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2024年2月29日
体内時計プロジェクトの廣木進吾研究員と吉種光プロジェクトリーダーは、「異なる時を計る2つの体内時計に共通する部品を発見」について Communications Biologyに発表しました。

異なる時を計る2つの体内時計に共通する部品を発見

体内時計プロジェクトの廣木進吾研究員と吉種光プロジェクトリーダー(東京大学大学院理学系研究科 准教授(兼任))は、24時間を計る概日時計と8時間を計る発生時計という2つの生体タイマー(体内時計)に共通する部品(必要な遺伝子)を発見しました。概日時計は睡眠・覚醒など毎日24時間周期で繰り返す生理機能リズムを生み出します。一方で、心拍や季節応答などさまざまな周期でリズムを刻む現象がありますが、その一つとして昆虫の脱皮サイクルが知られていました。本研究では、この約8時間の脱皮リズムと24時間の睡眠リズムの両方に必要な遺伝子を発見しました。本研究成果は、生物がさまざまな周期をカウントする仕組みの理解に繋がり、将来、体内時計を自在に操作することが可能になると期待されます。

この研究成果は2024年2月29日(木)(日本時間)に米国科学誌「Communications Biology」のオンライン版に掲載されました。

論文タイトル:
Ror homolog nhr-23 is essential for both developmental clock and circadian clock in C. elegans.”
(ROR遺伝子のホモログであるnhr-23遺伝子は、線虫における発生時計と概日時計の両方に必須である)
発表雑誌:
Communications Biology
DOI:10.1038/s42003-024-05894-3
URL:https://www.nature.com/articles/s42003-024-05894-3

研究の背景

生物には自身の生命を保つためのさまざまな機能が存在しますが、それぞれの機能が十分に発揮されるためには個々の分子、細胞、組織がタイミングよく協調して働く必要があります。そのために、生体にはさまざまな時間を計るタイマー(体内時計)が存在します。例えば我々ヒトは、明るい昼に全身の代謝が高められ活動的になりますが、暗い夜には睡眠などによって全身でエネルギーを蓄えるようになっており、これは約24時間周期で振動する「概日時計」と呼ばれるタイマーが数多くの遺伝子や生体の機能を協調して制御することで可能になります。また別の例として、浅瀬に生きる動物は、約12時間ごとの「概潮汐時計」という仕組みを持っており、これによって潮の満ち引きを予測し、それに合わせて餌を食べたり、隠れたりなどの行動を変化させます。

こうしたタイマーの中でも特に概日時計の仕組みについては良く研究されており、それを構成する遺伝子、いわば時計の「部品」のレベルから詳しく調べられています。例えば哺乳類において、CLOCKとBMAL1という転写因子(*1)の働きが高まると、その標的となる多くの遺伝子の転写(*1)が促進されます。そのうちの一つにPerという遺伝子があり、これにはCLOCKとBMAL1の働きを抑える作用があります。この負のフィードバック作用によって、BMAL1とCLOCKの働きの強さは一日周期で変化します(図1)。具体的には、BMAL1とCLOCKの活性が朝方に高くなると、多くの遺伝子とともにPerが転写されます。PERタンパク質がBMAL1/CLOCKの活性を抑えるので、夜にはBMAL1/CLOCKの活性は低くなります。これらの活性が低くなると、PERの量が減ることになるので、また朝にかけてBMAL1・CLOCKの活性が高くなるというわけです。しかし、これだけでは朝方に特定の遺伝子の転写量を上昇させる、という使い方しかできず、昼や夜における生体機能の調節ができません。また、これら転写因子の量や活性というものは、環境からうけるさまざまな刺激や、生物の体内で生じるさまざまな変化などの影響をどうしても受けてしまうので、単独では24時間を安定して計り続けることは難しくなります。そこで、生物はこの核となるループを別のループと連動させることで、これらの問題を解決しています。具体的にはDBPやRORという転写因子が副次的なループを構成し、これらが核となるループを安定化するとともに、それぞれ昼と夜にピークを迎える転写のパターンを生み出しています。このようにして、精巧で安定な24時間を刻むタイマーが構成されているというわけです(図1)。

驚くべきことに、このような部品は異なる生物種間で多くの場合共通しています。例えばヒトとマウスなどの哺乳類の中はほとんど共通していますし、鳥類、爬虫類、魚類などの脊椎動物でも同様です。さらに、より遠戚の動物、例えばショウジョウバエでさえも。実際、最初に発見された「部品」であるPerはショウジョウバエの研究から見いだされ、この功績をたたえて2017年にノーベル賞が授与されています。しかしながら、このような仕組みはすべての動物において完全に共通しているわけではなく、ある動物についてはきわめて興味深い形で使われています。線虫の一種であるC. elegans*2は生物学研究において有名なモデル動物の一つですが、彼らはこれら概日時計の部品を「脱皮サイクル」という一日よりもっと短い周期のリズムを構成するために使用しています。線虫や昆虫の幼虫は脱皮により体のサイズや状態が大きく変化し、1齢幼虫、2齢幼虫というように成長していきます。このとき全身脱皮を行う時間間隔というのは大まかに決まっており、例えば線虫であれば約8時間ごとに脱皮を行います。そして、他の生物で概日時計を構成する遺伝子は、線虫ではこの時間間隔を一定に保つことに必要であることが知られていました。

一方で、線虫においてそれらの部品により構成されるタイマーが8時間を図るためのものであるならば、彼らは24時間をどのようにして図るのでしょうか?線虫についても、通常の飼育環境では24時間ごとの生体機能変化を持たないものの、温度や光環境を24時間周期で大きく変動させることにより弱いながらも約24時間周期のリズムが生まれることが報告されています。このこと自体は20年以上前から報告されているものの、このリズムを生み出すタイマーの中身は明らかにされてきませんでした。

研究内容

体内時計プロジェクトの廣木進吾研究員と吉種光プロジェクトリーダー(東京大学大学院理学系研究科 准教授(兼任))は、全遺伝子の転写を網羅したデータ(トランスクリプトームデータ)の解析をもとにこの問題に取り組みました。24時間周期で温度変化を与えた線虫に関する過去のトランスクリプトームデータを公的データベースから取得し、それについてニューラルネット*3を用いた周期解析(BioCycle)やクラスタリング解析*4を行うことで、nhr-23という遺伝子がおそらく概日時計の構成要因であろうということが推測されました。さらに、薬を与えた時のみ標的タンパク質を分解する手法であるオーキシン・デグロンシステムとトランスクリプトームデータ解析を組み合わせて行うことで、実際にnhr-23が遺伝子発現の概日リズムを生み出すことに必須であることを示しました(図2)。

興味深いことに、このnhr-23というのはヒトやマウスのRorに相当する遺伝子であり、上述したような脱皮サイクルを生み出すのにも必須であることが知られています。つまり、nhr-23は「8時間」と「24時間」という異なるスケールのタイマーの両方に必須の部品であるということであり、このような例は他に知られていません。また、線虫のPerにあたるlin-42は、概日時計においてはあまり重要な働きをしていないことが本研究及び過去の研究により示唆されています。よって、nhr-23/Rorという生体リズムを生み出すのに必須な部品が他の部品と組み合わさることにより、異なる時間スケールを持ったタイマーが生まれるという新たな仕組みが見いだされました。生体内で柔軟に時間を計る仕組みが示されました(図2)。

<社会的意義・今後の展望>

先に述べた通り、我々ヒトにも概日リズムを含めたさまざまな生体リズムが存在し、これは我々自身の生体機能、すなわち健康と直結します。本研究から示唆されたように、我々ヒトにおいてもリズムを生成する部品が共通しているならば、その仕組みを詳しく知ることで、まるで時計技師のように、体内時計の歯車のずれを調節できるようになるかもしれません。

<参考図>
図1:概日時計におけるコアループと副次的ループ
図1 概日時計におけるコアループと副次的ループ
図2:本研究の概要
図2 本研究の概要

用語解説

*1 転写・転写因子:
生物を形作る設計図はゲノムとよばれるDNA分子上に書き込まれています。そこにある遺伝子とよばれる配列をもとにタンパク質という製品が生産され、さまざまな生体の機能が形作られています。このとき、DNA上の遺伝子配列がmRNAというより短い分子に写し取られ(転写)、この短いRNAが読み取り装置(リボソーム)にかけられると遺伝子ごとのタンパク質がつくられます。遺伝子をコードするゲノムは細胞につき一対しかなく、ほとんどの細胞では同一です。一方、1つのゲノムDNAから多様なRNAが大量に転写されます。よって、生物はおかれた環境や細胞ごとに適切なタンパク質を適切な量を作るために、状況に応じてRNAへの転写量を遺伝子ごとに調節しています。この調節を行うタンパク質の一群が転写因子と呼ばれます。
*2 線虫C. elegans
線虫(線形動物)はうねうねと動くひものような動物で、いわゆるカイチュウやギョウチュウもこの一種です。ただし、本研究に用いた線虫(Caenorhabditis elegans/C. elegans)は他の生物には寄生せず、土の中や腐った果実などの中で細菌を食べて暮らしています。体長1mm程度とコンパクトであり、さまざまな観点で扱いやすいため、分子生物学や神経生物学(記憶のしくみなど)の研究に頻繁に用いられています。
*3 ニューラルネット:
神経細胞ネットワークから着想を得て作られた計算方法(モデル)です。これを適切な形で学習させることで、人間の顔の認識などさまざまな課題を行うことができ、現在多くのAI技術はこれをもとにして作られています。BioCycleはこれに適切に訓練を行うことで、「ある遺伝子が約24周期で変動するか、しないか?」を判定するAgostinelliらにより2016年に作成された解析用アルゴリズムです。
*4 クラスタリング解析:
多数のデータをそれぞれいくつかのグループに分ける解析のことです。ここでは、1日ごとに決まったパターンで転写される遺伝子について、その1日の中でどのような時間パターンを示すのか(例えば、朝に転写されるか夜に転写されるか)を分けています。

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