けて実施しました。


図1 SH-SY5Y細胞において増幅したタウ線維の構造
図1 SH-SY5Y細胞において増幅したタウ線維の構造
タウオパチー患者脳からタウ線維を抽出し、それを鋳型としてタウを発現する培養細胞に導入した。3日間の培養後、培養細胞からサルコシル不溶性画分を調製し、そこに含まれるタウ線維がクライオ電子顕微鏡により解析された。
図2 SH-SY5Y細胞において増幅したタウ線維の翻訳後修飾
図2 SH-SY5Y細胞において増幅したタウ線維の翻訳後修飾
培養細胞内に蓄積したタウ線維の翻訳後修飾は、質量分析により調べられた。患者脳由来タウ線維で検出される多くの翻訳後修飾が培養細胞内に蓄積するタウにおいて再現された。

2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014