東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2022年7月20日
社会健康医学研究センター西田淳志センター長、東北大学大学院医学系研究科の精神看護学分野中西三春准教授らの研究グループは「地域の連帯感が認知症に対する理解を育む」について「Journal of Alzheimer’s Disease」に発表しました。

地域の連帯感が認知症に対する理解を育む
近隣住民の結束力を高く認識している人は認知症に対する差別や偏見が少ない

発表のポイント

  • 家族の世話で負担がかかりやすい母親の、認知症に対する態度と近隣住民の結束力に対する評価との関係に着目して解析を行った。
  • 近隣住民の結束力を高いと認識している人は、認知症に対する差別や偏見がより少ない態度を表明していた。
  • コロナ禍で認知症の人と家族介護者にとっては社会とのつながりの減少が懸念される中、本知見は一般の人に向けて地域の連帯感を高める戦略の必要性を示唆する。
<論文名>
“Neighborhood social cohesion and dementia-related stigma among mothers of adolescents in the pre- and current COVID-19 period: An observational study using population-based cohort data”
(コロナ以前と以後の思春期児童の母親における近隣住民の結束力と認知症に対するスティグマ:住民コホートのデータを用いた観察研究)
<著者名>
中西三春、山崎修道、安藤俊太郎、遠藤香織、マーカス・リチャーズ、長谷川眞理子、笠井清登、西田淳志
<発表雑誌>
Journal of Alzheimer’s Disease
DOI:10.3233/JAD-220043
URL:https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35527552/

研究概要

認知症と共に生きる方が生活していくためには、周囲の人々や地域社会の理解と協力が不可欠です。ところがコロナ禍では対人接触も減少し、認知症の人と家族介護者にとっての社会とのつながりも減ってしまっているとの指摘があり、認知症に対する社会の差別や偏見が強まっていることが懸念されています。東北大学大学院医学系研究科の精神看護学分野中西三春准教授、東京都医学総合研究所の社会健康医学研究センター西田淳志センター長を主要メンバーとする研究グループは、東京ティーンコホートの第4期調査のデータを利用し、近い将来、家族ないし周囲に認知症の人を抱える可能性が高い上に、家族の世話で負担の大きい、年頃(16歳)の子どもをもつ母親を対象に、近隣住民の結束力への評価を指標に、認知症に対する態度を質問紙調査で把握しました。その結果、近隣住民の理解・協力・結束力を高く認識している人は、より認知症に対する差別や偏見が少ない態度を表明していました。本研究の結果は、地域の人と連帯できると思えるかが認知症に対する差別や偏見と関連することを明らかにしたものであり、コロナ禍においても地域の連帯感を高めることが認知症の人と共生できる社会づくりに必要であることを示唆しています。

本研究成果は、2022年7月19日にJournal of Alzheimer’s Disease誌(電子版)に掲載されました。

研究内容

認知症とともに生きる方が生活していくためには、周囲の人々や地域社会の理解と協力が不可欠です。2019年の認知症施策推進大綱注1では、認知症になっても地域で暮らし続けられる共生社会を目指すとうたわれています。一般の中高年人口は近い将来に認知症の人の家族介護者となったり、その同僚や近隣住民となったりする可能性があり、差別や偏見を減らすための戦略の重要な対象です。しかしコロナ禍で対人接触が減少することにより、認知症の人と家族介護者にとっての社会とのつながりも減ってしまっていることが指摘されており、こうした状況で、一般の人の認知症に対する差別や偏見が強まっていることが懸念されています。とくに子どもをもつ女性は、コロナ禍で男性よりも家族の世話のためにより時間を費やさざるを得ず、より心理的な苦痛を感じているといわれています。そのため認知症に対しても介護の面でより強い懸念を感じている可能性があります。

コロナ前後で一般人口における認知症への差別や偏見を定量的に把握した研究はこれまでありませんでした。また差別や偏見の解消につながる要因も明らかではありませんでした。今回、東北大学大学院医学系研究科の精神看護学分野の中西三春(なかにし みはる)准教授、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのマーカス・リチャーズ教授、東京都医学総合研究所の西田淳志(にしだ あつし)・社会健康医学研究センター長らのグループは、東京ティーンコホート注2の第4期調査のデータを用いて、16歳の子どもの母親2,469名における近隣住民の結束力への評価注3と、認知症に対する態度(差別や偏見をあらわす意見に同意するか否か)との関連を検証しました。その結果、調査時期についてコロナ禍前後で回答者を分けて比較した結果、認知症に対する態度の違いはみられませんでした(図1)。一方で、近隣住民の結束力を高く評価している人は、より認知症に対する差別や偏見のない態度を表明していました(図2)。この関係は、認知症に対する態度を自身の考えとして尋ねた場合でも、世間の人がどう思っているかを尋ねた場合でも、一貫してみられました。また多変量解析注4で、母親自身の介護経験の有無、年齢、教育歴、週あたり勤務時間、および調査時期の影響を調整しても、近隣住民の結束力との関係は有意に残りました。

結論:

本研究の結果は、地域の人と連帯できると思えるかが、認知症に対する差別や偏見と関連することを明らかにしたものです。認知症施策推進大綱が掲げる共生社会をつくるうえでは、人々に対して認知症に対する理解を求めるのみならず、地域の連帯感を高める戦略をとっていく必要があることが示唆されます。

支援:

本研究は、文部科学省科学研究費補助金学術変革領域研究(A)『「当事者化」人間科学:相互作用する個体脳と世界の法則性と物語性の理解』および基盤研究(B)『認知症とともに生きる希望を支えるアドバンス・ケア・プランニングの推進システム開発』の支援を受けて行われました。

<用語解説>

注1.
認知症施策推進大綱:2019年6月18日に認知症施策推進関係閣僚会議でとりまとめられた、日本の認知症施策の方針を示したもの。認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる「共生」を目指すことがうたわれている。
注2.
東京ティーンコホート(Tokyo Teen Cohort):2002-04年に出生した3,171名の子どもとその養育者(主に母親)を定期的に調査する住民コホート。2012-14年の10歳児調査を第1期として、2年おきに調査を実施している。第4期調査は途中で新型コロナウイルス感染症の流行が発生したため、期間を延長して2021年まで実施された。
注3.
近隣住民の結束力:住民同士が相手のために行動できる、お互いに助け合える、何が大事かという価値観を共有できている状態をさす。
注4.
多変量解析:複数の変数についてデータを集め、これらの変数が相互にどう関連しているか分析する統計手法。本研究では、近隣住民の結束力とそれ以外の変数を同時にひとつのモデルへ組み入れて、認知症に対する態度との関連の有無を確認している。
図1:コロナ以前と以後の認知症に対する態度の平均と標準偏差
図1. コロナ以前と以後の認知症に対する態度の平均と標準偏差
先行研究をもとに作成した認知症に対する差別や偏見をあらわす9つの意見に対し、(1) 自身の考えとしてどのくらい同意するか、(2) 世間の人はどのくらい同意すると思うか、を尋ねた。9項目の合計で9-54点の範囲をとり、得点が高いほど差別や偏見に同意しない、すなわち差別や偏見が少ない態度であることを示す。
図2:近隣住民の結束力の高低別にみた認知症に対する態度の平均と標準偏差
図2. 近隣住民の結束力の高低別にみた認知症に対する態度の平均と標準偏差
近隣住民の結束力の平均(17.6)で2群に分けた。結束力の評価には。高倉らが開発した集合的効力尺度(25項目)の近隣住民に関する5項目を用いた。5項目の合計で5-25点の範囲をとり、得点が高いほど結束力を高く認識していることを示す。

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