東京都医学総合研究所のTopics(研究成果や受賞等)

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2022年11月25日
統合失調症プロジェクトの田畑光一非常勤研究員、新井誠プロジェクトリーダー及び、社会健康医学研究センター宮下光弘副参事研究員らは「毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する」についてSchizophrenina に発表しました。

English page

毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する

統合失調症プロジェクトの田畑光一非常勤研究員、新井誠プロジェクトリーダー、及び、社会健康医学研究センターの宮下光弘副参事研究員、山﨑修道副参事研究員、西田淳志センター長らのグループは、未服薬の思春期児童252名を対象にした出生コホート研究で、毛髪の亜鉛濃度が精神病の発症リスクと関連することを明らかにしました。

この研究成果は、2022年11月25日に「Schizophrenina」に掲載されました。

<論文名>
“Hair zinc levels and psychosis risk among adolescents”
毛髪の亜鉛濃度は思春期児童における精神病の発症リスクと関連する
<発表雑誌>
Schizophrenia
DOI:10.1038/s41537-022-00307-y.

発表のポイント

  • 未服薬の思春期児童252名を対象にした出生コホート1) 研究で、毛髪の亜鉛濃度と精神病2) の発症リスクの関連を検証した。
  • 本研究では、亜鉛濃度の測定には採血より侵襲性の低い毛髪検体を使用し、精神病の発症リスクの指標には簡便な質問紙である思考の問題尺度3) を使用した。
  • 毛髪の亜鉛濃度の低さは、精神病の発症リスクの高さと有意に関連していた。

研究の背景

近年、発症後の統合失調症患者さんにおいて、血液や毛髪中の亜鉛濃度が健常者の値と比較して有意に低いことが報告されています[1]。しかしながら、服薬の影響で体内の亜鉛濃度が変化する可能性が指摘されており[2]、亜鉛濃度が発症前から低いかどうか、また発症と関わっているかどうか、わかりませんでした。

発表内容

本研究では、東京ティーンコホート (http://ttcp.umin.jp/)と連携し、252名の未服薬の思春期児童を対象に研究を行いました。合計で0.1gほどの毛髪検体を採取させていただき、亜鉛濃度を測定しました。同時に、児童の親にアンケート調査に協力していただき、思考の問題尺度を使用して、児童の精神病の発症リスクを評価しました[3]。解析の結果、毛髪の亜鉛濃度の低さは精神病の発症リスクの高さと有意に関連することがわかりました (β = -0.176, P < 0.01) (図1)。

図1. 毛髪亜鉛濃度と精神病発症リスクの関連.
図1. 毛髪亜鉛濃度と精神病発症リスクの関連.
解説: 毛髪亜鉛濃度と思考の問題尺度のTスコア4) の関連を示した図。点線で表された回帰直線5) は、毛髪の亜鉛濃度が低いと精神病の発症リスクが高いことを示している。略語: ppm, parts per million (百万分率)

次に、精神病の発症リスクが高い児童とそれ以外の児童の2つの群において、毛髪の亜鉛濃度の比較を行いました。解析の結果、精神病の発症リスクが高い児童では、毛髪の亜鉛濃度が有意に低いことがわかりました (P < 0.01) (図2)。

図2. 思考の問題尺度のカットオフ値を用いた群間比較.
図2. 思考の問題尺度のカットオフ値を用いた群間比較.
解説: 思考の問題尺度のTスコアは、精神病の発症リスクに関するカットオフ値6) が報告されている[4]。図は、思考の問題尺度のTスコアが68.5より大きい児童 (右)は、それ以外の児童 (左)と比較して、毛髪亜鉛濃度が有意に低いことを示している。
略語: ppm, parts per million (百万分率)

今回の研究は、精神病の発症リスクが高い思春期児童では、服薬をしていなくても、すでに体内の亜鉛濃度が低下している可能性を明らかにしました。

今後の展開

精神病を発症するリスクがある思春期児童に対しては、なるべく早い段階からの適切な理解やサポートが大切ですが、これまで確立された検査法はありませんでした。今回の研究で行なった毛髪亜鉛濃度の測定は、採血より侵襲性が低いため、病院やクリニックにとどまらず、学校や地域での活用も期待されます。毛髪の亜鉛濃度を知ることによって、発症リスクのある児童に対する早期発見・早期介入が可能になるかもしれません。今回の研究は、あくまで一時点での体内の亜鉛濃度と思春期児童における精神病の発症リスクの関連を示しました。今後は長期的な追跡研究を行うことによって、亜鉛と精神病発症の因果関係の検証や亜鉛を標的とする発症予防法の開発に貢献できるかもしれません。

用語解説

1) 出生コホート研究:
ある特定の期間に出生した集団を一定期間追跡し、さまざまな要因の縦断的な関係から因果関係を推測する研究手法のこと。
2) 精神病:
現実に存在しないものを感じること(幻覚)や事実ではないことを確信してしまうこと(妄想)を特徴とする精神疾患の総称。思春期に発症することが多い精神病のひとつに統合失調症がある。
3) 思考の問題尺度:
児童の情緒や行動を把握するための『子どもの行動チェックリスト』の評価項目の一つ。先行研究により、精神病の発症リスクに関する指標と考えられている。
4) Tスコア:
ある値を、平均が50になるよう変換した値のこと。集団の中での位置を示し、偏差値ともいう。
5) 回帰直線:
いくつかの変数の関係を表すのに最も適した直線のこと。直線を作成するための分析手法を回帰分析という。
6) カットオフ値:
陽性、陰性といった2つのグループを分類するための値のこと。

引用文献

  • [1] Saghazadeh, A. et al. Trace elements in schizophrenia: a systematic review and meta-analysis of 39 studies (N = 5151 participants). Nutr Rev.78, 278-303 (2019).
  • [2] Chen, X. et al. Association of serum trace elements with schizophrenia and effects of antipsychotic treatment. Biol Trace Elem Res. 181, 22-30 (2018).
  • [3] Simeonova, D. I., Nguyen, T. & Walker, E. F. Psychosis risk screening in clinical high-risk adolescents: a longitudinal investigation using the Child Behavior Checklist. Schizophr Res. 159, 7-13 (2014).
  • [4] Salcedo, S. et al. Diagnostic efficiency of the CBCL thought problems and DSM-oriented psychotic symptoms scales for pediatric psychotic symptoms. Eur Child Adolesc Psychiatry. 27, 1491-1498 (2018).

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