2023年9月9日
統合失調症プロジェクトの鳥海和也 主席研究員らの研究グループは、西田淳志 社会健康医学研究センター長らと共同で、「グルクロン酸はペントシジンの新たな前駆物質であり、統合失調症に関連する」についてRedox Biology に発表しました。
統合失調症プロジェクトの鳥海和也 主席研究員、糸川昌成 副所長、新井誠 プロジェクトリーダーは、西田淳志 社会健康医学研究センター長らと共同で、一部の統合失調症患者の血中で蓄積している「ペントシジン(PEN)」の新たな前駆物質として、グルクロン酸(GlcA)を同定し、統合失調症との関連を明らかにしました。
本研究は、武田薬品工業、東海大学、東京大学と共同で行い、2023年9月9日(土曜日)に『Redox Biology』誌にオンライン掲載されました。
体内における糖代謝の異常は、タンパク質に非酵素的糖化反応(メイラード反応)を生じ、終末糖化産物(AGEs: Advanced Glycation End-Products)を生成します。タンパク質上のAGEs形成は、機能喪失を生じ、活性や物性に大きな影響を与えることが知られています。また、AGEsに対する受容体(RAGE)を介した炎症反応も生体に重大な影響を及ぼします。このようなAGEsの蓄積は、糖尿病合併症や動脈硬化、腎障害、関節リウマチ、アルツハイマー病など、多岐にわたる疾患の一要因として考えられており、AGEsの形成阻害はそれら疾患に対する有効な予防法・治療法として期待されています。
ペントシジン(PEN)は、タンパク質中のリジン残基とアルギニン残基を架橋する構造を持つAGEsの一種です(図1A)。PENの蓄積は加齢や糖尿病、慢性腎機能障害、白内障、骨粗鬆症、アルツハイマー病などの様々な疾患と関連しています。我々の研究室では、統合失調症患者の約4割に、血中でPENの蓄積が認められることを発見しました。さらに、PEN蓄積を伴う統合失調症患者は重篤な臨床症状を示すことを明らかにしてきており、PEN蓄積が統合失調症の病態基盤のひとつとして確実に存在することを示唆しています。
これまでPENはグルコース、フルクトース、ペントース、アスコルビン酸などから生成されることが知られていました。しかしながら、このPEN蓄積を伴う統合失調症患者の一群では、これら既知のPEN前駆物質の量がいずれも上昇しておらず、患者内で増加したPENが一体どのような物質から生じたのかが分かっていませんでした。
まず、統合失調症における「PENの由来」を明らかにするために、PEN濃度が高い被験者と正常な被験者の血漿サンプルを用いてメタボローム解析を実施しました。その結果、高PEN群では通常PEN群と比較して、グルクロン酸(GlcA)の有意な蓄積が認められ、血漿中のGlcA濃度はPEN濃度と有意な相関を示しました(図1B-E)。さらに、in vitro及びin vivoの両方において、GlcAからPENが合成されることが実証され、GlcAがPENの新たな前駆物質であることをが明らかになりました。また、GlcAが統合失調症患者でも増加しているかどうかを検討したところ、患者では健常者と比較してGlcAが有意に増加していることも明らかとなりました。さらに、統合失調症におけるGlcA蓄積の原因について明らかにするため、統合失調症患者の全血細胞を用いてGlcA代謝酵素Aldo-keto reductase (AKR)の活性を測定したところ、統合失調症患者のAKR活性は健常対照者と比較して有意に低く、AKR活性は血漿中のGlcA濃度と負の相関が認められました。以上の結果より、統合失調症患者におけるAKR活性の低下が血漿中のGlcA濃度を上昇させ、PENの蓄積を生じている可能性が考えられました。
今回の成果から、統合失調症に関連した新たなPEN合成経路を同定することができました。これまで、PEN蓄積のメカニズムが不明であることから、それがどのような分子機序によって統合失調症の発症を導くのかについての基礎研究に関しては進捗が乏しく、未知な点が多いのが現状でした。今回の新規PEN合成経路の発見は、実際の統合失調症患者の病態を再現した細胞及びマウスモデルの構築を可能にするため、統合失調症におけるPEN蓄積の病態生理の理解、創薬研究に貢献できると考えています。
また、このGlcAによる新規PEN合成経路は、糖尿病などの代謝性疾患にも関与していると考えられますので、精神疾患以外の領域においてもPEN蓄積のもたらす病態の理解、及び創薬にも結びつく可能性を秘めています。