東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2024年11月4日
幹細胞プロジェクト鈴木輝彦主席研究員、東京薬科大学生命科学部、鳥取大学医学部、および東京科学大学生命理工学院の研究グループは、「ヒト21番染色体部分モノソミーiPS 細胞の作製に成功~ヒト染色体欠失症やダウン症の機序解明や治療標的発見への応用を期待~」について Genes to Cells に発表しました。

ヒト21番染色体部分モノソミーiPS細胞の作製に成功
~ヒト染色体欠失症やダウン症の機序解明や治療標的発見への応用を期待〜

幹細胞プロジェクトの鈴木輝彦主席研究員と、東京薬科大学生命科学部応用生命科学科 冨塚一磨教授、宇野愛海助教、鳥取大学医学部生命科学科/染色体工学研究センター 香月康宏教授、および東京科学大学生命理工学院 相澤康則准教授らの研究グループは、CRISPR/Cas9 によるゲノム編集を用いて、2コピ ーあるヒト 21番染色体のうち1コピーの長腕(21q)ほぼ全長(約 3360 万塩基対)を欠失した、21q モノソミーiPS 細胞の構築に世界で初めて成功しました。

相同染色体注1 の一方が部分的に欠失(モノソミー注2 化)した染色体欠失症注3 は、さまざまな症状を伴う希少疾患ですが、適切なモデル系がないため研究が進んでいませんでした。既存の方法において、メガベース(100 万塩基対)を超えるサイズの染色体欠失の効率は非常に低く、また染色体欠失細胞の単離には煩雑な工程が必要であったため、より高い効率で正確に、特定のヒト染色体領域を欠失させる簡便な技術の開発が求められていました。

今回、CRISPR/Cas9 注4 を介したメガベーススケールの染色体欠失により、選択培養なしに1ステップで部分モノソミーヒト iPS 細胞注5(iPSC)パネルを作製する、簡便かつ効率的な方法を開発しました。また本技術を用いて、ヒト 21番染色体注6 長腕(21q)上の全タンパク質コード遺伝子(211 個)を含む 21q の大部分(約 3360 万塩基対)の欠失に成功し、世界で初めて 21q モノソミーヒト iPS 細胞を樹立しました。さらに 21q モノソミーヒト iPS 細胞のトランスクリプトーム注7 およびプロテオーム解析注8 の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされる mRNA およびタンパク質の発現量は、概ね2倍体における発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償注9 が起こっていないことが示されました。本技術は、これまで困難とされてきた染色体欠失モデル細胞の構築を容易にすることで、染色体欠失症やダウン症などにおける多様な症状の原因遺伝子の解明や治療標的の同定に貢献すると期待されます。

本研究成果は、2024年11月4日にGenes to Cells 誌のオンライン版で公開されました。

  • 本成果は、以下の事業・研究 領域・研究課題によって得られました。
    AMED 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム(基礎応用研究課題)、AMED 革新的先端研究開発支援事業(LEAP)、AMED 生命科学・創薬研究支援基盤事業(BINDS)、JST CREST、生命創成探求センター共同研究(ExCELLS)などの支援を受けて行われました。
<論文タイトル>
“Generation of Monosomy 21q Human iPS Cells by CRISPR/Cas9-Mediated Interstitial Megabase Deletion” (RISPR/Cas9 を介したメガベース欠失によるモノソミー21q ヒト iPS 細胞の作製)
<発表雑誌>
Genes to Cells
DOI: 10.1111/gtc.13184
<論文著者名>
Masaya Egawa, Narumi Uno, Rina Komazaki, Yusuke Ohkame, Kyotaro Yamazaki, Chihiro Yoshimatsu, Yuki Ishizu, Yusaku Okano, Hitomaru Miyamoto, Mitsuhiko Osaki, Teruhiko Suzuki, Kazuyoshi Hosomichi, Yasunori Aizawa, Yasuhiro Kazuki*, Kazuma

研究成果のポイント

  • CRISPR/Cas9 を介したメガベーススケールの染色体欠失により、選択培養なしに1ステップで部分モノソミーヒト iPS 細胞パネルを作製する、簡便かつ効率的な方法を開発しました。
  • 本技術を用いて、ヒト 21 番染色体長腕(21q)上の全タンパク質コード遺伝子(211 個)を含む 21q の大部分(約 3360 万塩基対)の欠失に成功し、世界で初めて 21q モノソミーヒトiPS 細胞を樹立しました。
  • 21q モノソミーヒト iPS 細胞のトランスクリプトームおよびプロテオーム解析の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされる mRNA およびタンパク質の発現量は、概ね2倍体における発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償が起こっていないことが示されました。
  • 本技術は、これまで困難とされてきた染色体欠失モデル細胞の構築を容易にすることで、染色体欠失症やダウン症などにおける多様な症状の原因遺伝子の解明や治療標的の同定に貢献すると期待されます。
<参考図>
<参考図>
図1

研究の背景と経緯

ヒト2倍体細胞は2組の染色体を維持しており、これは増殖に不可欠です。一般に、それぞれ2本ある常染色体のうち1本、またはその長腕あるいは短腕全体を欠損するヒト細胞は生存できないとされています。一方染色体の部分的な欠損によって生じる染色体欠失は、重篤な臨床症状を伴いますが、この原因は、欠損し1コピーとなった(モノソミー化した)染色体領域に含まれる遺伝子の発現量が半分に低下することと考えられています。このように、生物学的、臨床的に重要な現象であるにもかかわらず、染色体欠失に関する研究はこれまでほとんど進んでいませんでした。その背景には、染色体の喪失が細胞に与える影響を研究するための適切なモデル細胞の作製が困難という事実がありました。正常2倍体細胞で染色体欠失を誘導するため、CRISPR/Cas9 を利用したゲノム編集技術をはじめ、さまざまな手法が試みられてきましたが、欠失効率は非常に低く、また薬剤耐性などで染色体欠失細胞を選抜する煩雑な工程が必要でした。そのため、より高い効率で正確に、かつ選択培養なしに特定のヒト染色体領域を欠失させる技術の開発が強く求められていました。

研究の内容

本研究では、CRISPR/Cas9 を介したメガベーススケールの染色体欠失により、部分モノソミーヒト iPS 細胞パネルを作製する簡便かつ効率的な方法を開発しました。まず 21 番染色体(HSA21)をモデルとして、HSA21 の長腕(21q)の大部分をカバーするさまざまな領域(4.5~33.6 Mb)を欠失させるガイド RNA(gRNA)をデザインしました。Cas9/gRNA-リボ核タンパク質(RNP)複合体をトランスフェクションした後、蛍光活性化セルソーティング(FACS)による単一細胞ソーティングを用いて、目的の欠失を持つ部分モノソミー21qiPS細胞を選択培養なしで高効率(0.6%から 18.6%)に単離しました(参考図 1、2)。それぞれの部分モノソミー21qiPS 細胞において、倍加時間は親細胞と同等であり、核型は極めて安定で、HSA21 以外の染色体は正常でした(参考図 3)。さらに驚くべきことに、21q 上の全タンパク質コード遺伝子(211 個)を含む 21q の大部分(33.6 Mb)の欠失にも成功し、世界で初めて 21q モノソミーヒト iPS 細胞が樹立されました(参考図 4)。部分モノソミー21qiPS 細胞のトランスクリプトームおよびプロテオーム解析の結果、モノソミー領域内の遺伝子によってコードされる mRNA およびタンパク質の発現量は、概ね2倍体発現レベルの半分であることが明らかとなり、転写および翻訳レベルでの遺伝子量補償が起こっていないことが示されました(参考図 5)

今後の展開

本研究で開発されたシンプルかつ効率的な染色体欠失誘導技術は、正常核型バックグラウンドに部分モノソミーを持つ、同一な遺伝的背景の(アイソジェニック)モデル細胞の作製に有用であり、染色体欠失の細胞への影響に関する新たな知見を得るために広く応用可能であると期待されます。具体的には以下①~④に示す展開が期待されます。

① 染色体欠失の発生過程における影響の解明:
分化多能性を有するヒト iPS 細胞を親株に用いているため、特定の染色体欠損が発生過程に与える影響を試験管内分化系によって調べることができます。ヒト 21 番染色体部分モノソミー症は、心臓障害、発達遅延、知的障害など様々な表現型を示す希少疾患であり、21q 上の欠失領域に関連する症状の原因遺伝子を同定するための貴重な研究資材となります。
② 細胞増殖に必須な配列のスクリーニング:
本技術によって、細胞増殖に必須な蛋白質コ ード領域および非コード領域の配列を系統的にスクリーニングすることが可能となり、合成生物学注10 の課題の一つであるヒトゲノムの最小化注11 に向けた研究が加速すると期待されます。
③ ヒト人工染色体(HAC)注12 の構築:
再生医療や遺伝子治療への応用が期待される HAC の構築が容易になります。私たちのグループが開発した HSA21 由来の HAC は、1 コピーでの安定維持や導入遺伝子のサイズに制限がないなど、遺伝子導入ベクターとしていくつかの利点があり、その有用性が実証されています。しかし、その構築は複雑で時間を要するプロセスです。所望の染色体領域を正確に欠失可能な本技術を用いて、臨床グレードのヒト iPS 細胞で HAC を構築できれば、その臨床応用が加速すると期待されます。
④ ダウン症研究および治療法の開発:
本技術は HSA21 の特定の染色体領域を正確に欠失させることができるため、ダウン症(21 番染色体トリソミー)に伴うさまざまな症状の原因遺伝子の解明と治療標的の同定、および新規治療法の開発に貢献すると期待されます。

<参考図>

図1
図2: CRISPR/Cas9 メガベース欠失による 21q 部分モノソミーiPS 細胞パネル作製の方法概略。
(上左)21q 領域全体(約 34 Mb)を欠失させるために設計されたガイド RNA(gRNA)ペアの位置が示されている。(下)Cas9 タンパク質と gRNA ペアからなる RNP 複合体を、エレクトロポレーションにより正常ヒト iPS 細胞に導入する。処理したヒト iPS 細胞を、非選択条件で標準的なフィーダ ーフリー条件下で培養する。細胞クローンを FACS により単離し、その後、目的の欠失の存在を確認するために、欠失部位の配列に特異的なプライマーペア(F-プライマーおよび R-プライマー)を用いた PCR 分析を行う(上右)。
図3
図3: 21q 部分モノソミーiPS 細胞の作製に使用された 9 つの gRNA 配列の HSA21 上の位置。
構築される 21q 部分モノソミーiPSC 細における欠失した染色体領域の長さと、その中に存在する遺伝子の数も示されている。
図4
図4: 21q のほぼ全長が欠失した 21q モノソミーiPS 細胞の作製。
(上)2種の 21q モノソミーiPS 細胞株(Δ21qE11、Δ21qD11A10)の G バンド解析の結果得られた核型が示されている。また各 iPS 細胞株における HSA21 の拡大図において、短縮した HSA21 が矢印によって示されている。(下)比較ゲノムハイブリダイゼーション(CGH)解析の全ゲノム、および 21 番染色体染色体(HSA21)の結果をそれぞれ示す。
図5
図5: モノソミー領域に存在する単一コピー遺伝子の mRNA 量は、21q 部分モノソミーiPS 細胞において約 50%減少している。
ヒートマップは、HSA21 上の 85 遺伝子の mRNA 量の倍率変化(底 2 の対数で表示)を、染色体上の位置(上:セントロメア、下:テロメア)に従って示している。値は右側のカラ ーのスケールバーを参照。左側の黒いバーは、各 21q 部分モノソミーiPS 細胞株において欠失する遺伝子を示す。さまざまな 21q 領域が欠失した 14 種の 21q 部分モノソミーiPS 細胞株のトランスクリプトーム解析の結果が示されている。

用語解説

注1:相同染色体
ヒト正常 2 倍体細胞は常染色体(1 番染色体から 22 番染色体)を 22 セット(44 本)と性染色体を 1 セット (X 染色体を 2 本、もしくは X 染色体と Y 染色体を各 1 本)保持し、全体で 46 本の染色体をもつ。各セット染色体の一方は母方から,もう一方は父方から受け継いだもので,この対になる染色体を相同染色体という。
注2:モノソミー、部分モノソミー
モノソミーは、2 倍体細胞において通常 2 本あるべき染色体のうち 1 本が欠けている状態を意味する。また欠けているのが染色体全体ではなく、部分的である場合、部分モノソミ ーと呼ばれる。
注3:染色体欠失症、部分モノソミー症
染色体の一部が欠失することによって、さまざまな身体的・精神的な問題が引き起こされる遺伝的な疾患群の総称。例えば、部分モノソミー21 は、21 番染色体長腕の様々な部位の欠失によって先天異常、発達遅滞、および知的障害をきたす。
注4:CRISPR/Cas9
バクテリアの獲得免疫機構を応用したゲノム編集技術。任意の DNA を特異的に認識するガイド RNA(gRNA)と、DNA2 本鎖切断活性を持つ Cas9 タンパク質の複合体によって、人為的に特定の DNA 配列を切断できる。切断後は細胞が持つ DNA 修復機構によって、切断されたDNA2 本鎖同士の結合が起こるが、その際に塩基配列の欠失や挿入が生じることが多い。本研究においては、染色体上で遠く離れた位置にある 2 つの部位を同時に切断すると、切断部位同士の結合によって、その間の配列が一定の頻度で欠失する現象を利用して大規模な染色体欠失を誘導している。
注5:ヒト iPS 細胞
ヒト体細胞に4種類の初期化誘導因子を導入することよって誘導される多能性幹細胞(induced pluripotent stem cell)。未分化な状態で無限に増殖可能であり、また試験管内で様々な種類の組織に分化する能力を持つ。山中伸弥博士らにより、2007 年に初めて報告された。
注6:ヒト 21 番染色体(HSA21)
ヒト 21 番染色体は、ヒトにおける最小の常染色体であり、全長約 4500 万塩基対、212 のタンパク質コード遺伝子を含む。通常 2 本ある染色体が 3 本存在することによって生じるトリソミー症候群のうち、最も発生頻度の高いダウン症候群患者は、主に 21 番染色体を 3本保持する。
注7:トランスクリプトーム解析
細胞内で発現している全ての RNA(トランスクリプトーム)を網羅的に解析する手法。
注8:プロテオーム解析
細胞や組織、臓器、あるいは生物全体における全てのタンパク質(プロテオーム)を同定し、解析するための技術。
注9:遺伝子量補償
遺伝子が発現する量が性別や染色体構成によって異なる場合、そのバランスを保つ仕組み。この現象の例としては、性別による遺伝子発現の不均衡の解消が挙げられる。
注10:合成生物学
生物の遺伝子、細胞や、より高次の生物システムを人工的に合成したり、改変したりすることを目指す研究領域。特定の生物の最小ゲノムを設計し、そのゲノムを人工的に合成する研究が進んでいる。
注11:ヒトゲノムの最小化
ヒトゲノムにおける、最小限の遺伝子セットや遺伝子構成を明らかにしようとする研究。ヒトにとって必要不可欠な遺伝子や機能的に重要な領域を特定し、それ以外の不要な部分を削減することが含まれる。生命の基本的な理解を深めるとともに、医療やバイオテクノロジーの分野での応用にもつながると期待される。
注12:ヒト人工染色体(HAC)
ヒト 21 番染色体から全ての遺伝子領域を削除し作製された改変染色体。21 番染色体由来セントロメアおよび人工テロメア、および外来遺伝子挿入部位で構成される。ヒト細胞において宿主ゲノムとは独立して安定的に維持されるベクターである。

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