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2022年11月11日
西田淳志 社会健康医学研究センター長らは、東京大学等と共同で「自殺者では非自殺死亡者よりリチウム濃度が低い―眼房水解析―」について Translational Psychiatry に発表しました。

自殺者では非自殺死亡者よりリチウム濃度が低い
―眼房水解析―

発表者

安藤 俊太郎東京大学 大学院医学系研究科 精神医学分野/医学部附属病院 精神神経科 准教授
鈴木 秀人東京都監察医務院
松川 岳久順天堂大学医学部 衛生学・公衆衛生学講座 准教授
西田 淳志東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センター センター長
宇佐美 慧東京大学 大学院教育学研究科 教授
村松 尚範東京都監察医務院
<論文名>
“Comparison of lithium levels between suicide and non-suicide fatalities: cross-sectional study”
<発表雑誌>
Translational Psychiatry(オンライン版:11月7日)
DOI:https://doi.org/10.1038/s41398-022-02238-9
URL:https://www.nature.com/articles/s41398-022-02238-9

発表のポイント:

  • 自殺者では非自殺死亡者より眼房水中のリチウム濃度が低いことが示されました。いずれの群にも気分安定薬である炭酸リチウム服用者はおらず、体内微量リチウムが自殺に関連していることが示唆されました。
  • 眼房水中リチウム濃度が有意な死後変化をしないことを確認し、複数の自殺者と非自殺死亡者の眼房水中リチウム濃度の比較から体内微量リチウム濃度の違いが自殺と関連することが示されたことは、世界で初めての成果です。
  • 今後、自殺者において体内リチウム濃度が低下するメカニズムの解明が望まれます。また、炭酸リチウムは中毒や副作用のために過小利用される傾向がありますが、微量であればその問題も少ないと期待され、微量リチウムの自殺予防効果の検証が進むことが望まれます。

発表概要:

東京大学大学院医学系研究科の安藤俊太郎准教授、東京都監察医務院の鈴木秀人医師、村松尚範医師、順天堂大学医学部の松川岳久准教授、当研究所 社会健康医学研究センターの西田淳志センター長、東京大学大学院教育学研究科の宇佐美慧准教授らのグループは、12名の自殺者と16名の非自殺死亡者の眼房水中リチウム濃度(注1)を比較し、自殺者の方が非自殺死亡者よりも眼房水中リチウム濃度が低いことを示しました。

地域の水道水中リチウム濃度が自殺率と逆相関することはさまざまな地域で報告されてきましたが、自殺者の体内リチウム濃度が非自殺死亡者より低いのかは不明でした。死後変化(注2)の少ない眼房水の採取・解析に成功し、複数の自殺者の体内リチウム濃度を非自殺死亡者と比べた研究は初めての成果となります。

今後は自殺者の体内リチウム濃度が低くなるメカニズムの解明が求められます。炭酸リチウム(注3)は中毒や副作用(注4)のために過小利用される傾向にありますが、本研究により微量リチウムの自殺予防効果の可能性がクローズアップされました。将来、微量リチウムの自殺予防効果が検証されることが望まれます。

本研究成果は日本時間2022年11月7日に学術誌「Translational Psychiatry」のオンライン版に掲載されました。

本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号:19K17055)の補助を得て行われました。

発表内容:

①研究の背景

世界で毎年70万人以上が自殺で亡くなっており、日本でも自殺は15〜39歳における最も多い死因です。新型コロナウイルス感染症流行の影響もあり、近年は特に若者における自殺率増加が目立ち、予防策が求められています。

自殺は、生物学的、心理的、および環境的要因の間の複雑な相互作用によって引き起こされ、その生物学的背景は不明ですが、ストレス反応システムなどが自殺の素因として推測されています。炭酸リチウム、抗うつ薬、クロザピン、ケタミンなど、自殺を防ぐ薬として提案されている薬はわずかです。炭酸リチウムは1949年に躁うつ病の治療に導入され、気分障害患者を対象としたランダム化対照試験(RCT)で自殺に対する予防効果が示されています。リチウムは、攻撃性と衝動性に対して効果があると考えられていますが、商業的側面、治療濃度域の狭さ、および副作用のために十分に活用されていません。

一方で、疫学研究により普段の生活の中で食物などから体内に取り込まれる微量リチウムの自殺予防効果が示唆されています。リチウムは風化によって土壌に移行し、植物に吸収されて食物連鎖に入ります。リチウムは人間の腸管から吸収され、主に腎臓から排出されます。近年のメタ解析の結果、飲料水中のリチウム濃度の高さと地域の自殺率が逆相関することが示されました。しかし、出版バイアス、生態学的誤謬などの影響も考えられました。これまでに個人レベルのデータを用いて微量リチウムと自殺行動との関連について決定的な結論に達した研究はありませんでした。救急科に移送された成人患者に関する個人レベルのデータを用いた研究では、血清リチウム濃度は自殺未遂者の方が対照群よりも低いことが示されました。さらに、1例のみの研究ですが、自殺者の脳内のリチウム濃度が非自殺者よりわずかに低いことが示唆されています。

しかし、複数の自殺症例を用いて自殺者と非自殺死亡者の体内リチウム濃度を調べた研究はなく、体内の微量リチウム濃度が自殺死と関連するかは不明でした。

②研究内容

そこで本研究は、自殺者と非自殺者の体内微量リチウム濃度を比較することを目的としました。対象者は、2018年3月から2021年6月まで東京検死官事務所で検案または解剖された29人でした。インフォームドコンセントは、ウェブサイトのオプトアウト法を通じて得られ、三親等以内の親戚が研究参加を拒否した被験者は除外されました。死亡方法や服薬情報は、警察の調査によって決定され、事故死や死後変化が進行した症例は除外されました。

死後変化の影響が少ない眼房水を採取後速やかに4℃で保管し、順天堂大学で誘導結合プラズマ質量分析法を用いてリチウム濃度を測定しました。一部の症例では16時間の間隔をおいて2回のサンプル収集を行ない、死後変化を検証しました。

血清中リチウム濃度と眼房水中リチウム濃度は有意に相関していました。16時間おいて採取した検体同士を比較したところ、眼房水中リチウム濃度は有意な死後変化をみとめませんでした。また、自殺者の方が非自殺死亡者よりも眼房水中リチウム濃度が有意に低いことが示されました(平均 0.50μg/ L 対 0.92μg/ L)。死後時間を考慮に入れた解析においても、自殺と眼房水中リチウム濃度の有意な関係が示されました。

③社会的意義・今後の展望

日本では、近年は特に若者における自殺率増加が目立ち、その予防は喫緊の課題です。自殺予防効果が実証されている薬は少なく、効果が示されている炭酸リチウムも、副作用等のため過小利用が指摘される状況です。今回、世界で初めて体内の微量なリチウムが自殺と関連することが示されたことは、リチウムの活用に大きな展開をもたらすものです。微量であればリチウムによる副作用等の問題も少ないことが期待できるため、自殺予防としての微量リチウムの活用が展開することが期待されます。今後は自殺者で体内リチウム濃度が低いメカニズムの解明が求められるとともに、微量リチウムの自殺予防効果の検証が進むことが期待されます。

図1:2つのフィードバックループがカップリングした体内時計の従来モデル
図1:自殺群と非自殺死亡群の眼房水中リチウム濃度の比較。

<用語解説>

(注1)眼房水:
眼球の毛様体から分泌され、虹彩の裏面と水晶体の表面を洗い、瞳孔から虹彩の前面に出て、虹彩の表面と角膜の裏面を洗う役割を果たしています。眼房水は角膜と虹彩の間にある線維柱帯を通って強膜静脈洞「シュレム管」に入り、静脈に吸収されていきます。正常な眼球では、角膜と水晶体の間で眼房水が常に循環して、眼圧が一定に保たれています。過去の研究において、眼房水の死後変化は遅いことが報告されています。
(注2)死後変化:
メ動物が死んだ後に示す現象の総称で、死体現象とも呼ばれます。自己融解、死後硬直、死斑、死冷、死後凝血、腐敗、乾燥などの変化が生じます。
(注3)炭酸リチウム:
化学式Li2CO3で表される無機化合物で、無色の塩である。躁病および躁うつ病の躁状態の治療に使われる。通常1日400~600mgより開始し、通常1日1200mgまでの治療量に漸増する。維持量は通常1日200~800mgで用いられ、血中濃度は0.4~1.2mEq/Lが目標とされる。
(注4)炭酸リチウムによる中毒や副作用:
リチウム中毒は初期症状として食欲低下、嘔気、嘔吐、下痢などの消化器症状、振戦、傾眠、錯乱などの中枢神経症状、運動障害、運動失調などの運動機能症状、発熱、発汗などの全身症状を示します。中毒が進行すると、急性腎障害により電解質異常が発現し、全身けいれん、ミオクローヌスなどがみられることがあります。
中毒のほかに、炭酸リチウムによる副作用として、腎性尿崩症、急性腎障害、甲状腺機能低下症などがあり、これらに注意し血中濃度をモニタリングしながら使用する必要があります。 。

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