2024年3月13日
睡眠プロジェクトの夏堀晃世主席研究員と本多真副参事研究員らは、「覚醒神経であるセロトニン神経が脳血流を調節するメカニズムを解明」について Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolismに発表しました。
当研究所睡眠プロジェクトの夏堀晃世主席研究員と本多真副参事研究員らは、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経の一つである縫線核のセロトニン神経が、大脳皮質の血流を調節するメカニズムを明らかにしました。セロトニン神経は動物を覚醒させるとともに、投射先である大脳皮質において、神経とそれを支えるグリア細胞の一種であるアストロサイトを活性化させてneurovascular coupling(神経血管連関)による血流増加を誘導しつつ、血管平滑筋に直接作用して血管収縮に働くことで、全体としては血流を低下させることを明らかにしました。
本研究成果は、2024年3月13日に国際学術誌『Journal of Cerebral Blood Flow & Metabolism』にオンライン掲載されました。
脳のセロトニン神経は脳幹の縫線核から大脳皮質へ広く投射し、動物を睡眠から覚醒させる覚醒神経の一つです。これまでに本研究グループは、セロトニン神経が動物を覚醒させると同時に、主な投射先である大脳皮質において神経とアストロサイト(グリア細胞の一種)に作用してエネルギー代謝活動を促進させることを報告しました(Natsubori et al., 2023, iScience)。しかし、このエネルギー代謝活動に必要な酸素やグルコースを供給する脳血流をセロトニン神経が調節するメカニズムについては、これまで明らかにされていませんでした。
脳では、神経活動が生じた領域で局所的に血流が増加する現象が知られ、これをneurovascular coupling(NVC:神経血管連関)と呼びます。NVCは神経活動に伴うエネルギーの需要増加に対応するために脳に備わったメカニズムと考えられており、血流シグナルを利用して脳の活動部位を同定する、機能的MRIなどの脳イメージングに利用されています。NVCの仕組みは、神経の活動に伴い、細胞外に放出されたグルタミン酸(神経伝達物質の一つ)を近傍のアストロサイトが受容して血管作動性因子を放出することで、局所の血流増加が生じると考えられています。本研究グループはマウスを用いて、動物の覚醒神経の一つである縫線核セロトニン神経が大脳皮質のNVCを誘導し、これを一部介した血流調節を行っていることを明らかにしました。
まず、オプトジェネティクス(光遺伝学)という手法を用いて、マウスの縫線核セロトニン神経を選択的に活性化させたところ、大脳皮質の血流は一時的に増加した後に大きく低下しました。次に、セロトニン神経の活性化により、大脳皮質の興奮性神経とアストロサイトのカルシウム活動が増加することを見出しました。NVCのメカニズムに基づき、セロトニン神経により誘導された皮質興奮性神経の活動は、近傍のアストロサイトの活性化と血管作動性因子の放出を引き起こして血流を増加させる作用をもつと予想されたことから、大脳皮質の神経とアストロサイトの活動をそれぞれ薬物で抑制した条件下でセロトニン神経を活性化したところ、皮質血流の低下がさらに強まりました。このことから、セロトニン神経は大脳皮質の興奮性神経を活性化させ、NVCのメカニズムを介して皮質血流を増加させる作用を持つことが分かりました。
一方で、セロトニンは血管平滑筋に作用して、直接的な血管収縮作用を持つと考えられています。このことを確認するため、血管平滑筋に主に発現するセロトニン1B受容体の阻害薬を投与した条件下で縫線核セロトニン神経を光活性化したところ、皮質血流の低下が阻害されました。以上の結果から、縫線核セロトニン神経はNVCによる血流増加を誘導しますが、全体としては直接的な血管収縮作用が強く、大脳皮質の血流を主に低下させる作用をもつことが明らかになりました。
本研究により、セロトニン神経は動物を睡眠から覚醒させると同時に、NVCの調節を一部介して大脳皮質の血流を制御することが明らかとなりました。ノルアドレナリン神経など他の覚醒神経は脳血流を増加させる作用を持ちますが、セロトニン神経はほぼ唯一、脳血流を低下させる覚醒神経であり、覚醒時に脳血流が増加しすぎないようバランスを取る役目を担っている可能性があります。また本研究は、気分障害や不安障害、睡眠障害などセロトニン神経が関連する精神疾患において、NVCや脳血流の調節障害が背後に存在する可能性を示し、新たな診断・治療法開発の礎となることが期待されます。