東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2024年4月4日
ゲノム動態プロジェクトの笹沼博之プロジェクトリーダー、ゲノム医学研究センターの川路英哉副センター長らは、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社と共同で「アルコール代謝産物アセトアルデヒドは、DNAを傷つける」について Cell cycle に発表しました。

アルコール代謝産物アセトアルデヒドは、DNAを傷つける

ゲノム動態プロジェクト 笹沼 博之 プロジェクトリーダー及び同研究所 ゲノム医学研究センター 川路 英哉 副センター長らは、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社と共同で、アルコール代謝産物アセトアルデヒドは、DNAを傷つけることを発見しました。

世界保健機関(WHO)の最新の研究によると、全世界でがんと診断されたうち、約4%、75万人がアルコール摂取に起因すると言われています。近年の研究によると過剰飲酒で最も多いがんは、食道がんと肝臓がん、女性の乳がんです1)。特に東アジア圏のアルコールに起因するがん比率は最も多いとされます。今回、アルコール代謝により発生するアセトアルデヒドがDNA毒性を持つことを明らかにしました。

本研究成果は、2024年4月4日にTaylor & Francis出版社の査読雑誌「Cell cycle」のオンライン版に掲載されました。

<論文タイトル>
“Homologous recombination contributes to the repair of acetaldehyde-induced DNA damage.”
(相同組換えはアセトアルデヒドによって誘導されるDNA損傷修復に重要である)
<著者>
Kosuke Yamazaki, Tomohiro Iguchi, Yutaka Kano, Kazuto Takayasu, Trinh Thi To Ngo, Ayaka Onuki, Hideya Kawaji, Shunji Oshima, Tomomasa Kanda, Hisao Masai, Hiroyuki Sasanuma
<発表雑誌>
Cell cycle
DOI:10.1080/15384101.2024.2335028.
URL:https://doi.org/10.1080/15384101.2024.2335028

1. 背景

飲酒したアルコールは、体内で酢酸と二酸化炭素に代謝されたのち体外に排出されます。その代謝過程でアセトアルデヒドができます。日本人は、アセトアルデヒドを分解する酵素(アセトアルデヒド脱水素酵素)の働きが弱い人が約半数います(図1)。働きが弱い人は、飲酒後に血中のアセトアルデヒド濃度が、お酒に強い人に比べて非常に高いことが知られています。アセトアルデヒドを含むアルデヒドは、化学反応性が高く細胞内に入ると生体分子(DNA、RNA、タンパク質等)の機能を阻害します(図2)。例えば、DNAとタンパク質との間では、アルデヒドが架橋反応を触媒することで、DNAからタンパク質が離れなくなってしまうと言われています。飲酒によって発生するアセトアルデヒドが、我々の持つDNAに対してどのような傷をもたらすのか、そしてどのように修復されていくのかは不明でした(図3)。

2. 研究手法・成果

私たちは、アセトアルデヒドが細胞に及ぼす影響をより簡便に調べるために、蛍光蛋白質を利用した手法を開発しました。この方法により今まで細胞毒性を測定するために必要な日数が約二週間から数日に短縮することが可能となりました。今回の研究では、特に細胞の中にあるDNAに対してアセトアルデヒドがどのように作用するかを調べました。細胞には、DNA損傷の種類に応じて複数の修復経路が存在します。RAD54遺伝子は、修復経路の一つである相同組換え経路に機能することが知られています。RAD54欠損細胞では、相同組換え修復が起こりにくくなっています。私たちは、正常細胞とRAD54欠損細胞に対して、アセトアルデヒド処理を行い細胞の様子を観察しました。その結果、相同組換えが起こりにくいRAD54欠損細胞では、正常細胞に比べてアセトアルデヒドに対して死にやすいことがわかりました。このことは、相同組換え修復を必要とするDNA損傷がアセトアルデヒドによって発生していることを意味していました。

さらに私たちは、約20種類のDNA修復に関わる変異細胞を使って解析をしました。その結果、複数ある修復経路のうち、アセトアルデヒドがさまざまな種類のDNA損傷を発生させていること、とりわけアセトアルデヒドによるDNA損傷修復において相同組換え経路が非常に重要な役割を果たしていることがわかりました(図3)。さらにアセトアルデヒド処理をした細胞では、がん細胞でよく観察される異常な染色体構造が発生していることを見つけました(図4)。

3. 波及効果、今後の予定

先史時代よりアルコールは、人類の文化に深く関わり、芸術や言語、宗教等の分野に影響を与えてきました。一方で現代社会において、アルコールの過剰摂取は、例えば、飲酒による家庭内暴力や虐待、犯罪増加等がさまざまな社会問題を引き起こしていることもまた事実です。身体的影響においても、アルコールの過剰摂取は肝障害、糖尿病、発がんリスクの上昇を招くことが知られています。日本政府は、「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」の中で、国民の健康増進を目的として、生活習慣病のリスクを高める量の飲酒をしている人の減少を目指しております。本研究成果は、アルコール代謝により発生するアルデヒドが潜在的にDNA損傷を引き起こす物質であること、その修復には相同組換え経路が必要であることを明らかにしました。この研究成果は、アルコール健康障害対策、とりわけ過剰摂取による疾病予防を考える上で重要な科学的知見を提供するものであると考えております。

4. 研究プロジェクトについて

本研究は、アサヒクオリティーアンドイノベーションズ株式会社との共同研究により実施されました。

参考文献

1) Rumgay, H. et al. Global burden of cancer in 2020 attributable to alcohol consumption: a population-based study. Lancet Oncol 22, 1071-1080 (2021).

図1
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図2
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図3
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図4
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