東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2022年11月21日
脳機能再建プロジェクトの西村幸男 プロジェクトリーダーらは、京都大学等と共同で「運動指令信号と感覚信号が統合されて運動が作り出される過程を発見」について、国際学術誌Proceedings of the National Academy of Sciences に発表しました。

運動指令信号と感覚信号が統合されて運動が作り出される過程を発見
-中枢神経系と末梢神経系の大規模神経活動記録から明らかに-

京都大学大学院医学研究科脳統合イメージング分野の梅田達也 准教授(元生理学研究所)と神経生物学分野の伊佐正 教授(元生理学研究所)、東京都医学総合研究所脳機能再建プロジェクトの西村幸男 プロジェクトリーダー(元生理学研究所)の研究グループは、モノをつかもうと手を動かしているときに、大脳皮質からの運動指令信号と周囲の環境から受ける感覚信号が脊髄で統合されて精緻な運動が作り出される様子をはじめて示しました。

本成果は、2022 年11月21日午後3時(米国東部時間)に国際学術誌「Proceedings of the National Academy of Sciences」にオンライン掲載されました。

<論文名>
“Temporal dynamics of the sensorimotor convergence underlying voluntary limb movement”
(随意運動における感覚信号と運動信号の統合の時間的ダイナミクス)
<著 者>
梅田達也、伊佐 正、西村幸男
<発表雑誌>
Proceedings of the National Academy of Sciences (PNAS)
DOI:https://www.pnas.org/cgi/doi/10.1073/pnas.2208353119

背景

日常生活において、ペットボトルをつかむ、あるいは、スマートフォンに文字を入力するといった行動をするとき、私たちはペットボトルの形やスマートフォンの画面の感触を頼りに行動しています。もしペットボトルの形がわからなければうまくつかむことができないように、脳は多くの感覚情報を用いて目的に合致した筋肉の活動を生み出します。このように、ペットボトルをつかんで飲み物を飲むといった精緻な協調を必要とする運動を行うには、皮膚や筋肉からの感覚応答と脳からの自発的な運動制御が連関していると考えられてます。

ペットボトルのような物体の形や材質などの情報は、その物体に手が接触することと身体自身が動くことで、身体中の皮膚や筋肉に散りばめられている膨大な数の感覚受容器でセンシングされ、筋肉の活動を制御する脊髄に集められます。また、自発的な運動を行うときには、身体の運動を司る大脳皮質の運動野からこれから実行しようとする運動についての指令信号が同じく脊髄に送られます。これまで、動物やヒトを用いた長年の研究から、末梢の感覚受容器からの感覚信号と運動野からの運動指令信号は、筋肉を支配している脊髄の運動ニューロンに収束するということがわかり、脊髄運動ニューロンは末梢からの感覚信号と脳からの運動指令信号の統合の場であると考えられてきました。しかし、従来の研究では感覚受容器や運動野の神経の活動を人工的に活性化して調べられたにすぎず、実際の運動中において感覚信号と運動指令信号がどのように筋肉の活動を生み出すのに関わっているのか不明でした。そこで、本研究では、運動を行っている際の感覚信号と運動指令信号、そして筋肉の活動を同時記録し、感覚信号と運動指令信号がどのように筋肉の活動を生み出しているのかを調べました。

図1 感覚受容器・運動野・筋肉の活動の同時記録の模式図
図1 感覚受容器・運動野・筋肉の活動の同時記録の模式図
サルがホームボタンから手を伸ばしてレバーを引く運動をしているときに、皮質脳波(運動野)・感覚受容器・筋肉の活動を同時記録しました。

研究手法・成果

2頭のサルの感覚受容器に剣山様の多電極アレイを埋め込む手法を開発し、サルが手を伸ばしてレバーを引く運動をしているときの感覚受容器の活動を記録しました(図1)。また、運動野にはシート状の多電極アレイを埋め込み、皮質脳波を記録しました。加えて、手から肩にある上肢の10個以上の筋肉にワイヤー電極を埋め込み、筋肉の活動も同時に記録しました。

感覚受容器と運動野の活動が筋肉の活動にどのように関与しているか、脳情報解読技術を用いて解析しました(図2A)。具体的には、一部のデータを用いて感覚受容器と運動野のそれぞれの活動が筋肉に与える影響度Wを計算します。そして、算出された影響度Wを、別のデータの感覚受容器と運動野の活動に当てはめて筋肉の活動を計算した結果、高精度に再現でき影響度Wが正しいことがわかりました(図2B灰色線と紫線)。

そこでこの影響度Wを用いて、感覚受容器と運動野の活動それぞれがどのタイミングの筋肉の活動を作り出しているのか分析しました(図2B青線と緑腺)。その結果、身体の動きが始まる前に見られる筋肉の活動は、運動野の活動によって生成されていることを見出しました。そして、身体が動いている時の筋肉の活動は、運動野と感覚受容器の双方の活動によって生成されていることを見出しました。

図2 運動野と感覚受容器の活動を用いて、筋肉の活動の再構成の例
図2 運動野と感覚受容器の活動を用いて、筋肉の活動の再構成の例
(A)ある時点の筋肉に対して、0-50ミリ秒前の運動野の活動と感覚受容器の神経活動がそれぞれ異なった度合いで影響を与え活動を生み出していると考えました。
(B)運動野と感覚受容器の活動を用いた、筋肉の活動の再構成の例。筋肉の実際の活動を灰色線で示しています。運動野と感覚受容器の活動とその影響の度合いによって再構成された活動を紫色で示しています。灰色線と重なっておりうまく再現していることがわかります。
運動野の活動とその影響の度合いから計算した結果を青線で、感覚受容器の活動とその影響の度合いから計算した結果を緑色で示しています。動きが始まる前の筋肉の活動は、運動野の活動だけで再現できました。一方で動いている時の筋肉の活動は、運動野と感覚受容器の双方の活動が合わさることで再現できることがわかります。

また、感覚受容器と運動野の活動が、各筋肉の活動にどのように寄与しているかを調べました。その結果、筋肉の活動に対して、感覚受容器の活動は促通的な効果と抑制的な効果を与えており、これは感覚入力が脊髄で運動に変換される脊髄反射の効果と似ていました。一方、運動野の活動は全ての筋肉に対して促通的な効果のみでした。このように、感覚受容器と運動野の活動は、それぞれ異なる方法で筋肉の活動に関係していることがわかりました。

これまでの研究で、感覚受容器からの信号が脊髄の運動ニューロンに対して促通的、または抑制的な効果をもたらす脊髄反射回路が明らかにされています。特に、筋紡錘は筋肉がどれだけ長くなったかを感知し、伸張反射として知られるプロセスで同じ筋肉の運動ニューロンに興奮性の入力を送ります。また、拮抗筋の運動ニューロンに、相反抑制と呼ばれるプロセスで抑制性の入力を送ります。そこで、筋肉の長さの変化と感覚信号が筋肉に与える影響の関係について検討しました。その結果、感覚受容器と筋肉との促通的、あるいは抑制的関係がそれぞれ伸張反射、または相反抑制のパターンに適合することがわかり、脊髄反射回路が筋肉の活動の調節に関与していることが明らかになりました。

以上、運動野からの運動指令信号と、四肢の運動によって引き起こされる脊髄反射による感覚信号が協調して脊髄の運動ニューロンを活性化し、目的の身体運動が実現されていることがわかりました(図3)。

図3 自発運動において脊髄運動ニューロンで統合される感覚信号と運動指令信号
図3 自発運動において脊髄運動ニューロンで統合される感覚信号と運動指令信号
(左図)運動野からの運動指令信号は四肢運動の開始に寄与する。(右図)運動中、脊髄運動ニューロンは運動野からの運動指令信号を継続的に受け取ると同時に、脊髄反射を介して感覚受容器から感覚信号も受け取る。

波及効果、今後の予定

本研究では、自発的な運動において、皮膚や筋肉からの感覚信号と脳からの運動指令信号が異なるタイミングで筋肉の活動の生成に寄与していることを明らかにしました。今回の発見は、これまで別々に研究されてきた大脳皮質運動野による運動制御と脊髄反射回路を介した反射的な調節を初めて包括的に説明しました。身体の運動制御機構について、脳からの運動指令と脊髄反射を合わせて考えることはヒトの運動制御の仕組みを正しく理解することにつながり、将来的に運動障害に対する治療法やリハビリテーション法の開発の手掛かりになります。

研究プロジェクトについて

本研究は下記の支援を受けて実施されました。
梅田達也:武田科学振興財団ライフサイエンス研究助成、メドトロニックERI、伊佐正:科研費 基盤研究(A)予測誤差により脊髄損傷後の巧緻運動の機能回復が駆動される神経機構の解明(19H01011)、新学術領域研究(研究領域提案型)生体構造の再構成による超適応機構の解明と潜在適応力低下防止への挑戦(19H05723)、西村幸男:科研費 若手研究(A)人工神経代替装置によるニューロリハビリテーション法の開発(23680061)、 新学術領域研究(研究領域提案型)多次元生体信号記録法による手探りの神経機構の解明(25135733)、JSTさきがけ、AMED脳プロ

<用語解説>

※1 感覚受容器:
皮膚や関節、筋肉にある器官で、それぞれ、皮膚への触覚・温度刺激、関節の動き、筋肉の伸びに対して応答し、この器官とつながっている神経線維に信号が伝わる。感覚受容器の細胞体は脊椎横の後根神経節と呼ばれる組織に集まっている。本研究では、後根神経節に剣山様の多電極アレイを埋め込んで、神経活動を記録した。
※2 皮質脳波:
頭蓋内記録で記録された脳波。頭蓋で記録した脳波よりも神経活動を反映する高周波振動を含んでいる。
※3 脳情報解読技術:
機械学習を用いて脳、感覚受容器、筋肉の活動情報からその関連性を読み取り評価する情報解析技術。

<研究者のコメント>

動いている動物の感覚受容器の活動を多数同時に直接記録するというこれまで誰も成し遂げられなかった方法の開発から、今回の論文の発表まで足掛け12年かかりました。感覚情報は手や足の運動制御に欠かせないとされていますが、感覚受容器の活動の記録が技術的に難しく、実際の運動中に感覚信号がどのように使われているのかあまり理解されていませんでした。感覚信号を伝える脊髄反射による信号処理と大脳皮質による意識的な運動制御を包括的に調べることで、ヒトの運動制御の仕組みの本質に迫れるものと考えています(梅田達也 京大)。

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