東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2024年10月4日
脳機能再建プロジェクトの横山修主任研究員と西村幸男プロジェクトリーダーは、「視野内で注目すべき部分を予測し、素早い反応を支える脳の仕組みを解明」について Communications Biology に発表しました。

視野内で注目すべき部分を予測し、素早い反応を支える脳の仕組みを解明

当研究所 脳機能再建プロジェクトの横山修主任研究員と西村幸男プロジェクトリーダーは、状況に応じて視野の中で注目すべき部分を予測し、そのエリアに何かが現れたときに素早く対応することを可能とする脳の仕組みを明らかにしました。

自動車の運転中、注意が散漫になっていて、突然道路にボールが飛び出してきて“ハッ”とした経験はありませんか?一方で、集中して運転しているときは、進行方向に目を向けながらも、交差点や歩道、合流する路地など、歩行者や自転車が飛び出してくる可能性の高い部分を気にかけることができます。つまり、次に何か重要なものが現れる可能性のあるエリアを予測しておくことで、不要なものに気を取られず、そのエリア内に何かが現れたときに素早く対応できます。

本研究では、行動中のサルの脳を調べ、視野の中で注目すべき部分を予測し準備することによって、そのエリア外に現れたものではなく、エリア内に現れたものに正しく視線を向ける能力を支えている仕組みを、脳の前頭葉の正中付近にある「補足眼野」という領域の神経細胞の働きから発見しました。さらに、この補足眼野が実際にそのような能力を担っていることも確認しました。

この研究成果は、これまで明らかにされていなかった「広い範囲に注意を向ける脳の仕組み」に関連するものです。視野を広く保ちながら素早く反応する必要がある運転やスポーツにおける新たなトレーニング法の開発や、疲労や加齢によりこうした認知機能が低下する現象を生理学的に理解し、それを改善するための訓練法の開発につながることが期待されます。

今回の動物実験に関しては、東京都医学総合研究所 動物実験倫理委員会における審議・承認を経て、適切な動物実験が行われました。

本研究は、東京都医学総合研究所において行われ、科学研究費助成事業等から支援されたものです。研究成果は、日本時間2024年10月4日(金)午後6時に国際的なオープンアクセス誌であるCommunications Biology誌に掲載されました。

<論文タイトル>
“Preselection of potential target spaces based on partial information by the supplementary eye field”
(補足眼野による、不完全な情報に基づく標的空間の事前選択)
<著者>
横山修、西村幸男
<発表雑誌>
Communications Biology
DOI: 10.1038/s42003-024-06878-z
URL:https://doi.org/10.1038/s42003-024-06878-z

1. 今回の発見

  • サルの脳の前頭葉にある補足眼野の神経細胞(補足眼野ニューロン)は、それぞれ異なる視野内位置(受容野)の情報を処理する(図2)。そうした補足眼野ニューロンの活動が、状況に応じて、視野内で注目すべき部分を予測し準備していることを発見した(図3)。
  • 実際に何かが受容野に現れると、補足眼野ニューロンの受容野が視野内の予測エリアに含まれる場合、含まれない場合よりも、準備のおかげで活動がさらに高まり、予測したエリア内のものにより強く反応できることがわかった(図4)。
  • 予測と準備のタイミングで補足眼野に微弱な電流を流すことによって補足眼野ニューロンの活動を乱すと、そのエリア外に現れたものに誤って視線を向けることが増加した。この結果から、補足眼野が注目すべき視覚エリアをあらかじめ予測し準備する役割を担っていることが明らかになった(図5)。
図1
図1 状況に応じて視野内の注目すべき部分を予測して気を配り、素早く反応するための準備をする能力は、自動車の運転やスポーツなどにおいて重要である。
図2
図2 補足眼野には視野内の特定位置の視覚情報を処理するニューロンがあり、ニューロンによって守備範囲は異なっている。
図3
図3 視野内のどこを気にかけるかによって、異なる補足眼野ニューロン集団が活動する。それらのニューロン集団の守備範囲が合わさって、視野内のある程度の広さを持ったエリアをカバーすることができる。
図4
図4 補足眼野のニューロンが事前に活動を増加させ準備することによって、視野内の注目すべきエリアに現れるものの速やかな検出を可能にしている。(1)ニューロンの守備範囲を含む視野内エリアを予測した場合、守備範囲に何かが現れるとさらに活動が増加し、活動が高いレベルに達する。(2)ニューロンの守備範囲を含まない視野内エリアを予測した場合、守備範囲に何かが現れると、少し反応するが、(1)の場合ほど活動しない。
図5
図5 注目すべきエリアを予測して準備するタイミングで補足眼野に微弱な電流を流すことで補足眼野ニューロンのはたらきを乱すと、そのエリア外に現れたものに誤って目を向けてしまうことが増えた。

2. 今後の展望

本研究で明らかにした、視野の中で注目すべきエリアを予測して次の行動を準備することを制御している脳領域はどこなのか?どのように制御しているのか?といった脳のメカニズムは、これまで十分に解明されていませんでした。本研究では、思考などの認知機能に関わる前頭葉に位置する補足眼野がその役割を果たしていることを発見しました。この予測と準備に重要な信号は、補足眼野が前頭前野や頭頂葉、大脳基底核などの他の脳領域と連携することによって作られ、脳の後方にある視覚野に伝達されることで、視覚情報処理に影響を与えていると予想されます。そのような脳メカニズムの全体像を脳領域間のネットワークの観点から明らかにしていくことが今後の課題となります。

今後、さらに研究を進めることで、乗り物の運転やスポーツにおいて視野を広く保ち行動を素早く起こす能力を向上させる新たなトレーニング法の開発につながる可能性があります。さらに、疲労や加齢によってこの能力が低下する現象の生理学的理解とそれに基づく改善法の開発へとつながることが期待できます。

本研究への支援

本研究成果は、以下の支援によって行われました。

  • 日本学術振興会 基盤研究(S), 基盤研究(C)

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