新型コロナウイルス感染に伴う小児の急性脳症の臨床的特徴
- 論文タイトル:
- “Clinical characteristics of SARS-CoV-2-associated encephalopathy in children: Nationwide epidemiological study”
- 著者名:
- Mariko Kasai, Hiroshi Sakuma, Jun-ichi Takanashi, et al.
- 発表雑誌:
- Journal of the Neurological Sciences
DOI:10.1016/j.jns.2024.122867
URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022510X24000029 
発表のポイント
- 劇症脳浮腫型脳症と出血性ショック脳症症候群は、小児のSARS-CoV-2関連脳症全体の13.6%を占めた
- SARS-CoV-2関連脳症の発症年齢は他のウイルス関連脳症よりも有意に高かった
- SARS-CoV-2関連脳症のうち、25%以上の患者が重篤な神経学的後遺症または死亡という転帰であった
背景と目的
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)は、時に小児の重篤な神経学的合併症として急性脳症を引き起こすことが分かってきました。私たちは以前、オミクロン株の出現以降新型コロナウイルス感染症の小児患者の著しい増加に伴い急性脳症が増加したこと、特徴的な臨床・画像所見を示す急性脳症症候群は重症化する傾向を報告しました。しかしSARS-CoV-2感染に伴って発症する急性脳症(以下、SARS-CoV-2関連脳症)についての知見は不十分でした。そこで本研究では、オミクロン株BA.1/BA.2系統およびBA.5系統の流行期におけるSARS-CoV-2関連脳症の疫学を調査し、SARS-CoV-2関連脳症とSARS-CoV-2以外のウイルス関連脳症の臨床的違いを明らかにするために全国調査を実施しました
方法
この調査は厚生労働科学研究・難治性疾患政策研究事業「小児急性脳症の早期診断・最適治療・ガイドライン策定に向けた体制整備研究班」(通称:小児急性脳症研究班)の事業として実施し、日本小児神経学会共同研究支援委員会の支援を受けました。調査方法は日本小児神経学会会員を対象としたWebアンケートで、2022年6月から11月までSARS-CoV-2関連脳症を発症した18歳未満の方を対象に、年齢・性別・臨床症状について調査し、既往調査の結果も合わせて、SARS-CoV-2関連脳症の臨床症状を比較し特徴をまとめました。
結果
- 1)オミクロン株BA.1/BA.2系統流行期とBA.5系統流行期でSARS-CoV-2関連脳症の臨床症状に有意な差はなかった
2020年1月から2022年11月までにSARS-CoV-2関連脳症と診断された患者は103人で、そのうちBA.1/BA.2系統流行期の患者は32人(0-14歳、中央値5歳)、BA.5系統流行期の患者は68人(0-15歳、中央値3歳)でした。BA.1/BA.2系統流行期と比較して有意差はないものの、BA.5系統流行期はSARS-CoV-2関連脳症の発症時にけいれん発作を起こす患者が多く、68人中50人において、発症時にけいれん発作を認めました。
- 2)SARS-CoV-2関連脳症では最重度の神経学的後遺症または死亡をもたらす脳症を引き起こす割合が高かった
急性脳症は、特徴的な臨床経過・画像所見を呈する複数の急性脳症症候群に分類され、症候群ごとに先行感染になりやすい病原体や転帰が異なります。本調査では103人のSARS-CoV-2関連脳症患者のうち、6人が劇症脳浮腫型脳症、8人が出血性ショック脳症症候群という最重症の急性脳症症候群でした。過去のウイルス関連脳症の疫学調査結果と比較して、これら二つの脳症症候群はSARS-CoV-2関連脳症で発症頻度が高いことが明らかになりました(図1)。
- 3)SARS-CoV-2関連脳症の発症年齢は他のウイルス関連脳症よりも有意に高かった
急性脳症症候群ごとに発症年齢分布が異なることが知られていますが、SARS-CoV-2関連脳症の発症年齢は乳児期から学童後期まで幅広く、他のウイルス関連脳症よりも年齢が高い小児での発症が多いことがわかりました(図1)。
図1 SARS-CoV-2関連脳症と他のウイルス関連脳症のサブタイプと発症年齢
AFCE = 劇症脳浮腫型脳症、HSES = 出血性ショック脳症症候群、ANE = 急性壊死性脳症、MERS = 可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎脳症、AESD = けいれん重積型(二相性)急性脳症
- 4) SARS-CoV-2関連脳症は他のウイルス関連脳症に比べて、予後不良の転帰となる患者が多かった
SARS-CoV-2関連脳症の転帰は、完全回復が45人、軽度から中等度の神経学的後遺症は28人、重度の神経学的後遺症は17人、死亡は11人でした(図2)。SARS-CoV-2関連脳症では他のウイルス関連脳症の転帰とは異なり、回復した患者は少なく、神経学的後遺症または死亡に至った患者が有意に多いことが明らかになりました。
図2 SARS-CoV-2関連脳症と他のウイルス関連脳症の予後
- 5) SARS-CoV-2関連脳症患者の多くは新型コロナウイルスワクチン未接種であった
SARS-CoV-2関連脳症の患者103人中、95人が新型コロナウイルスワクチンを接種していませんでした。そのうち劇症脳浮腫型脳症および出血性ショック脳症症候群の患者は全て新型コロナウイルスワクチンを受けていませんでした。
今後の課題
我が国ではウイルス感染症に伴う小児の急性脳症が多いことが知られています。中でも劇症脳浮腫型脳症および出血性ショック脳症症候群は、いずれも脳浮腫が急速に進行し致死率が高く、小児の神経救急・集中治療の現場で大きな問題になります。今後は、SARS-CoV-2関連脳症の中でも、これら2つに注目し、詳細な臨床経過を把握し、迅速診断のためのバイオマーカーや有効な治療開発に向けてエビデンスを構築していきたいと考えています。また小児に対する新型コロナウイルスワクチンの接種が急性脳症の予防につながるかどうかも確かめる必要があります。
参考サイト(用語説明など掲載)
小児急性脳症研究班ホームページ https://encephalopathy.jp