東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2023年7月3日
細胞膜研究グループ⼩松⾕啓介研究員らの共同研究グループは「マラリア原⾍とヒトの概⽇リズムの同調メカニズムを発⾒」についてProceedings of National Academy of Sciences of United States of America に発表しました。

マラリア原⾍とヒトの概⽇リズムの同調メカニズムを発⾒
―発症の分⼦機構を阻害する、新規抗マラリア薬の開発に期待―


<論文名>
“Coordination of apicoplast transcription in a malaria parasite by internal and host cues”
<発表雑誌>
Proceedings of National Academy of Sciences of United States of America(⽶国科学アカデミー紀要)」
DOI:10.1073/pnas.2214765120

要点

  • マラリア原⾍が感染後、宿主ヒトの概⽇リズムと同期する仕組みを解明。
  • マラリア原⾍は⾎中メラトニンの感知により⾃⾝のリズムをヒトに同期させることを発⾒。
  • マラリア発症の分⼦機構を標的とした、新規抗マラリア薬開発に期待。

概要

東京⼯業⼤学 科学技術創成研究院 化学⽣命科学研究所の⼩林勇気助教(研究当時。筆 頭著者)、今村壮輔准教授(研究当時。現 ⽇本電信電話株式会社(NTT) 宇宙環境エネルギー研究所 特別研究員)、⽥中寛教授(責任著者)、当研究所 細胞膜研究グループの⼩松⾕啓介研究員(筆頭著者と同等貢献)、東京⼤学⼤学院 医学系研究科の野崎智義教授、渡邊洋⼀准教授、マレーシア・サバ⼤学の佐藤恵春准教授、イギリス・ジョンイネス研究所の Antony N. Dodd 教授、⻑崎⼤学⼤学院 熱帯医学・グローバルヘルス研究科の北潔教授らの研究グループは、ヒト体内で概⽇リズム(⽤語 1)制御に関わるホルモンであるメラトニン(⽤語 2)が、熱帯熱マラリア原⾍(Plasmodium falciparum, ⽤語 3)の増殖に必須で固有のゲノムを持つ細胞内⼩器官、アピコプラスト(⽤語 4)における遺伝⼦発現を活性化することを発⾒した。

私たちヒトは 24 時間周期で振動する概⽇リズムを持ち、マラリア原⾍も独⾃の概⽇リズムを持っている。しかし、感染前には別々に振動していた各々のリズムが、感染後に同調して周期的なマラリアの症状を引き起こす仕組みはこれまで理解されていなかった。今回の発⾒で、ヒトとマラリア原⾍のリズム同調に関わるメカニズムの⼀つが明らかになり、この情報伝達のかく乱もしくは阻害による抗マラリア薬開発の可能性が⽰された。この研究成果は、7⽉3⽇付の「Proceedings of National Academy of Sciences of United States of America(⽶国科学アカデミー紀要)」に Web掲載された。

背景

マラリアは蚊により媒介されるマラリア原⾍により引き起こされる重篤な感染症であり、熱帯地域を中⼼に年に2億⼈以上が感染し、今でも数⼗万⼈の命が毎年マラリアにより失われている。そのため、マラリアの感染防⽌や治療は世界的に喫緊の課題となっている。マラリアに感染すると、患者は周期的な悪寒や発熱、頭痛や疲労感に苦しむことが知られている。患者さんに訪れるこの周期的な苦しみは、体内に⼊ったマラリア原⾍の増殖周期が、ヒトの持つ概⽇リズムと同調し、体内で周期的に⼀⻫に増殖することによる。この同調のメカニズムには、概⽇リズムを全⾝の細胞に伝える役割を持つ⾎中ホルモンであるメラトニンが関わるのではないかと考えられてきた。実際、ヒトとマラリア原⾍のそれぞれが独⾃にもつ概⽇リズムを乱すと、感染したマラリア原⾍の増殖や伝播が阻害されることがわかっている。すなわち、このようなリズムの発⽣やその同調に関する分⼦機構を理解することは、その分⼦を標的としたマラリア治療の開発につながる可能性がある。

研究成果

アピコプラスト(図 1)はマラリア原⾍や近縁の寄⽣性原⾍細胞内に⾒つかる細胞内⼩器官であり、マラリア原⾍の増殖に必須な機能を有している。アピコプラストのゲノムにコードされた遺伝⼦の転写にはバクテリア型の RNA ポリメラーゼが関わっており、今回の研究では、このRNAポリメラーゼの転写開始に必須なタンパク質であるシグマ因⼦ (⽤語 5)(ApSigma)が熱帯熱マラリア原⾍の核ゲノムにコードされていることを発⾒した。また、メラトニンの存在がこの遺伝⼦の発現を活性化し、それに伴いアピコブラストゲノムにコードされる遺伝⼦の発現も活性化されることを明らかとした。すなわち、周期的に体内で⽣じるメラトニン分泌がスイッチとなり、そのタイミングでマラリア原⾍が活性化するため、ヒトの概⽇リズムとマラリア原⾍の活性周期が同調すると考えられる。

図1
図1 GFP(緑⾊蛍光タンパク質)を発現させることでアピコプラスト(緑)を可視化した熱帯熱マラリア原⾍の顕微鏡像

具体的な実験内容は、下記の通りである。まず、熱帯熱マラリア原⾍を in-vitro(試験管内)のメラトニンのない環境で培養すると、核ゲノムやアピコプラストゲノムにコードされた遺伝⼦群は⼀定のリズムの下に発現する。ここにメラトニンを加えると、ApSigmaをコードする核遺伝⼦(apSig)の発現が上昇し、それに呼応してアピコプラストゲノムにコードされる遺伝⼦の発現上昇が観察された(図2)。この結果は、ヒトの概⽇リズムが⾎中のホルモン(メラトニン)を介してアピコプラストの遺伝⼦発現に働きかけ、宿主ヒトとマラリア原⾍の概⽇リズムの同調に関わることを⽰唆している。メラトニンの作⽤機作としては、マラリア原⾍の表層にあるメラトニンレセプターで感知されたのち、細胞内セカンドメッセンジャーであるサイクリック AMP を介したシグナル伝達系により apSig 遺伝⼦発現を活性化していることが⽰された(図2)。

図2
図2. 宿主ヒトとマラリア原⾍の概⽇リズムの統合メカニズム

社会インパクト

マラリア原⾍が感染後、ヒトの概⽇リズムと同期して周期的なマラリアの症状を起こす仕組みの理解を深め、この制御系を標的にすることで新規抗マラリア薬が開発できる可能性がある。

今後の展開

マラリア原⾍のアピコプラストは固有のゲノムを持ち、イソプレノイドの合成など原⾍の増殖に必須な機能を持っていることから、抗マラリア薬開発の標的として注⽬されてきた。マラリアの症状が周期的に起こることからも、宿主ヒトと原⾍のリズムの同期は感染症の重篤性に深く関わる可能性が⽰唆されており、今回明らかとなったメカニズムの阻害は新規抗マラリア薬開発の標的候補となると考えられる。

付記

本研究は⽂科省/⽇本学術振興会 科学研究費助成事業(20K06638)、⼤隅科学技術創成財団研究助成、東京⼯業⼤学研究院 WRHI プログラム、BBSRC (UK) Institute Strategic Program 等のサポートにより実施された。

【参考情報】

植物の細胞も固有の概⽇リズムをもち、そのリズムは細胞核を中⼼とした分⼦機構で⽣成されており、葉緑体にその時間情報が伝えられる分⼦機構は⻑らく知られていなかった。2013 年に本論⽂の共著者でもある Antony N. Dodd 博⼠を中⼼とした研究グループは、モデル植物シロイヌナズナでの核ゲノムにコードされる葉緑体シグマ因⼦ SIG5 遺伝⼦の発現が概⽇リズムに従って振動し、それにより時間情報が葉緑体に伝えられていることを証明した[参考⽂献]。このように、植物葉緑体と、そこから⻑い時間をかけて進化したマラリア原⾍アピコプラストの両⽅で、概⽇リズムによる時間情報が核ゲノムコードのシグマ因⼦によりオルガネラに持ち込まれる分⼦機構が保存されていることは、その進化の観点からも⾮常に興味深い発⾒といえる。

【参考⽂献】

Noordally, Z. B. et al. Circadian Control of Chloroplast Transcription by a Nuclear-Encoded Timing Signal. Science 339, 1316‒1319 (2013).

【用語説明】

(1) 概⽇リズム:
多くの⽣物に内在する⽇周変動サイクルであり、約 24 時間の周期をもつことから概⽇リズムと呼ばれる。
(2) メラトニン:
体内の概⽇リズムに従って松果体で作られるホルモンであり、⾎中濃度の変動により整体リズム、睡眠や抗酸化活性の⽇周リズムをコントロールしていると考えられている。
(3) マラリア:
マラリア原⾍には三⽇熱マラリアを引き起こす Plasmodium vivax、四⽇熱マラリアを引き起こす Plasmodium malariae、卵形マラリアを引き起こす Plasmodium ovale、熱帯熱マラリアを引き起こす Plasmodium falciparum などがあり、本研究で対象としているのは最も重篤なマラリアを引き起こす熱帯熱マラリア原⾍である。
(4) アピコプラスト:
マラリア原⾍や近縁の寄⽣性原⾍細胞内に⾒つかる四重膜に囲まれたオルガネラであり、その中に固有の環状ゲノムをもっている。このゲノム配列が真核藻類の葉緑体ゲノムと似ていることから、アピコプラストは藻類が別の真核細胞に内部共⽣した⼆次共⽣に由来すると考えられている。アピコプラストはイソプレノイドの合成など、マラリア原⾍の増殖に必須の機能を果たしていることが知られている。
(5) シグマ因⼦:
バクテリア型の RNA ポリメラーゼは3ないし4種のタンパク質からなる RNA 合成活性をもつコア酵素、およびコア酵素にプロモーターからの転写開始特異性を与えるシグマ因⼦からなっている。植物の葉緑体はシアノバクテリアの細胞内共⽣に由来するが、共⽣後、RNA ポリメラーゼ遺伝⼦のうちシグマ因⼦の遺伝⼦が核ゲノムに移⾏することで、細胞核が葉緑体転写をコントロールする制御構造が構築されたと考えられている。

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