東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

2026 2025 2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014

アイコン

2026年10月14日
旧カルパイングループの久恒智博(主席研究員、現・視覚病態プロジェクト)らの研究グループは、「筋ジストロフィーの原因タンパク質カルパイン3の自己切断を調節する仕組みを解明」についてJournal of Biological Chemistryに発表しました。

筋ジストロフィーの原因タンパク質カルパイン3の自己切断を調節する仕組みを解明
ERKによるリン酸化がN末端の切断を選択的に調節

研究所の旧カルパイングループの久恒智博(主席研究員、現・視覚病態プロジェクト)、秦勝志(当時・グループリーダー、現・品質管理プロジェクト主席研究員)、小野弥子(現・埼玉医科大学)らの研究グループは、肢帯型筋ジストロフィーR1(LGMDR1)[1]の原因タンパク質である「カルパイン3」[2]について、細胞内の情報伝達を担う酵素ERK[3]によるリン酸化[4]が、N末端側の自己切断を調節することを明らかにしました。カルパイン3は、自分自身の一部を切断することで活性化する特徴を持ちます。今回、N末端側の切断と、活性化に必要な内部の挿入配列IS1[5]の切断とでは、制御の仕組みが異なることが示されました。

本研究成果は、骨格筋におけるカルパイン3の機能と、その制御の仕組みを理解するための新たな手掛かりとなります。

本研究成果は、2026年10月14日に米国の科学雑誌 Journal of Biological Chemistry にオンライン掲載されました。

論文情報

<論文タイトル>
“ERK-mediated phosphorylation modulates the autolytic processing of the cysteine protease CAPN3”
(ERKによるリン酸化がカルパイン3の自己切断を制御する)
<発表雑誌>
Journal of Biological Chemistry
DOI: 10.1016/j.jbc.2026.113638
URL: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S002192582602510X

発表のポイント

  • ① ERKがカルパイン3のN末端領域にあるセリン19(S19)を直接リン酸化することを明らかにしました。
  • ② S19のリン酸化は、活性化に必要なIS1領域の切断に明らかな変化を与えず、N末端側の自己切断を選択的に調節することが示されました。
  • ③ 筋の成長・再生に関わるIGF-1の刺激によりS19のリン酸化が増加し、生理的な細胞外シグナルとカルパイン3の制御との関連が示唆されました。

研究の背景

肢帯型筋ジストロフィーR1は、肩や腰の周囲など、体幹に近い筋肉の筋力が徐々に低下する遺伝性疾患です。原因遺伝子であるCAPN3は、骨格筋に多く存在するタンパク質分解酵素カルパイン3をコードしています。カルパイン3の働きを理解することは、この疾患の発症機序を明らかにするうえで重要です。

カルパイン3には、他のカルパインには存在しない挿入配列があります。そのうちIS1領域が自己切断されることが、他の基質を分解するための活性化に必要とされています。一方、N末端領域にも自己切断部位がありますが、それぞれの部位の切断がどのように調節されるかは、十分に分かっていませんでした。

研究グループはこれまでに、ウアバイン[6]を用いて培養骨格筋細胞のカルパイン3を活性化し、その自己切断を検出する実験系を確立しました。今回はこの実験系を利用して、細胞内の情報伝達に伴うリン酸化が、カルパイン3の自己切断にどのように関わるかを調べました。

研究の内容

ウアバインはNa⁺/K⁺-ATPaseを阻害するとともに、Src型チロシンキナーゼやMAPキナーゼを活性化することが知られています。そこで、培養細胞およびマウス由来の培養骨格筋細胞を用いて、ウアバイン刺激に伴うカルパイン3の修飾を調べたところ、リン酸化が増加することを見いだしました。さらに、質量分析[7]によりリン酸化部位を調べ、N末端領域のセリン19(S19)を同定しました。この部位のリン酸化は、Src型チロシンキナーゼの一つであるFynの共発現によっても増加しました。また、S19はヒトやマウスなど、複数の哺乳類で保存されていました(図1)。

図1
図1.カルパイン3のS19リン酸化と、哺乳類におけるS19の保存
A:培養細胞にプロテアーゼ活性を欠くカルパイン3(CS)と活性型Fyn(Fyn-YF)を共発現させると、S19を含むペプチドに占めるリン酸化ペプチドの割合が増加した。B:S19(赤字)は、ヒト、カニクイザル、マウス、ラットなどの哺乳類のカルパイン3で保存されている。Pはリン酸化部位を示す。

次に、リン酸化を担う酵素を薬理学的に調べました。MAPキナーゼの一つであるERKの働きを阻害すると、刺激に伴うS19のリン酸化が減少しました。また、精製したカルパイン3とERKを用いた試験管内の実験により、ERKがS19を直接リン酸化することを確認しました。

このリン酸化の役割を明らかにするため、S19をリン酸化されないアラニンに置き換えた変異体(S19A)を作製し、挙動を比較しました。その結果、S19AではN末端側の自己切断が減少しました。一方、活性化の指標となるIS1領域の自己切断には、野生型との明らかな違いが認められませんでした。これらの結果は、S19のリン酸化がN末端側の自己切断を選択的に調節することを示唆しています。

さらに、AAVベクター[8]を用いてS19の変異体をマウスの骨格筋に発現させたところ、筋収縮装置であるサルコメアのMバンド[9]への局在には、明らかな変化が認められませんでした。

最後に、筋の成長や再生に関わるインスリン様成長因子I(IGF-1)[10]で培養骨格筋細胞を刺激すると、カルパイン3のS19のリン酸化が増加することを確認しました(図2)。この結果は、S19のリン酸化が薬剤による刺激だけでなく、生理的な細胞外シグナルに応答して起こり得ることを示唆しています。

図2
図2.IGF-1刺激によるカルパイン3のS19リン酸化の増加
カルパイン3:CSを発現するノックインマウス由来の培養骨格筋細胞をIGF-1で刺激し、S19のリン酸化を測定した。A:リン酸化S19、総カルパイン3、βアクチンの検出結果。B:総カルパイン3のうち、S19がリン酸化されたカルパイン3の割合は、IGF-1刺激により増加した。N= 6。

今後の展望

本研究により、カルパイン3の自己切断のうち、N末端側の切断がERKによるリン酸化を通じて選択的に調節されることが明らかになりました。この知見は、細胞外からのシグナルとカルパイン3の自己切断を結び付ける、新たな制御機構を示すものです。

今後は、筋収縮・損傷・再生などに伴ってS19のリン酸化がいつ、どこで起こるのかを明らかにし、筋機能や疾患との関係を検証する必要があります。これらの研究を通じて、骨格筋におけるカルパイン3の役割や、LGMDR1の発症機序の理解が進むことが期待されます。

研究支援

本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:25K10312、研究代表者:久恒智博/課題番号:22K06156、研究代表者:小野弥子)の支援を受けて行われました。

用語解説

[1]肢帯型筋ジストロフィーR1(LGMDR1)
CAPN3遺伝子の変異によって発症し、肩や腰の周囲などの筋力低下を特徴とする遺伝性筋疾患。旧称は肢帯型筋ジストロフィー2A。
[2]カルパイン3(CAPN3)
主に骨格筋に存在する、カルシウム依存性のシステインプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)。自身を切断することでタンパク質分解活性を発揮する特徴をもつ。
[3]ERK
細胞外からの刺激を細胞内へ伝える情報伝達経路で働く酵素。標的タンパク質をリン酸化する。
[4]リン酸化
タンパク質などにリン酸基を付加する反応。タンパク質の働きや構造、他の分子との相互作用を調節する。
[5]IS1(挿入配列1)
カルパイン3のタンパク質分解領域内に存在する固有の挿入配列。この領域の自己切断は、十分なタンパク質分解活性を発揮するために必要。
[6]ウアバイン
Na⁺/K⁺-ATPaseに作用する強心配糖体。本研究では、カルパイン3のリン酸化を調べるための刺激薬として使用。
[7]質量分析
分子の質量などを測定する解析法。本研究ではタンパク質のどのアミノ酸がリン酸化されているかを調べるために使用。
[8]AAVベクター
アデノ随伴ウイルスを利用して目的の遺伝子を細胞へ届ける手段。本研究ではカルパイン3の変異体をマウス骨格筋に発現させるために使用。
[9]サルコメア・Mバンド
サルコメアは筋収縮を担う筋原線維の基本単位。Mバンドはその中央に位置する構造で、カルパイン3が主に局在する。
[10]IGF-1
インスリン様成長因子I。骨格筋の成長や再生などに関わり、ERK経路を含む複数の細胞内情報伝達経路に作用する。

2026 2025 2024 2023 2022 2021 2020 2019 2018 2017 2016 2015 2014