2024年10月9日
こどもの脳プロジェクトの島田忠之主席研究員、神山邦子基盤技術研究員、山形要人客員研究員らの研究チームは、「セロトニン神経の軸索分枝形成を調節するメカニズムを通じた、うつ・不安状態の誘発」について The Journal of Neuroscience に発表しました。
当研究所・こどもの脳プロジェクトの島田忠之主席研究員、神山邦子基盤技術研究員、山形要人客員研究員らの研究チームは、富山大学大学院・総合医薬学研究科の吉田知之准教授と共同で、モデルマウスを用いた研究により、うつ・不安を引き起こす新たなメカニズムを見出しました。慢性的なストレスにより、脳内ではNeuritinタンパク質が減少し、それに伴いセロトニン神経の軸索分枝数が減少することが、うつ・不安状態の誘発に関与する可能性が示されました。この発見は、新たな抗うつ薬の治療薬の開発に繋がるものと期待されます。
本研究成果は、2024年10月9日に米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されました。
慢性的なストレスは、うつ・不安状態を引き起こすことが良く知られています。慢性ストレスは、軸索*1、樹状突起、スパインなど様々な神経細胞の形態変化を引き起こすため、このことが神経細胞間の情報伝達効率の異常につながり、うつ・不安状態の誘発の一因となると考えられています。しかしながら、ストレスと神経細胞の形態変化を結びつける具体的なメカニズムについてはよくわかっていません。また、セロトニン*2はうつ・不安状態と深く関わっていることが示されており、うつ病においてはセロトニンの分泌量が減少すると考えられていることから、多くのセロトニン再取込阻害剤が抗うつ薬として使用されています。しかしながら、セロトニン量とうつ・不安との具体的な関係は不明な点が多いのが現状です。
本研究グループは過去に、Neuritinタンパク質が海馬顆粒細胞の軸索分枝形成を促進することで、てんかんの難治化を起こすことを明らかにしています(J. Neurosci. 2016)。そこで、本研究ではNeuritinとセロトニン神経*3の軸索形態との関連、うつ・不安との関連の解析を試みました。また、NeuritinがFGFシグナル*4と関与することも示唆されていたため、FGFシグナルとうつ・不安状態との関連についても解析しました。
セロトニン神経を培養し、培地中に精製Neuritinタンパク質を添加すると、軸索の分枝の数が増え、Neuritinを持たないノックアウトマウス由来のセロトニン神経では、通常よりも軸索分枝の数が少なかったことから、培養セロトニン神経細胞においてはNeuritin量が軸索分枝形成に関与している可能性が高いと考えられました。さらに、実際の脳内におけるNeuritinの機能を明らかにするため、セロトニン神経が軸索を投射する脳の領野である、前頭前野、海馬、扁桃体*5のセロトニン神経軸索を可視化し、軸索の分枝形成頻度や、セロトニン神経の軸索が占める体積の割合を定量したところ、ノックアウトマウスでは前頭前野と扁桃体における軸索の分枝形成頻度や体積の割合が低下していることがわかりました(図1上)。また、ノックアウトマウスのセロトニン神経の数を調べると、野生型と比較して神経の数が減っていなかったことから、軸索分枝形成頻度の低下や体積の割合の減少は、神経が減ることが原因ではなく、軸索の分枝が減少したことが原因と考えられました。
過去の報告ではセロトニン神経の軸索分枝減少は、うつ病モデルマウスで観察されていたころから、続いてNeuritinノックアウトマウスの行動試験を行いました。その結果、Neuritinノックアウトマウスではうつ・不安様の行動が観察されました。これらの結果から、Neuritinによるセロトニン神経軸索分枝形成の制御が、うつ・不安状態の誘発に関与していることが示唆されました。
そこで、一般的なうつ・不安状態の誘発条件である慢性ストレス負荷とNeuritinとの関連を解析しました。すると、慢性ストレス負荷条件下では、前頭前野、海馬、扁桃体においてNeuritinタンパク質の量が減ることがわかりました。この時、マウスではうつ・不安様行動が観察されており、さらに脳のセロトニン神経軸索を観察すると、前頭前野、扁桃体において、軸索の分枝形成頻度と体積の割合が低下していることが明らかとなりました(図1下)。これらの現象から、ストレス負荷によりNeuritinタンパク質の量が減少し、その結果セロトニン神経の軸索分枝形成が低下し、うつ・不安状態の誘発が引き起こされるというモデルが考えられました。そこで、人為的にNeuritinタンパク質の量を補い、ストレス負荷によりNeuritinタンパク質が減少しないような条件でマウスの行動を観察したところ、ストレス負荷によるセロトニン神経の軸索分枝形成頻度の低下や、うつ・不安様行動が観察されなくなりました。すなわち、Neuritinの減少がセロトニン神経の軸索分枝形成と、うつ・不安状態の誘発に関与していると考えられました。
最後にNeuritinがどのようにセロトニン神経の軸索分枝形成を引き起こすのか、そのメカニズムの解明を試みました。NeuritinはFGFシグナルの制御に関与していることが示されていたため、NeuritinとFGFシグナルがセロトニン神経の軸索分枝形成に関与しているのか解析しました。その結果、FGFシグナルを阻害するとNeuritinによる軸索分枝形成の促進が抑えられること、FGF-2にはセロトニン神経軸索分枝形成を促進する効果があるが、そのためにはNeuritinが必要であることが示されました。そこでFGFシグナルとうつ・不安様行動との関連を明らかにするため、マウスにFGFシグナルの阻害薬を長期投与しました。すると、阻害剤の投与によりセロトニン神経の軸索分枝形成頻度と、体積の割合が低下し、うつ・不安様行動が観察されるようになりました。すなわち、Neuritinが減少することでFGFシグナルが抑えられるようになり、その結果としてセロトニン神経の軸索分枝形成が減少し、うつ・不安状態の誘発につながる可能性が考えられました(図2)。
セロトニン選択的取込阻害剤が抗うつ薬として使われていますが、セロトニン量が増加してもすぐにうつは回復せず、回復には時間がかかります。そのため、セロトニン量の増減が直接うつ・不安を調節しているという説には多くの疑問が呈されており、うつ・不安につながる他のメカニズムの解明が必要とされています。本研究で明らかとなった、NeuritinによるFGFシグナルの制御とセロトニン軸索分枝形成との関連は、うつ・不安の改善につながる新たな治療標的になる可能性を示しています。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金の支援を受けて行われました。