2023年1月5日
睡眠プロジェクトの夏堀晃世 主席研究員らは「覚醒神経であるセロトニン神経が脳のエネルギー代謝調節機能を持つことを発見」についてiScience に発表しました。
当研究所睡眠プロジェクトの夏堀晃世主席研究員と本多真副参事研究員らは、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経の一つである縫線核のセロトニン神経が、脳のエネルギー代謝活動の調節機能を持つことを発見しました。セロトニン神経は動物を覚醒させるとともに、投射先である大脳皮質でグリア細胞の一種であるアストロサイトへ作用し、近傍の神経へ向けた乳酸の供給を促進させることで、皮質興奮性神経のATP(アデノシン三リン酸、細胞のエネルギー分子)の細胞内濃度を増加させることを示しました。
本研究は、学術変革領域(A)「グリアデコーディング」(21H05641)、武田科学振興財団、住友財団、かなえ医薬振興財団、光科学技術研究振興財団、先進医薬研究振興財団、文部科学省研究費補助金 JSPS KAKENHI(21H02526)の支援を受けて行われました。
この研究成果は、2023年1月5日(木曜日)11時(米国東部標準時)に国際学術誌『iScience』(電子版)に掲載されました。
脳のセロトニン神経は脳幹の縫線核から脳のほぼ全域へ投射し、投射先の神経活動を広く調節することで、気分や記憶の調節に関与するほか、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経としての役割を持ちます。覚醒時には脳全体で多くの神経が活性化し、それに伴い神経のエネルギー需要が増加すると考えられます。これまでに本研究グループは、動物の覚醒時に大脳皮質全域の興奮性神経において、細胞共通のエネルギー分子であるATP(アデノシン三リン酸)1) の細胞内濃度が増加することを報告しており、覚醒時には多くの脳領域で神経のエネルギー需要増加を上回るATP合成活動が生じていると考えられています。しかし、覚醒に伴う神経のエネルギー需要増加に対応するための脳内エネルギー代謝調節メカニズムがどのようなものか、これまで明らかになっていませんでした。
そのため本研究では、覚醒神経の一つであるセロトニン神経が、覚醒により生じる神経のエネルギー需要増加に対応するための脳代謝調節機能を持つかどうかを、マウスを用いた実験により検証しました。
本研究グループは、縫線核のセロトニン神経が主な投射先の一つである大脳皮質において、動物の睡眠-覚醒に伴うエネルギー代謝調節に働くことを発見しました。まずオプトジェネティクス2) という手法を用いて、生きたマウスにおいて縫線核のセロトニン神経を選択的に活性化させると、マウスが睡眠から覚醒すると同時に、投射先である大脳皮質の興奮性神経において、細胞のエネルギー分子であるATPの細胞内濃度が増加することを見出しました(図A)。次に、DREADD(Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drug)法3) を用いてこの縫線核セロトニン神経の活動を持続的に抑制すると、マウスがレム睡眠4) から覚醒したときに生じる大脳皮質興奮性神経の細胞内ATP濃度増加が減弱しました(図B)。このことから、縫線核のセロトニン神経は、動物が睡眠(特にレム睡眠)から覚醒するときに皮質興奮性神経の細胞内ATP濃度を増加させる機能を持つことが分かりました。
次に、セロトニン神経が皮質興奮性神経の細胞内ATP濃度を増加させる代謝調節メカニズムに、グリア細胞の一種であるアストロサイト5) が関与していることを明らかにしました。アストロサイトは、細胞内に独自のエネルギー源であるグリコーゲンを貯蔵しており、その分解により乳酸を産生して近傍の神経へ供給し、それにより神経のATP合成活動をサポートする機能を持つことが知られています(この乳酸供給経路を、アストロサイト-ニューロン乳酸シャトル:ANLSと呼びます)。本研究では、セロトニン神経の光活性化により、大脳皮質のアストロサイトにおけるANLSのトリガーとなる活動シグナル(Ca2+シグナルとcAMPシグナル)が応答して増加することと、同時に大脳皮質の細胞外乳酸濃度が増加することを、生きたマウスでの計測により明らかにしました。このことは、セロトニン神経が活性化すると、放出されたセロトニンが大脳皮質のアストロサイトへ作用し、アストロサイトでの乳酸産生と近傍の神経へ向けた乳酸の細胞外放出を促進していることを示唆します。さらに、このANLSの経路を薬物投与により阻害すると、セロトニン神経の光活性化による皮質興奮性神経の細胞内ATP濃度増加が減弱したことから、セロトニンによるANLSの促進が、皮質興奮性神経の細胞内ATP濃度増加を一部引き起こしていることが明らかとなりました(図A)。
本研究は、覚醒神経の一つであるセロトニン神経が、睡眠-覚醒に合わせた脳のエネルギー代謝調節に関与していることを世界で初めて報告しました。また本研究は、気分障害や不安障害、睡眠障害などセロトニン神経が関連する精神疾患において、脳のエネルギー代謝活動の異常やアストロサイトの機能異常が背後に存在する可能性を示し、新たな診断・治療法開発の礎となることが期待されます。