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2024年1月5日
社会健康医学研究センターの西田淳志センター長、東京大学(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授らの研究グループは、「思春期の脳とこころの不調の予防にいじめの防止が重要」について Molecular Psychiatryに発表しました。

思春期の脳とこころの不調の予防にいじめの防止が重要

論文タイトル:
“Longitudinal trajectories of anterior cingulate glutamate and subclinical psychotic experiences in early adolescence: The impact of bullying victimization”
著者名:
Naohiro Okada*, Noriaki Yahata, Daisuke Koshiyama, Kentaro Morita, Kingo Sawada, Sho Kanata, Shinya Fujikawa, Noriko Sugimoto, Rie Toriyama, Mio Masaoka, Shinsuke Koike, Tsuyoshi Araki, Yukiko Kano, Kaori Endo, Syudo Yamasaki, Shuntaro Ando, Atsushi Nishida, Mariko Hiraiwa-Hasegawa, Richard A.E. Edden, Akira Sawa, Kiyoto Kasai (*責任著者)
発表雑誌:
Molecular Psychiatry
DOI:10.1038/s41380-023-02382-8
URL:https://www.nature.com/articles/s41380-023-02382-8

発表のポイント

  • 思春期早期の2時点において、脳内の神経伝達物質の機能が低いとこころの不調が多く、また2時点の変化(差)として、神経伝達物質機能がより低くなるとこころの不調がより多くなることを明らかにしました。さらに脳内の神経伝達物質機能は、いじめ被害があると低く、いじめ被害を受けた児においては、援助を求める傾向がある場合に高いことを明らかにしました。
  • 思春期の複数時点におけるこころの不調と脳内の神経伝達物質機能との関連を明らかにし、さらに、一般的に経験される環境による感情・社会的ストレスと脳内の神経伝達物質機能との関係を解明した、はじめての研究です。
  • 思春期のこころの不調の背景に脳機能変化があり、その変化にいじめ被害という社会的ストレスが関与することから、予防的ないじめ対策や精神保健支援の重要性を示唆します。
思春期の脳とこころの不調の予防にいじめの防止が重要

概要

東京大学 国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)の岡田直大特任准教授、東京大学 大学院医学系研究科精神医学分野/医学部附属病院精神神経科の笠井清登教授(WPI-IRCN 主任研究者)、当研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長らの研究グループは、思春期児を対象としたコホート研究である東京ティーンコホート調査(注1)に参加した約3,000名のうち200名強を対象として、磁気共鳴画像法(MRI、注2)による磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS、注3)の撮像を実施し、思春期早期の2時点(時点1:平均11.5歳、時点2:13.6歳)において、前部帯状回(注4)のグルタミン酸機能(注5)が低いと、精神病体験(注6)が多いことを明らかにしました。また2時点の変化(差)として前部帯状回のグルタミン酸機能がより低くなると、精神病体験がより多くなることを見出しました。さらに前部帯状回のグルタミン酸機能は、いじめ被害があると低く、いじめ被害を受けた児においては援助を求める傾向がある場合に高いことを明らかにしました。

思春期の複数時点における精神病体験の多さと脳内のグルタミン酸機能の低下との関連を明らかにし、さらに、一般的に経験される環境による感情・社会的ストレスと脳内のグルタミン酸機能の低下との関係を解明した、はじめての研究です。思春期のこころの不調の背景に脳機能変化があり、その変化にいじめ被害という社会的ストレスが関与することから、予防的ないじめ対策や精神保健支援の重要性が示唆されます。

なお本研究の成果は、2024年1月5日(金)(英国時間)に、英国科学誌「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されました。

発表内容

図1:MRS関心領域(模式図)
図1:MRS関心領域(模式図)

<研究の背景>

これまでの研究で、統合失調症(注7)の早期段階において、前部帯状回におけるグルタミン酸機能の低下が報告されていました。しかし、統合失調症発症のリスクが高い群における前部帯状回のグルタミン酸機能の変化や、思春期においてよく経験される環境による感情・社会的ストレスが前部帯状回のグルタミン酸機能に及ぼす影響は不明でした。

<研究内容>

本研究では、思春期児を対象としたコホート研究である東京ティーンコホート調査に参加した約3,000名のうち200名強を対象として、MRIを用いて関心領域を前部帯状回とするMRSの撮像(図1、関心領域は赤枠四角)を2時点(間隔を約2年に設定)で実施し、グルタミン酸機能を評価しました。また東京ティーンコホート研究で収集したデータセットから、2時点(間隔を約2年に設定)における精神病体験の程度と、1時点目におけるいじめ被害の有無および援助を求める態度の有無を同定しました。なお、思春期における精神病体験は、統合失調症の発症のリスク因子であることが知られています。

図2:グルタミン酸機能と精神病体験との関連
図2:グルタミン酸機能と精神病体験との関連
図3:いじめ被害・援助を求める態度とグルタミン酸機能との関連
図3:いじめ被害・援助を求める態度とグルタミン酸機能との関連

まず精神病体験の程度と前部帯状回におけるグルタミン酸機能を調べたところ、2時点(時点1:平均11.5歳、時点2:13.6歳)において、前部帯状回のグルタミン酸機能が低いと、精神病体験が多いことを明らかにしました(図2a, b)。また1時点目から2時点目にかけて前部帯状回のグルタミン酸機能が低くなると、精神病体験が多くなることを見出しました(図2c)。

さらに、いじめ被害および援助を求める態度が前部帯状回のグルタミン酸機能に及ぼす影響を調べたところ、前部帯状回のグルタミン酸機能はいじめ被害があると低く、いじめ被害を受けた児においては援助を求める傾向がある場合に高いことを明らかにしました(図3)。

最後に、いじめ被害、援助を求める態度、前部帯状回のグルタミン酸機能、精神病体験の関連をモデル解析し、いじめ被害が精神病体験に及ぼす影響を確認しました。

<今後の展望>

本研究は、思春期の複数時点における精神病体験の多さと前部帯状回におけるグルタミン酸機能の低下との関連を明らかにし、さらに、一般的に経験される環境による感情・社会的ストレスと前部帯状回のグルタミン酸機能の低下との関係を解明した、はじめての研究です。

本研究により、思春期において経験されるいじめ被害などの感情・社会的ストレスが精神病体験の生じやすさにつながる、その脳神経メカニズムへの理解が深まると考えられます。

思春期は脳やこころの発達にとって重要な時期である一方、こころの不調をきたしやすい時期でもあります。いじめを防止する取り組みや、いじめ被害を受けた場合でも一人で悩まずに援助を求めやすい環境づくりが、思春期における脳やこころの健康な発達を支えることにつながると考えられます。

発表者・研究者等情報

  • 岡田 直大(東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)特任准教授)
  • 笠井 清登(東京大学大学院医学系研究科 精神医学分野・医学部附属病院 精神神経科 教授/東京大学国際高等研究所 ニューロインテリジェンス国際研究機構(WPI-IRCN)主任研究者)
  • 西田 淳志(東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センター センター長)

研究助成

本研究成果は、以下の支援によって行われました。

  • MEXT/JSPS科学研究費補助金(JP21K15709, JP22H04926, JP22H05211, JP16H06398, JP16H06395, JP16H06399, JP16K21720, JP16H06280, JP17H04244, JP21H05171, JP21H05174)
  • 国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 戦略的国際脳科学研究推進プログラム (JP18dm0307001, JP18dm0307004), 革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(JP19dm0207069)
  • JSTムーンショット型研究開発事業(JPMJMS2021)
  • 米国国立衛生研究所(MH-094268 Silvio O. Conte Center, MH-092443, MH-105660)

用語解説

(注1)東京ティーンコホート調査:
東京大学・総合研究大学院大学・東京都医学総合研究所の3つの機関が連携して行っている東京都居住の思春期対象者が参加する大規模な疫学研究です。東京都内の3つの自治体の住民基本台帳を用いて、平成14年9月1日から平成16年8月31日までの間に生まれた子がいる世帯を無作為に抽出し、連絡を取ることができた世帯のうち、長期間にわたる繰り返しの研究へ参加することへの協力が得られた3,171世帯が対象となりました。そのため、東京ティーンコホート調査の対象者は、一般人口集団に由来しています。東京ティーンコホート調査では、心理学的状態、認知機能、社会学的背景、および身体に関する尺度といったさまざまな情報を、参加者とその親より取得しています。東京ティーンコホートのウェブサイト(http://ttcp.umin.jp)で詳細をご覧いただけます。
(注2)磁気共鳴画像法(MRI):
MRIはMagnetic Resonance Imagingの略です。磁気を利用して体内を撮像し、放射線被ばくがなく安全な検査装置であり、医療現場で広く利用されています。脳のMRIに関しては、特定の部位の体積などの値を求めるための構造画像のほか、機能的活動をとらえる機能画像や、脳内の代謝物質の濃度を測定する磁気共鳴スペクトロスコピー(注3)など、複数の種類の撮像法があります。
(注3)磁気共鳴スペクトロスコピー(MRS):
MRSはMagnetic Resonance Spectroscopyの略です。生体組織内における化学物質の組成(濃度)を知ることができる技術です。
(注4)前部帯状回:
脳の部位の一つで、情動処理や社会性、認知機能に関与することが知られています。
(注5)グルタミン酸機能:
グルタミン酸は、脳内に存在する代表的な興奮性の神経伝達物質で、ヒトや動物の知性、情動、意思を調節する物質の一つです。グルタミン酸機能の異常がこころの不調の一因となりうることが、知られています。なおグルタミン酸はグルタミンから合成され、これらは分子構造が似ているため、磁気共鳴スペクトロスコピーを用いたグルタミン酸のみの濃度の正確な測定は、通常難しいと考えられています。このため本研究の解析においてはグルタミン酸+グルタミンの濃度を測定し、この濃度を、グルタミン酸機能を示す指標として取り扱いました。
(注6)精神病体験:
幻覚(例:他の人には聞こえない声を聞く)、妄想(例:誰かに後をつけられたと感じる)、思考形式の障害(例:心の中を誰かに読み取られる)を特徴とする体験です。精神病体験は、統合失調症(注7)等の精神疾患を有する患者さんのみならず、一般の思春期児においても、一定の割合で認められることが知られています(Nishida et al., Schizophr Res 2008, DOI: 10.1016/j.schres.2007.11.038)。
(注7)統合失調症:
およそ100人に1人が発症する精神疾患です。思春期青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲・感情の出づらさなどの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどります。社会的機能の低下を生じ、働くことが困難で自宅で闘病する患者さんが多いだけでなく、日本では精神疾患を有する患者さんの長期入院例の約70%が統合失調症です。

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