東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

HOMETopics 2017年

TOPICS 2017

グルタミン酸受容体

2017年3月28日

米国科学誌「PNAS」on-line版に神経細胞分化プロジェクトの平井志伸研究員、岡戸晴生副参事研究員らが「グルタミン酸受容体の新たな機能の発見」について発表しました。

グルタミン酸受容体の新たな機能の発見
〜松果体様器官形成にAMPA型グルタミン酸受容体が必須〜

(公財)東京都医学総合研究所の平井志伸研究員、岡戸晴生副参事研究員らは、慶應義塾大学理工学部の堀田耕司専任講師と共同で、AMPA*1型グルタミン酸受容体 (以下AMPA受容体) の新しい機能を発見しました。これまでにAMPA受容体の機能は、哺乳類の成体の脳で興奮性シナプス伝達の担い手として、学習・記憶に重要な役割を担っていることが知られています。一方、この受容体は胎児期の早期より発現がみられますが、発生期における役割は明らかとなっていませんでした。AMPA受容体の発生期における役割を明らかにするために、AMPA受容体の機能を低下させる実験が役立ちますが、哺乳類ではAMPA受容体が4つ存在するため、そのような実験が技術的に困難でした。そこで本研究では、脊椎動物の祖先として知られる原索動物であるホヤを用いて解析しました。ホヤはAMPA受容体が1つのみで、さらに受精から成体になるまでの発生の過程が観察しやすいという点を活用しました。その結果、AMPA受容体が、哺乳類の松果体*2に相当する光受容感覚器形成に必須であること、さらに、変態*3という、多数の生物がもつ成体への変化を起こす現象にも必須であることを明らかにしました。本研究は、個体レベルでAMPA受容体の機能解析を行った初めての研究であり、AMPA受容体の発生における新たな機能を発見することに成功しました。

<発表雑誌>
Article
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
(PNAS)
<論文タイトル>
AMPA glutamate receptors are required for sensory-organ formation and morphogenesis in the basal chordate
AMPA型グルタミン酸受容体は原索動物の感覚器形成と形態形成に必要である
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28348228

本研究は、久保義弘教授(生理学研究所)、西野敦雄准教授(弘前大学)、岡部繁男教授(東京大学)、岡村康司教授(大阪大学)との共同研究であり、日本学術振興会科研費の一環として行われました。

本研究成果は、2017年3月27日(米国東部時間午後3時)に米国科学誌 『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)』 にオンライン掲載されます。

1.研究の背景

AMPA型グルタミン酸受容体 (AMPA受容体)は、ニューロン同士の連絡場所であるシナプスで興奮性神経伝達を担っています。グルタミン酸が結合すると、受容体にトンネルが形成され、ナトリウムやカルシウムイオンが細胞内に入って、ニューロンが興奮することで、シグナルが隣のニューロンに伝わります。成熟ニューロンのシナプスで多くの研究がなされ、記憶や学習機能での重要性がわかってきています。しかし、シナプスのほとんど存在しない胎児期といった発生期でも、このAMPA受容体が発現していることが従来から知られていました。たとえば、細胞増殖や分化など細胞の基本的な出来事に関わることが、培養細胞を用いた解析などでは研究されていました。また、AMPA受容体が発現している時期から、発生における機能が考えられてきましたが、個体レベルでの研究が行われておらず、未知のままでした。その理由の一つは脊椎動物ではAMPA受容体が4つあり、すべてを取り除く実験が困難であったためです。そこで、本研究ではホヤを使いました。ホヤは脊椎動物に最も近縁で原始的な生物で、AMPA受容体が一つしかありません。さらにホヤは、受精からオタマジャクシ幼生、さらに変態を経て成体へという発生の過程が数日で観察できます。この特徴を利用して、個体レベルで解析を行い、AMPA受容体の発生における新たな機能を発見することができました。

2.研究の概要

ホヤに存在するAMPA受容体を単離し生理的な機能を調べたところ、哺乳類と同じようにグルタミン酸に応答して、イオンを通すことがわかりました。AMPA受容体の機能を明らかにするために、受精卵の時期からAMPA受容体の発現を阻害したところ、哺乳類の松果体にあたる光受容感覚器の形成が阻害されたことに加えて、成体への変態も阻害されました。さらに、AMPA受容体のチャネル(トンネル)を形成する重要なアミノ酸を変異させると、正常なAMPA受容体のイオン透過を阻害することがわかりました。そこで、その遺伝子を受精卵に注入したところ、同様に、感覚器形成、変態が阻害されました。従って、AMPA受容体の持つイオンを通す機能が、器官形成、変態に必須であることがわかりました。これらの結果は、個体レベルでAMPA受容体が器官形成に必須であることを示した最初の報告です(図)。

またAMPA受容体の発現が、シナプスのほとんど存在しないと考えられる神経胚期からみられるので、発生期のAMPA受容体は、シナプスを介する興奮性神経伝達以外の機能により器官形成を担っていることも考えられます。

本研究は、慶応義塾大学医学部 精神・神経科学教室の田中謙二准教授、三村將教授、北海道大学大学院医学研究科の渡辺雅彦教授らとの共同研究によるものです。

さらに、AMPA受容体が存在する場所を調べたところ、中枢神経系の一部にのみ発現していることが分かりました。我々哺乳類では、ほぼすべての中枢神経系のニューロンでAMPA受容体が発現しています。このことから、進化の過程で、AMPA受容体が幅広い機能性を獲得していったことが窺えます。

図 AMPA受容体の発現を抑制すると、松果体様器官の形成不全、および変態不全が引き起こされる。

図

3.今後の展望

今回明らかにしたAMPA受容体の新たな機能は、哺乳類でも想定されます。変異マウスの交配を重ねることによって、発生期にAMPA受容体すべて無くすことが可能です。哺乳類においても、個体レベルでAMPA受容体の機能を明らかにできれば、松果体の形成以外にも新たな重要な機能が見つけられると思われます。

また、グルタミン酸受容体にはAMPA受容体のほかに、NMDA受容体やカイニン酸受容体があります。AMPA受容体同様、哺乳類では数が多く解析が困難ですが、ホヤでは少数しかありませんので、今回と同様の方法で、NMDA受容体やカイニン酸受容体の発生期での個体レベルの新たな機能を発見できる可能性があります。

用語解説

*1 AMPA:
人工アミノ酸
*2 松果体:
哺乳類ではサーカデイアンリズム(約24時間周期のリズム)に従いメラトニンを分泌する器官として知られていますが、発生過程をみれば、頭頂眼(頭蓋の頂点にある「第3の目」)と相同のもので、ホヤ幼生の光感受性器官は松果体に相同な器官と考えられます。
*3 変態:
ホヤの変態は、ホヤオタマジャクシ幼生が、海底に付着し、尾の退縮、体軸の回転、消化管形成などにより、成体に変化することです。


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