東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2023年4月29日
フロンティア研究室・平井志伸主席研究員(脳代謝制御グループ)、岡戸晴生シニア研究員らは「統合失調症、双極性障害、アルツハイマー病における疾患特異的な脳毛細血管障害」についてJournal of Psychiatric Research に発表しました。

統合失調症、双極性障害、アルツハイマー病における疾患特異的脳毛細血管障害

フロンティア研究室で脳代謝制御グループを主宰する平井志伸主席研究員、岡戸晴生シニア研究員らは、精神・神経疾患患者の死後脳を解析し、「統合失調症、双極性障害、アルツハイマー病における疾患特異的な脳毛細血管障害」を同定解析しました。本研究成果は、Journal of Psychiatric Research誌に発表されました。

<論文名>
“Disease specific brain capillary angiopathy in schizophrenia, bipolar disorder, and Alzheimer’s disease”
(統合失調症、双極性障害、アルツハイマー病における疾患特異的脳毛細血管障害)
<著者名>
Shinobu Hirai, Atsuhiro Sakuma, Yasuto Kunii, Hiroko Shimbo, Mizuki Hino, Ryuta Izumi, Atsuko Nagaoka, Hirooki Yabe, Rika Kojima, Erika Seki, Nobutaka Arai, Takashi Komori, Haruo Okado
<発表雑誌>
Journal of Psychiatric Research
DOI: 10.1016/j.jpsychires.2023.04.011

発表のポイント

  • 精神疾患(双極性障害、統合失調症、アルツハイマー病)の死後脳において、脳毛細血管にフィブリンが蓄積するという、特徴的な脳毛細血管障害を見出した。さらにその病変が双極性障害では白質、統合失調症では白質と灰白質、アルツハイマー病ではさらに血管破綻が随伴する、という疾患による特徴も見出した。
  • 上記の初見は、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患では見られなかった。
  • これらの発見により、精神疾患の病態機序の解明、新たな予防・治療法の開発につながると考えられる。

研究の背景

脳発達における栄養の重要性に着目し、精神疾患に関連する変異マウス(Glo1ヘテロ欠損マウス、あるいはDisc1ヘテロ部分欠損マウス)の思春期にショ糖過多食を与えることで、精神疾患様の行動、脳波異常を示すこと、その脳組織解析から毛細血管内皮細胞の管腔側にフィブリンが沈着するという特徴ある脳毛細血管障害を発見しました。この脳毛細血管障害は、統合失調症と双極性障害の患者死後脳でも検出され、新たな精神疾患の表現型であることを示しました。さらに一連の病態メカニズムは、脳毛細血管異常に起因する脳内へのグルコース取り込み不全にあることを提案しました (平井ら、Science advances, 2021)。今回、この脳毛細血管異常が、精神疾患に特異的なものか、あるいは非特異的なのか明らかにするために、他の精神・神経疾患であるアルツハイマー病、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症と共に比較解析しました。

研究内容

精神・神経疾患の死後脳の背外側前頭前野を血管のマーカー(トマトレクチン)とフィブリノーゲン/フィブリン抗体で蛍光二重染色し、以下の結果を得ました(図1)。

(1)
双極性障害、統合失調症、アルツハイマー病の患者死後脳で、血管内皮細胞の管腔側にフィブリンが沈着するという特徴的な脳毛細血管障害を同定しました。
(2)
このフィブリン沈着型脳毛細血管障害は、双極性障害では白質に見られ、灰白質では見られませんでした。統合失調症では、白質に加えて灰白質でも見られました。アルツハイマー病では、白質、灰白質で見られ、それらに加えて血管の破綻所見が加わっていました。
(3)
パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症などの神経疾患ではこの特徴的な脳毛細血管障害は検出できませんでした。
(4)
  • 双極性障害、統合失調症、アルツハイマー病に共通してフィブリン蓄積タイプの脳毛細血管障害が同定され、これらの疾患には認知機能障害が共通することから、この特徴的な脳毛細血管障害が認知機能障害の病態に関与することが示唆されました。アルツハイマー病は、それに加え血管破綻所見を示し、これが、進行性、不可逆性、重篤性と対応する可能性があります。
  • これまで双極性障害、統合失調症に特徴的な脳病理所見はほとんど報告されていません。今回の成果は、血管破綻のないフィブリン蓄積タイプの脳毛細血管障害が、双極性障害、統合失調症に特徴的な脳病理所見であることを示しています。前者が白質病変のみであり、後者はそれに加えて灰白質病変を示し、後者の進行性、重篤性と対応していることが推察されます。
  • また、アルツハイマー病は精神疾患と共に神経疾患に分類されますが、双極性障害、統合失調症と同様の脳毛細血管異常を示すことと、臨床症状の類似性から、精神疾患により近縁と推察されます。
図1.精神・神経疾患における脳毛細血管の特徴的な障害
図1.精神・神経疾患における脳毛細血管の特徴的な障害

社会的意義・今後の展望

双極性障害、統合失調症、アルツハイマー病に共通する脳毛細血管障害を同定し、これらの疾患には認知機能低下があること、幻覚妄想症状が出現しうることが共通しています。上記の疾患は、これまで客観的な診断、有効な予防、治療法が不十分でした。この脳病理所見の発見がこれら疾患の病態解明に貢献するともに、脳の毛細血管の異常を生体で検出する技術の開発、血管障害の予防、治療法の開発がこれらの疾患の克服に寄与することが期待されます。

<用語>

(注1)双極性障害
思春期に発症し、うつ状態と躁状態をくりかえす疾患。認知機能低下も認められる。重篤な場合幻覚妄想状態になることもある。うつ病と共に気分障害に分類される発症率が1%程度の遺伝的要因と環境的要因の強い精神障害。
(注2)統合失調症
思春期に発症し、多くの場合幻覚妄想状態となり、認知機能低下が認められる発症率が1%程度の遺伝的要因と環境的要因の強い精神障害。最近、双極性障害とゲノムの特徴が類似していることが明らかになりつつある。
(注3)アルツハイマー病
老年期に発症し、認知機能低下が進行性、不可逆性である。幻覚妄想状態を示すこともある。組織学的にはアミロイドプラークの沈着を特徴とする60歳以上で4%程度の精神疾患である。進行性の神経細胞の脱落があり、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症とともに神経変性疾患とも言われる。

本研究は、当研究所の精神行動医学研究分野のフロンテイア研究室・脳代謝制御グループ、睡眠プロジェクト、また神経病理解析室、及び、都立神経病院、福島県立医大、東北大学との共同研究です。

<本研究の主な助成事業>

This work was supported by JST FOREST Program (JPMJFR2169 to S.H.), the Japan Society for the Promotion of Science (KAKENHI grants 18K14832 to S.H. and 22H02729 to H.O.), the Strategic Research Program for Brain Sciences from Japan Agency for Medical Research and Development (JP22dm0207074 to Y.K. and JP22wm0425019 to H.Y.) and the Grant-in-Aid for Scientific Research on Innovative Areas from the Ministry of Education, Culture, Sports, Science, and Technology of Japan (JP21H00180 to Y.K.).

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