東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2023年12月22日
学習記憶プロジェクトの宮下知之 主席研究員と齊藤実 副所長らの研究グループは、「グリア細胞による感覚情報の伝達と入力制御機構の発見」について Science に発表しました。

グリア細胞による感覚情報の伝達と入力制御機構の発見

当研究所 学習記憶プロジェクト 宮下 知之 主席研究員と齊藤 実 副所長らの研究グループは、嫌悪感覚情報がグリア細胞(注1)により記憶中枢に伝達されることを発見しました。

この研究成果により、神経細胞が担うとされてきた感覚情報の伝達がグリア細胞によっても行われることが明らかになるとともに、記憶中枢の特定の神経細胞に記憶情報がコードされる仕組みがわかりました。本研究を契機としてグリア細胞によるユニークな嫌悪情報の伝達機構がさらに解明されることで、グリア細胞の関与が示唆される精神神経疾患の診断・治療の開発へと繋がることが期待されます。

研究成果は、2023年12月21日14時(米国東部時間)に米国科学雑誌『Science』にオンライン掲載されました。

<論文名>
“Glia transmit negative valence information during aversive learning in Drosophila
(グリア細胞が嫌悪学習において嫌悪価値情報を伝達する)
<発表雑誌>
Science
DOI:doi.org/10.1126/science.adf7429
URL:https://doi.org/10.1126/science.adf7429 target_blank

グリア細胞には情報伝達機構の維持管理と情報伝達の調節修飾といった二つの重要な役割が知られています。今回筆者らはこれら二つに加えて、グリア細胞が神経細胞同様、情報伝達の本体として働き、嫌悪学習の成立に必要な嫌悪感覚情報を伝達するといった第三の役割を持つことをショウジョウバエで初めて明らかにしました。

匂いと電気ショックなどの嫌悪刺激を組み合わせた嫌悪性匂い連合学習を行うと、ショウジョウバエでは匂い感覚情報と嫌悪感覚情報がキノコ体という脳の記憶中枢の神経細胞に入力して嫌悪性匂い記憶情報が形成されます。筆者らは嫌悪感覚情報が神経細胞でなくキノコ体を取り囲むグリア細胞から放出されるグルタミン酸により、キノコ体の神経細胞に伝達されることを発見しました。さらに嫌悪感覚情報は全てのキノコ体神経細胞に入力するわけでなく、NMDA受容体(注2)の働きにより、匂い刺激に対して応答したキノコ体神経細胞に対してのみ選択的に入力することが分かりました。従来の学習モデルでは、嫌悪感覚情報はドーパミン(注3)神経細胞から放出されるドーパミンによりキノコ体神経細胞に伝達されると考えられていました。しかし、筆者らの研究から嫌悪刺激により放出されるドーパミンも、実はグリア細胞から放出されたグルタミン酸によりドーパミン神経細胞のカイニン酸受容体(注4)が活性化されて起こるものであり、こうして放出されたドーパミンはむしろ不必要な学習の成立を抑制することも分かりました。

現在、各種精神神経疾患とグリア細胞の機能障害との関わりが示唆されています。本研究を契機としてグリア細胞による情報伝達機構がさらに解明されることで、精神神経疾患とグリア細胞との新たな関わりが明らかになり、診断・治療の開発へと繋がることが期待されます。

注1:グリア細胞
神経細胞と共に脳を構成する主要な細胞。神経細胞と異なり活動電位を発生しない。グリアはギリシャ語で膠(にかわ)を意味し、当初は神経細胞間の隙間を埋めるものと考えられていた。
注2:NMDA受容体
グルタミン酸受容体の一つ。NMDA受容体を発現している神経細胞が活性化している状態でグルタミン酸が結合するとCa2+による情報入力が起こる(活性化していない状態ではグルタミン酸が結合してもCa2+による情報入力が起こらない)。この生理学的特徴から学習記憶に必須役割を担うと考えられている。
注3:ドーパミン
ドーパミン神経細胞から放出される神経伝達物質。学習、運動、覚醒、注意など多様な役割を担う。嫌悪性連合学習においてはドーパミン神経細胞が罰(嫌悪)の情報を伝達することで学習を強化すると考えられている。
注4:カイニン酸受容体
グルタミン酸受容体の一つ。NMDA受容体と異なり発現している神経細胞の状況によらずグルタミン酸が結合すると活性化される。
参考図
参考図
嫌悪刺激(電熱、電気ショック、苦みなど)を受けるとグリア細胞からグルタミン酸(Glu)がキノコ体神経細胞のNMDA受容体(NMDAR)と、ドーパミン神経細胞のカイニン酸受容体(KAR)に広く放出される。ドーパミン神経細胞はカイニン酸受容体がグルタミン酸により活性化されることでドーパミンをキノコ体神経細胞に放出する。キノコ体では特定の匂い刺激に対して散発的に特定のキノコ体神経細胞が応答する。匂い刺激に応答しなかった多くのキノコ体神経細胞(左)ではマグネシウム(Mg2+)がNMDA受容体に蓋をしているため、グリア細胞から放出されたグルタミン酸がNMDA受容体に結合してもNMDA受容体を介して流入するCa2+による嫌悪感覚情報の入力が起こらない。さらに、嫌悪刺激により放出されたドーパミンだけを受け取るキノコ体神経細胞では学習の成立が阻害される。一方、匂い刺激に応答したキノコ体神経細胞(右)ではマグネシウムによる蓋が取れ、NMDA受容体を介して流入したCa2+により、嫌悪感覚情報が入力して匂い感覚情報と連合するため連合学習が起こり、こうしたキノコ体神経細胞ではドーパミンより学習が強化される。

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