東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2023年2月27日
こどもの脳プロジェクトの佐久間 啓プロジェクトリーダーらは「新型コロナウイルス感染症に伴う小児の急性脳症」についてFrontiers in Neuroscience に発表しました。

新型コロナウイルス感染症に伴う小児の急性脳症

<論文名>
“Severe pediatric acute encephalopathy syndromes related to SARS-CoV-2.”
<発表雑誌>
Frontiers in Neuroscience 2023
DOI: 10.3389/fnins.2023.1085082
<著者名>
Sakuma H and Takanashi J-I, Muramatsu K, et al.
参考サイト(用語説明など掲載)
小児急性脳症研究班ホームページ https://encephalopathy.jp

発表のポイント

  • 2022年5月31日までの調査で、小児のCOVID-19患者数の増加に伴い急性脳症が増加したことが明らかとなった。
  • 急性脳症症候群のタイプとしてはけいれん重積型(二相性)急性脳症が最も多い。
  • 半数以上(31名中19名)は後遺症なく回復したが、4名が死亡し5名が重度の後遺症を残した。

研究の背景と目的

新型コロナウイルス感染症COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2は主に呼吸器に感染し、脳に影響を及ぼすことは稀と考えられてきました。しかし2022年に基礎疾患のない小児がCOVID-19に伴い急性脳症を発症し死亡したというニュースが報道され、社会的関心が急速に高まりました。そこで私たちは我が国の小児におけるCOVID-19に伴う急性脳症の実態を明らかにするために、緊急の全国調査を実施しました。

方法

この調査は厚生労働科学研究・難治性疾患政策研究事業「小児急性脳症の早期診断・最適治療・ガイドライン策定に向けた体制整備研究班」(通称:小児急性脳症研究班)の事業として実施し、日本小児神経学会共同研究支援委員会の支援を受けました。調査方法は日本小児神経学会会員を対象としたWebアンケートで、2022年5月31日までにCOVID-19に伴い急性脳症を発症した18歳未満の方を対象として、患者様の年齢・性別・症状・診断名・転帰などについて調査しました。なおこの研究は「新型コロナウイルス感染症の神経合併症に即応するための臨床研究」(研究代表者:佐久間 啓)として東京都医学総合研究所倫理委員会による審査を受け、適切な研究であると承認されています(承認番号20-28(1))。また脳画像等の臨床情報を提示する際には患者様もしくは保護者の同意を得ています。

結果

217の医療機関より回答があり、39名の患者様の報告がありました。このうち5名は私たちが設定した対象基準を満たしていなかったことから除外され、34名がCOVID-19に伴い急性脳症を発症したことがわかりました。このうち3名は急性脳症の原因となる基礎疾患を持っていたため除外し、31名を検討の対象としました。検討の結果、次のようなことがわかりました。

1) 小児のCOVID-19患者数の増加に伴い急性脳症も増加した

31名中29名はオミクロン株が流行の主体となった2022年1月以降に急性脳症を発症していました。しかし小児のCOVID-19患者数も2022年より急増しており、小児のCOVID-19患者の中から急性脳症を発症した割合を調べてみると、2021年以前と2022年以降でほぼ変わらないことがわかりました。従ってオミクロン株が急性脳症を引き起こしやすいわけではないと考えられました。

表. COVID-19累計感染者数に対する急性脳症の患者数の比較
20歳未満のCOVID-19
累計感染者数*(=A)
急性脳症の患者数
(=B)
B/A
2021年12月31日以前241,662人3人0.0000124
2022年1月1日以後1,979,153人28人0.0000141

*厚生労働省「データからわかる-新型コロナウイルス感染症情報-」https://covid19.mhlw.go.jp

2) 急性脳症になる前に重症の呼吸障害があった人はいない

成人、特に高齢者では、COVID-19による重症の肺炎の治療中に脳症を発症することが報告されていますが、今回の調査では急性脳症を発症する前に肺炎などにより既に重い呼吸障害があった人は一人もいませんでした。脳の症状としてはけいれん、意識障害、異常な言動などが多く、COVID-19による発熱に加えてこれらの症状が見られた場合には急性脳症に注意する必要があります。

3) 半数以上は後遺症なく回復したが、4名が死亡し5名が重度の後遺症を残した

急性脳症からの回復の程度を調べてみると、31名中19名は急性脳症になる前の状態まで回復しましたが、4名が死亡し、8名は何らかの神経学的な後遺症を残しました。8名のうち5名は比較的重い後遺症でした。このように急性脳症の中でも患者さんにより回復の程度に大きな差があることがわかり、なぜこのような違いが出てくるのかが問題になります。

図1. 急性脳症の転帰
図1 急性脳症の転帰

4) 急性脳症症候群のタイプとしてはけいれん重積型(二相性)急性脳症が最も多い

急性脳症は単一の病気ではなく、特徴的な臨床・画像所見を呈する複数の急性脳症症候群の複合体であると考えられています。これまでの我が国における調査結果では、急性脳症症候群の中では、けいれん重積型(二相性)急性脳症(AESD)というタイプが最も多く、可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎脳症(MERS)がこれに続くことが明らかにされています。COVID-19による急性脳症でもAESDが31名中5名と最も多く、過去の報告と一致しています。一方、過去の調査では極めて稀とされていた、劇症脳浮腫を伴う脳症や出血性ショック脳症症候群というタイプが比較的多い(それぞれ 3名、2名)ことがわかりました。この二つのタイプではいずれも脳浮腫(脳が腫れ上がる現象)が急速に進行し致死率が高いことから、急性脳症症候群を診療する上で大きな問題になります。

図2. 急性脳症のタイプ(急性脳症症候群)
図2 急性脳症のタイプ(急性脳症症候群)
AESD = けいれん重積型(二相性)急性脳症、MERS = 可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎脳症、ANE = 急性壊死性脳症、HSES = 出血性ショック脳症症候群、AFCE = 劇症脳浮腫を伴う脳症

5) 急性脳症症候群はその他の急性脳症と比べて重症化する傾向がある

急性脳症の患者さんの約半数はAESDやMERSなどの急性脳症症候群のいずれかのタイプを示しますが、残りの約半数はいずれの症候群にも分類されません。そこで特定の急性脳症症候群に当てはまる患者さんと当てはまらない患者さん(=その他の急性脳症)に分けて、その特徴を比較しました。すると、その他の急性脳症と比べて、急性脳症症候群では回復の程度が明らかに悪いことがわかりました。つまり急性脳症症候群はその他の急性脳症と比べて重症化する傾向があるということになり、このような結果が統計学的解析によって裏付けられたのはこれが初めてです。

図3. 急性脳症症候群とその他の急性脳症における回復の程度の比較
図3 急性脳症症候群とその他の急性脳症における回復の程度の比較

研究の意義

  • 1) 我が国ではインフルエンザなどのウイルス感染症に伴う小児の急性脳症が多いことが知られていますが、欧米では発生が少ないためこの病気は医療関係者の間でもあまり知られておらず、このことがウイルス関連急性脳症に関する研究が進まない原因の一つになっています。今回の研究成果が国際的な医学雑誌に掲載されたことにより、専門家の間でウイルス関連急性脳症に対する理解が深まることが期待されます。
  • 2) インフルエンザなどの一部の例外を除き、年間に何人のこどもがウイルス感染症にかかっているかを示す正確なデータはありません。これに対してCOVID-19ではこの研究の実施期間中の正確な患者数が集計されていることから、急性脳症の発生率を予測しやすいというメリットがあります。
  • 3) ウイルス関連急性脳症の中でも特徴的な臨床・画像所見を示す急性脳症症候群は重症化する傾向が明らかになったことから、今後はこれらの症候群を重点的に研究することで、より多くの患者様を救うことができるようになることが期待されます。

今後の課題

ウイルス関連急性脳症の原因は未だに不明であるため、有効な治療方法は確立されていません。今後は今回の研究では調査できなかった治療内容についてもデータを集め、新しい治療法の開発に向けたエビデンスを集めていかなければなりません。また小児に対するワクチン接種が急性脳症の予防につながるかどうかについても検討が必要です。私たちは今後もCOVID-19に関連する急性脳症の調査を継続し、その結果を皆様に発信し続けたいと考えています。さらにこのような研究を進めていくためには、COVID-19をはじめとするウイルス感染症に伴う急性脳症の患者登録システムを作るなど、データを効率的に集めるための体制づくりが必要です。

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