2022年8月23日
体内時計プロジェクトの吉種 光 プロジェクトリーダーらの研究グループは「時計遺伝子Bmal1 が時刻依存的に転写される仕組みと意義」について Nature Communications に発表しました。
阿部 泰子 | 研究当時:東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 博士課程 |
吉種 光 | 研究開始当時:東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 助教/ 現:東京都医学総合研究所 体内時計プロジェクトリーダー・東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 准教授(兼任) |
深田 吉孝 | 研究当時:東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授/ 現:東京大学名誉教授 |
哺乳類の体内時計機構においては、遺伝子の転写・翻訳を介したフィードバック制御が2つ組み合わされた振動モデルが提唱されている。東京大学大学院理学系研究科の阿部泰子大学院生(当時)、吉種光助教(当時)、深田吉孝教授(当時)らのグループは、時計遺伝子Bmal1の発現リズムを制御する最重要作用点である時計シスエレメント(注3)に着目し、ゲノム編集技術(注4)を用いてこれを欠損することによって体内時計の第2フィードバックループを消失させるという新たなアプローチを試みた。さらに、培養細胞およびマウス個体を用いた実験と数理的なシミュレーションを組み合わせることによって、進化的に保存された第2フィードバックループ機構が、変動する環境下において体内時計の周期を強固に保つために重要であることを明らかにした。この成果は、約24時間周期のリズムを安定に刻む体内時計の分子メカニズムを解明する上で、非常に重要な礎となる。
地球上の多くの生物は、24時間周期で振動する外界の環境に適応するために、約24時間周期のリズム性を生み出す内因性の計時システムである体内時計機構を獲得した。体内時計は、睡眠・代謝・ホルモン分泌といった様々な生理機能をリズミックに制御しており、その分子メカニズムの解明は重要な課題である。哺乳類の体内時計においては、遺伝子の転写・翻訳を介したフィードバックループが2つ組み合わされた振動モデルが提唱されている(図1)。このフィードバック機構において、遺伝子上流に存在する制御配列(時計シスエレメントと呼ばれる)を介して各遺伝子の転写がリズミックに制御されていることが知られていたが、それぞれの遺伝子発現リズムを介したフィードバックループの重要性はわかっていなかった。
東京大学大学院理学系研究科の阿部泰子大学院生(当時)、吉種光助教(当時)、深田吉孝教授(当時)らのグループは、遺伝子の発現リズムを制御する最重要作用点である時計シスエレメントに着目し、ゲノム編集技術を用いてこれを欠損することによって体内時計の第2フィードバックループを消失させることに成功した。具体的には、時計遺伝子Bmal1の上流に存在する時計シスエレメントRREを欠損することによって、Bmal1遺伝子の本体を欠損することなく、その発現リズムを消失させた変異細胞株および変異マウス個体を作製した(図2)。
変異マウスの輪回し行動リズムを調べたところ、光情報のない恒暗条件下においても自律的な活動リズムが認められ、野生型マウスとの間に大きな違いは見られなかった。また、変異マウスの臓器や変異細胞株において、遺伝子レベルでの自律振動が継続して観察されたことから、Bmal1のリズミックな転写を介した第2フィードバックループを失った状態においても体内時計振動が安定に継続するという、従来のモデルを覆す結果が得られた。
より詳細なメカニズムを探るために、時計数理モデル(注5)を用いて変異体における体内時計フィードバック制御をシミュレートしたところ、実験と数理モデルの結果はよく一致し、Bmal1の転写レベルが一定であっても体内時計振動が維持されるという結果が得られた。このとき、Bmal1遺伝子の転写リズムが消失しているにもかかわらずBMAL1タンパク質のリン酸化リズム(つまりBmal1機能のリズム)は維持されることがシミュレーションによって予測され、翻訳後制御によってBmal1の機能リズムが継続している可能性が見出された。
興味深いことに、体内時計に対して外部から摂動を与えたときには、野生型に比べ変異体において体内時計振動の振幅が弱まりやすく周期が延長しやすいことが、数理モデルと細胞株の双方において明らかになった。この結果は、Bmal1の転写リズムを介した第2フィードバック制御機構が体内時計の振動を安定化する機能を持つことを示唆する。すなわち、約24時間周期で振動する体内時計の計時システムを頑強に保つ上で、Bmal1遺伝子上流の時計シスエレメントRREを介した第2フィードバック制御は、きわめて重要な役割を果たすと結論づけた。
本研究の成果は、約24時間周期のリズムを安定に刻む体内時計の分子メカニズムの深層を解明し、睡眠をはじめとした様々なリズム障害を治療する際に役立つ重要な基礎研究といえる。さらに、遺伝子本体の改変ではなく、その発現制御配列である時計シスエレメントに着目するという本研究の手法は、広い研究分野に強いインパクトを与えると期待される。
本研究は、韓国科学技術院KAISTのJae Kyoung Kim准教授、東京大学大学院医学系研究科の饗場篤教授との共同研究によって行われた。また、東京都医学総合研究所においても研究が進められた。