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2026年10月1日
長谷川成人 副所長/臨床医科学研究分野長らの研究グループは、英国MRC分子生物学研究所と共同で「アルツハイマー病と大脳皮質基底核変性症のタウ線維は野生型マウス脳内において、マウスタウを自分自身と同じ構造の線維に変換する」についてNatureに発表しました。

マウス脳におけるタウのプリオン様伝播の実証
-疾患特徴的な病理形成メカニズムの解明-

長谷川成人 副所長/臨床医科学研究分野長らの研究グループは、英国MRC分子生物学研究所と共同で「アルツハイマー病と大脳皮質基底核変性症のタウ線維は野生型マウス脳内において、マウスタウを自分自身と同じ構造の線維に変換する」についてNatureに発表しました。

論文情報

<論文タイトル>
“Prion-like transmission of human tau strains in the mouse brain”
<著者>
Sofia Lövestam*, Aki Shimozawa*, Airi Tarutani*, Reiko Ohtani, Masami Masuda-Suzukake, Kazuko Hasegawa, Andrew C. Robinson, Yuko Saito, Shigeo Murayama, Mari Yoshida, Hisaomi Suzuki, Mitsumoto Onaya, Masato Hasegawa#, Michel Goedert#, Sjors H.W. Scheres# (* Co-first authors, # Co-corresponding authors)
<発表雑誌>
Nature
DOI: 10.1038/s41586-026-11061-x
URL: https://www.nature.com/articles/s41586-026-11061-x

発表のポイント

  • アルツハイマー病(AD)患者脳、または大脳皮質基底核変性症(CBD)※1患者脳から抽出した不溶性タウ※2線維を野生型マウス脳に注入すると、注入後6〜9ヶ月で、患者脳に類似したタウ病理が再現された。
  • 注入した患者脳のタウは1週間で分解・消失する一方、注入後1〜3ヶ月で再びタウ蓄積が始まり、6〜9ヶ月後には、それぞれの疾患に特徴的なタウ病変が出現する。
  • マウス脳で形成されたタウ病理は、ヒトタウを認識する抗体には反応せず、マウスタウを認識する抗体に反応した。このことから、このタウ病理はマウスの内在性タウで構成され、超微形態はアミロイド※3様線維であることが示された。
  • マウス脳で形成されたタウ線維をクライオ電子顕微鏡※4で解析した結果、それぞれのタウ線維は、注入に用いた疾患脳に蓄積するタウと同一の折りたたみ構造を有していた。
  • 主要な認知症疾患に認められるタウ病理が、患者脳由来タウをシードとしてマウス脳内で形成され、タウのプリオン※5様伝播がマウスで再現された。さらに、タウの折りたたみ構造が疾患特徴的な病理を決定づけることが示された。

概要

当研究所の長谷川成人副所長、分子病理・ヒストロジー解析室の下沢明希主任研究員、認知症研究プロジェクトの樽谷愛理主席研究員と、英国MRC分子生物学研究所のSofia Lövestam博士、Michel Goedert博士、Sjors H.W. Scheres博士らの研究グループは、ADまたはCBDの患者脳から抽出したタウ線維を野生型マウスの脳に注入すると、注入した線維と同じ構造を持つマウスタウのアミロイド様線維が形成されることを明らかにしました。この結果から、タウがプリオン株と同様に、シード(タウ線維)を鋳型として増殖し、脳内に伝播することが実証されました。また、本マウスモデルは、構造の異なるタウ線維が疾患特徴的な病理を引き起こす分子メカニズムを解明するための有用なモデルであることが示されました。本研究成果は、ADを含むタウオパチーの新たな治療法の開発に貢献することが期待されます。

本成果は、9月30日付(英国時間)の「Nature」誌に掲載されました。

背景

タンパク質性感染因子「プリオン」は、ミスフォールドした(異常型)プリオンタンパク質が正常型プリオンタンパク質を構造変化させ、異常型タンパク質を自己増幅することで、クロイツフェルト・ヤコブ病や牛海綿状脳症などの神経変性疾患を引き起こします。異常型プリオンタンパク質の立体構造の違いは、潜伏期間や臨床症状などが異なる「プリオン株」を生み出すと考えられています。

一方、ADをはじめとする20種類を超える神経変性疾患に関与するタウタンパク質も、患者脳内でアミロイド様線維を形成し、プリオン様の性質を示すことが知られています。これまで、様々なタウオパチー患者の脳から抽出したタウ線維についてクライオ電子顕微鏡構造解析が行われ、各疾患はタウ線維の立体構造により特徴づけられることが明らかにされました。さらに、同一患者の異なる脳部位から同一のタウ線維構造が同定されたことから、ヒト脳内において、特定の構造をもつタウ線維が増幅・伝播する可能性が示されています。

また、タウ病変が疾患の進行に伴って、脳内の広範な領域へと広がるメカニズムとして、「プリオン様伝播」が提唱されています。実際に、タウ線維をマウスの脳内に注入すると、注入部位を起点として時間経過とともにタウ病理が遠隔部位へと広がることが報告されています。こうした現象は、タウ線維が細胞外へ放出され、近傍の細胞に取り込まれることで、細胞から細胞へと伝播する可能性を示唆するものです。

しかし、構造の異なるタウ線維がプリオン様メカニズムによって、それぞれ異なる疾患病態を引き起こすのか、また、異なるタウ株の構造が細胞間を伝播する過程において、その構造的な特徴を維持するのかについては、これまで十分に証明されていませんでした。

結果

1. AD及びCBD患者由来のタウ線維を野生型マウスに脳内注入することで、疾患に特徴的なタウ病理を形成する

ADまたはCBD患者の脳から抽出したタウ線維を、生後6~18週齢の野生型マウスの線条体に注入しました。注入から9ヶ月後、マウス由来タウを特異的に認識するmTau抗体、及びリン酸化タウを認識するAT8、AT100抗体を用いた免疫組織染色により、タウ病理が注入部位から大脳皮質、脳梁、その他の脳領域へと広がっていることを確認しました。一方、これらの病理はヒトタウ特異的なHT7抗体では染色されませんでした。さらに、注入したタウ線維の疾患由来の違いは、形成された病理の分布や形態に反映されていました。AD患者由来のタウ線維を注入したマウスでは、タウ病理は主に神経細胞の細胞体及び突起に認められました。一方、CBD患者由来のタウ線維を注入したマウスでは、神経細胞だけでなくグリア細胞にもタウ病理が見られ、CBDの特徴的な病理として知られるアストロサイト斑※6やcoiled body※7に類似した構造が観察されました。これらの結果から、タウ線維の構造的な違いが、マウス脳内で形成されるタウ病理の形態だけでなく、細胞の種類にも影響を与えることが示されました。

2. マウス脳内に蓄積したタウ線維は、内在性マウスタウから構成される

患者脳由来のタウ線維を注入したマウス脳からサルコシル不溶性画分を抽出し、イムノブロット解析を行いました。その結果、脳内に蓄積した不溶性タウはmTau抗体に陽性を示した一方、HT7抗体に対しては陰性でした。さらに、注入したヒトタウ線維の経時的変化を解析したところ、注入されたヒト由来タウ線維は約1週間で消失する一方、マウス由来の不溶性タウは時間依存的に増加することが確認されました。これらの結果から、マウス脳内に蓄積したタウは、注入したタウ線維そのものではなく、内在性マウスタウに由来することが示されました。さらに、C末端領域のタウを認識する抗体を用いた解析により、AD患者由来タウ線維とCBD患者由来タウ線維の注入により形成されたタウは、それぞれ異なる生化学的特徴を示しました。次に、不溶性画分の免疫電子顕微鏡観察を行ったところ、mTau及びAT8に陽性を示す多数の線維構造が観察され、マウス脳内に蓄積したタウ線維がマウスタウから構成されることが示唆されました。さらに、AD患者由来タウ線維を注入したマウス脳では、ADに特徴的なツイスト構造をもつ線維が形成された一方、CBD患者由来タウ線維を注入したマウス脳では、より長いツイストを示す線維構造が観察されました。

3. 患者脳由来タウ株は、その構造を維持してマウス脳内で増幅する

マウス脳から抽出したタウ線維をクライオ電子顕微鏡で解析した結果、マウス脳内に蓄積したタウ線維は、注入したヒトタウ線維と同じ構造をとることが明らかとなりました。AD患者由来タウ線維を注入したマウスでは、増幅したタウ線維の大部分が2本の単線維がツイストしたらせん状線維であり、3.6Åの分解能で、AD患者脳由来線維と同一の構造であることが示されました。CBD患者由来タウ線維を注入したマウス脳からは2種類の線維が同定され、約7割が単線維、残りの約3割が2本の単線維がツイストしたダブレットでした。単線維は3.4Åの分解能で、CBD患者脳でみられるType 1と同一の構造であることが示されました。

クライオ電子顕微鏡解析により同定されたタウオパチーモデルマウス由来のタウ繊維構造

考察

これらの結果から、患者脳由来のタウ株がマウス脳内で増幅し、さらにその構造的特徴が維持されることが示されました。これは、タウ線維がプリオン様のメカニズムにより自己増幅・伝播することを支持する実験的証拠となります。ヒトとマウスのタウタンパク質では、線維コアを形成するアミノ酸配列が共通していることから、マウスタウはヒト脳由来タウと同様の立体構造を形成できると考えられます。また、AD及びCBD患者脳由来のタウ線維をマウス脳に注入すると、それぞれの疾患に特徴的なタウ病理が形成されたことから、異なるタウ線維構造が「タウ株」として、病態形成に寄与する可能性が示されました。

異常型タウのプリオン様伝播は、①異常型タウの細胞内への取り込み、②受容細胞内での正常型タウのリクルートと増幅、③増幅した異常型タウの細胞外への放出と次の細胞への取り込み、という段階を経て進行すると考えられます。異なる立体構造をもつ「タウ株」は、これらの過程に関与することで、伝播速度や病理が形成される細胞種の特異性を決定している可能性があります。

今後、異常型タウの取り込み、自己増幅・伝播を制御する分子機構を明らかにすることで、「タウ株」がどのように疾患特徴的な病態を形成するのかを解明できると考えられます。さらに本研究で確立したマウスモデルや得られた知見が、「タウ株」を標的とした新たな診断法や治療戦略の開発につながることが期待されます。

本研究で使われた患者脳試料は、国立病院機構相模原病院 長谷川一子先生、東京都健康長寿医療センター 齊藤祐子先生、村山繁雄先生、愛知医科大学 吉田眞理先生、国立病院機構下総精神医療センター 鈴木寿臣先生、女屋光基先生、マンチェスター大学 Andrew Robinson先生から提供されました。

本研究におけるすべての動物実験は、東京都医学総合研究所動物実験倫理委員会の承認(承認番号:JP17pc0101006)を受け、関連する法令および指針に従って適切に実施しました。

研究助成

本本研究は、東京都の補助金による支援を受けるとともに、日本医療研究開発機構(AMED)、科学技術振興機構(JST)、日本学術振興会(JSJP) 科学研究費助成事業等からの支援により実施しました。

用語解説

大脳皮質基底核変性症(CBD)※1
神経変性疾患の一つで、主に大脳皮質と基底核が進行性に障害されます。初期には片側の手足の筋肉硬直や不器用さ、ぎこちない動きが現れ、次第に認知機能や言語機能の障害も進行します。原因は不明で根本治療はありません。
タウ※2
主に微小管に結合して神経細胞の形状維持や物質輸送を助け微小管を安定化させる役割を持つタンパク質です。明瞭な構造をもたないタンパク質ですが、ADなどの神経変性疾患では、タウが特定の折りたたみ構造に変化し、線維化、凝集し、神経細胞やグリア細胞内に蓄積して、機能障害や細胞死を引き起こすと考えられています。
アミロイド※3
異常に折りたたまれたタンパク質が線維状に集合し、体内に沈着する物質です。この沈着物は「アミロイド線維」と呼ばれ、正常な細胞の機能を妨げることで組織や臓器の障害を引き起こします。ADでは、脳内のアミロイドβが老人斑として細胞外に、タウタンパク質が神経細胞内に蓄積し、認知機能の低下が起こることが知られています。疾患ごとに異なるタンパク質が、異なる折りたたみ構造のアミロイド線維を形成しており、疾患の発症や進行に関与しています。
クライオ電子顕微鏡※4
生体分子を凍結状態で観察することのできる電子顕微鏡の一種で、試料を急速に凍結し、自然に近い形で形態を保持することにより、高解像度で分子の立体構造を解析できます。タンパク質やウイルス等の微細構造の研究に広く用いられています。凍結による試料の損傷を抑え、従来の方法よりも詳細な構造情報が得られる点が特徴です。
プリオン※5
異常な立体構造を持つタンパク質で、感染性を持ちます。通常のプリオンタンパク質(PrPc)が異常型(PrPSc)に変化すると、脳の神経細胞に蓄積し、変性や死滅を引き起こします。プリオンが伝染性海綿状脳症(スクレイピー、狂牛病、クロイツフェルト・ヤコブ病等)の原因です。プリオンは核酸を持たず、従来のウイルスや細菌とは異なる感染メカニズムを持つため、治療や予防が難しいのが特徴です。
アストロサイト斑※6
アストロサイトは中枢神経系に存在する主要なグリア細胞の一種で、神経機能の維持に不可欠な細胞ですが、アストロサイト斑は、このアストロサイトの突起の遠位部にタウが蓄積して斑状にみえるタウ病理で、CBDを神経病理学的に定義づける病変とされています。
coiled body※7
主にオリゴデンドロサイトの細胞質に形成されるタウ陽性封入体で、核の周囲を取り巻く、コイル状・カンマ状の線維性構造です。CBDの他、進行性核上性麻痺(PSP)、嗜銀顆粒病(AGD)などの4Rタウオパチーでよくみられます。coiled body単独では疾患特異性は低いですが、CBDの病理診断で重要な指標となります。

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