2026年10月14日
旧カルパイングループの久恒智博(主席研究員、現・視覚病態プロジェクト)らの研究グループは、「筋ジストロフィーの原因タンパク質カルパイン3の自己切断を調節する仕組みを解明」についてJournal of Biological Chemistryに発表しました。
研究所の旧カルパイングループの久恒智博(主席研究員、現・視覚病態プロジェクト)、秦勝志(当時・グループリーダー、現・品質管理プロジェクト主席研究員)、小野弥子(現・埼玉医科大学)らの研究グループは、肢帯型筋ジストロフィーR1(LGMDR1)[1]の原因タンパク質である「カルパイン3」[2]について、細胞内の情報伝達を担う酵素ERK[3]によるリン酸化[4]が、N末端側の自己切断を調節することを明らかにしました。カルパイン3は、自分自身の一部を切断することで活性化する特徴を持ちます。今回、N末端側の切断と、活性化に必要な内部の挿入配列IS1[5]の切断とでは、制御の仕組みが異なることが示されました。
本研究成果は、骨格筋におけるカルパイン3の機能と、その制御の仕組みを理解するための新たな手掛かりとなります。
本研究成果は、2026年10月14日に米国の科学雑誌 Journal of Biological Chemistry にオンライン掲載されました。

肢帯型筋ジストロフィーR1は、肩や腰の周囲など、体幹に近い筋肉の筋力が徐々に低下する遺伝性疾患です。原因遺伝子であるCAPN3は、骨格筋に多く存在するタンパク質分解酵素カルパイン3をコードしています。カルパイン3の働きを理解することは、この疾患の発症機序を明らかにするうえで重要です。
カルパイン3には、他のカルパインには存在しない挿入配列があります。そのうちIS1領域が自己切断されることが、他の基質を分解するための活性化に必要とされています。一方、N末端領域にも自己切断部位がありますが、それぞれの部位の切断がどのように調節されるかは、十分に分かっていませんでした。
研究グループはこれまでに、ウアバイン[6]を用いて培養骨格筋細胞のカルパイン3を活性化し、その自己切断を検出する実験系を確立しました。今回はこの実験系を利用して、細胞内の情報伝達に伴うリン酸化が、カルパイン3の自己切断にどのように関わるかを調べました。
ウアバインはNa⁺/K⁺-ATPaseを阻害するとともに、Src型チロシンキナーゼやMAPキナーゼを活性化することが知られています。そこで、培養細胞およびマウス由来の培養骨格筋細胞を用いて、ウアバイン刺激に伴うカルパイン3の修飾を調べたところ、リン酸化が増加することを見いだしました。さらに、質量分析[7]によりリン酸化部位を調べ、N末端領域のセリン19(S19)を同定しました。この部位のリン酸化は、Src型チロシンキナーゼの一つであるFynの共発現によっても増加しました。また、S19はヒトやマウスなど、複数の哺乳類で保存されていました(図1)。
次に、リン酸化を担う酵素を薬理学的に調べました。MAPキナーゼの一つであるERKの働きを阻害すると、刺激に伴うS19のリン酸化が減少しました。また、精製したカルパイン3とERKを用いた試験管内の実験により、ERKがS19を直接リン酸化することを確認しました。
このリン酸化の役割を明らかにするため、S19をリン酸化されないアラニンに置き換えた変異体(S19A)を作製し、挙動を比較しました。その結果、S19AではN末端側の自己切断が減少しました。一方、活性化の指標となるIS1領域の自己切断には、野生型との明らかな違いが認められませんでした。これらの結果は、S19のリン酸化がN末端側の自己切断を選択的に調節することを示唆しています。
さらに、AAVベクター[8]を用いてS19の変異体をマウスの骨格筋に発現させたところ、筋収縮装置であるサルコメアのMバンド[9]への局在には、明らかな変化が認められませんでした。
最後に、筋の成長や再生に関わるインスリン様成長因子I(IGF-1)[10]で培養骨格筋細胞を刺激すると、カルパイン3のS19のリン酸化が増加することを確認しました(図2)。この結果は、S19のリン酸化が薬剤による刺激だけでなく、生理的な細胞外シグナルに応答して起こり得ることを示唆しています。
本研究により、カルパイン3の自己切断のうち、N末端側の切断がERKによるリン酸化を通じて選択的に調節されることが明らかになりました。この知見は、細胞外からのシグナルとカルパイン3の自己切断を結び付ける、新たな制御機構を示すものです。
今後は、筋収縮・損傷・再生などに伴ってS19のリン酸化がいつ、どこで起こるのかを明らかにし、筋機能や疾患との関係を検証する必要があります。これらの研究を通じて、骨格筋におけるカルパイン3の役割や、LGMDR1の発症機序の理解が進むことが期待されます。
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(課題番号:25K10312、研究代表者:久恒智博/課題番号:22K06156、研究代表者:小野弥子)の支援を受けて行われました。